49・よく似た人は……
洗い場で身体を洗う蓮花。
そんな蓮花を翔子がじっと見ていると、彼女は迷惑そうに言った。
「……その、篠崎さん、でしたっけ? あんまりジロジロ見られると、その、恥ずかしいんだけど……」
「……えっ。あっ、ご、ごめんなさい!」
じっと蓮花を見つめてしまっていた事に気が付いた翔子はさっと目を逸らす。
(ついつい見つめてしまってたけど、どうしよう……。蓮花さん、怒ってる……?)
そんな不安を感じていると、身体を洗い終え髪をまとめた蓮花が湯船に入ってくるなり、翔子を見て言った。
「その、篠崎さん。食事の前もわたしの事、チラチラ見てたわよね……。……わたしに、何かあるの?」
いつもは素っ気ない蓮花が翔子にこんな風に絡んで来るなんて、今までなかったことだ。
やっぱり怒っているのかも知れなかった。
翔子は何か言わなければと言葉を探す。
考えた末、翔子はあまり変な事は言わず、なるべく本当の事を言おうと、ゆっくりと答えた。
「……その、蓮花さんによく似てる人、知ってるから。つい、本当にそっくりだなって、なんとなく見ちゃって……」
「わたしに似た人、ねえ……」
ふーん、という感じで蓮花は翔子に訊ねる。
翔子ははすな様の事を頭に思い浮かべながら答えた。
「……見た目が凄く蓮花さんに似てる、小さな女の子、かな。うっとおしく感じることもあるけど、結構かわいい子だよ」
「……ふーん」
翔子の話に蓮花はあまり興味が無さそうに呟く。
逆に口を挟みたそうにしながらも、今まで何も言わずに黙っていた由那は気になったらしい。
「お姉ちゃんに似た人ですか……。一度会ってみたいです!」
興味津々な由那に、翔子は何と答えるべきか考える。
(できれば由那ちゃんや蓮花さんにもはすな様を会わせてあげたいけど、でも、幽霊だからね……)
はすな様に会わせるのは現実的には当然無理そうだと思いつつ、翔子は言葉を濁しなから言った。
「うーん、会わせてあげられればいいんだけど……ちょっと難しいっていうか……」
その翔子の言葉が完全に終わらないうちに、蓮花が突き放すような口調で言った。
「……わたしは自分によく似た人になんて逆に会いたくないわ。仮に鏡に映った姿くらい見た目がよく似ていた所で、結局はそれは別人で他人なのだから。……だから、わたしにはやはりどうでもいい事よ」
一度言葉を切ると、翔子をじっと見ながら蓮花は冷たく言う。
「……それより篠崎さん、風呂場で人をチラ見したりすると、女同士でもセクハラになる場合があるから、気を付けてくださいね」
「……ご、ごめんなさい」
翔子は蓮花のそのひんやりした言葉にただ謝るしかなく、頭を下げた。
「……」
蓮花はそれ以上は何も言わず、素っ気ない表情をしながら翔子から視線をそらす。
何だか気まずい空気が流れる中、その空気を何とか変えようとしたのか、由那が明るく言葉を紡いだ。
「あ、そうそう。翔子さんも、お姉ちゃんも、知ってますか? 明日、『ゆるふわヴィレッジ』の作者さんが家に来るらしいんですよ。なんでも、夜須美さんの友達らしくて、わたし、すごく楽しみなんです!」
「え、そうなんだ」
昼間3人で遊んでいる時もそう言った話題は出なかったので、それは翔子ははじめて聞く話だった。
(そっか、ふわ先生がここに……。でも、夜須美さんとふわ先生は仲良さそうな感じだったし、まだこっちにしばらくいるって言ってたから、別にここに遊びに来る事自体は驚くことでもないか……)
そんな事を翔子が考えていると、蓮花がゆっくりと呟くように言う。
「『ゆるふわヴィレッジ』ね……。その作者……。ふーん」
蓮花は忠告するように言葉を続けた。
「……わたしは別にいいんだけど、お祖母ちゃん、村のそこら中でポスターとか見るようになったあのアニメの事を結構嫌ってるみたいだから、先生と鉢合わせにならないよう気を付けたほうがいいかもね」
「え、お祖母ちゃん嫌いなんですか、あのアニメ……」
そう言って顔を曇らせる由那に、蓮花がさらに言葉を重ねる。
「ええ。付け加えれば、わたしも正直あの作品はあまり好きではないわ。ちょっとアニメをサブスクで見たくらいだけどね。……女の子しか出てこないアニメというのは脇に置いておくとしても、痛みも悲しみも苦しみもない綺麗な世界を、それまで対して苦労もしてなさそうな人生を送ってきた頭のゆるい人が描いた幸せな世界って感じの作品で、わたしとは相容れないから」
「お姉ちゃんもあのアニメ嫌いなんですか……? なんだか残念です……」
由那は蓮花の言葉が結構ショックだったらしく、顔を俯かせる。
『ゆるふわヴィレッジ』の事を、由那はかなり好きだったんだろうなと、翔子は思う。
それと同時に、会ったことも無いのに作者の事を、対して苦労もしてなさそうな人生を送ってきた頭のゆるい人なんて言うのは、ちょっとどうなんだろうとも、翔子は思った。
それとも、蓮花はふわ先生に会ったことがあるのだろうか?
蓮花の言葉を受けて、更に気まずくなった場の空気に沈黙が落ちる。
「……わたし、もう出るわ」
暫くの沈黙の後、蓮花はそうポツリと言うと湯船から上がり、さっさと風呂場から出ていった。
翔子はただ去っていく蓮花を見送る事しかできない。
由那も何も言わず、すこし寂しげな顔で浴室から出ていく蓮花を見ていた。
翔子は湯船に浸かったまま、浴室から去った蓮花の事を思う。
(……いつも素っ気ない感じの蓮花さんがこんなに喋るのを見るのははじめてだから少し新鮮ではあるけれど、なんというか、想像してたよりも遥かに取っ付きづらい人かも……)
翔子は蓮花と実際に話してみて、その彼女の性格に、はすな様が蓮花の事を苦手に思い、顔を合わせたくないと思っている理由が、自分が想像していた以上にあるのかも知れないと思ったのだった……。




