43・霞乃屋敷
テスト期間が終わり、翔子の通う高校が休みに入って何日かが過ぎた、7月13日、土曜日の昼過ぎ。
暑い太陽の日差しが降りそそぐ中、手に荷物の入ったカバンを持ち、白のワンピースにデニムジャケットを羽織った姿の翔子は、ほんのり額に汗を滲ませながら、通称霞乃屋敷と呼ばれる周囲を高い塀に囲まれた夜須美の自宅の門の前に立っていた。
近くに翔子以外の人の姿はなく、瓦屋根の門の上部に設置された監視カメラだけがじっと頭上から翔子を見下ろしている。
呼び鈴を押してしばらく待つと、観音開きの門が開いて、中から一人の少女が勢いよく飛び出してきた。
「ぬおおおわわああああん! しょおおおこさああああああん!」
そう言って、おさげ髪の中学生くらいの少女が翔子に抱きついて来る。
翔子は突然の事にすこし驚きつつも、すぐに平静を取り戻して少女に言った。
「……由那ちゃん、今日も元気だね」
「こ、こんにちは。翔子さん! 今日から翔子さんが家に泊まりに来ると聞いたので、お出迎えをとっ!」
そう言って、おさげ髪の少女――霞乃由那は元気よく翔子に挨拶する。
「……ありがと。ところで由那ちゃん、夜須美さんは?」
「離れの方にいると思います! 今から案内します!」
由那は元気が有り余るような感じで、早く早くと、すぐ目と鼻の先にある母屋である瓦屋根の大きな日本家屋の方ではなく、敷地を囲む塀に沿って存在している庭の方へと翔子を促した。
翔子は由那の後に続いて庭を歩きながら、その日本建築の屋敷の大きさと敷地の広さに今まで何度も来ているものの、やはり驚く。
(こんな所に住んでたら、きっとお掃除大変だろうなあ……)
そんな事を考えながら、翔子は塀に沿ってしばらく庭を歩いて行くと、母屋と比べると比較的新しく見える、二階建ての洋風の家屋が見えてきた。
離れとはいえその家屋はそこそこの広さがあり、両親と一緒に基本そこで生活していると、以前に夜須美本人から聞いた事があった。
要はその離れの二階建ての洋風の建物が、夜須美一家の本当の自宅という所だろうか。
離れに到着し、中に入ろうと由那が入口のドアに手を伸ばそうとした所で、不意にその扉が開く。
中から着物を着た白髪頭の年配の女性が出てきた。
翔子にはその年配の女性が誰なのか、一目で分かった。
夜須美の祖母の梓だ。
梓はどことなく機嫌が悪そうに見える。
「あれ、お祖母ちゃん、離れになんて珍しいですね。どうしたんですか?」
扉を開けようとしていた由那が、中から出てきた梓に問いかける。
由那に話しかけられた梓は、すこし機嫌の悪そうだった表情を軟化させて言った。
「……あら、由那ちゃん。これから私、朝美さんとちょっと町の方までお出かけなのよ」
「ほへー、そうなんですか。わたしは夜須美さんのお客人を案内してきた所です!」
由那の言葉を受けて、梓は翔子の方へと目をやる。
翔子の姿を見て、梓は口元をほころばせながら言った。
「あら、こんにちは。確か、翔蔵さんのお孫さんよね」
「こんにちは、梓さん。翔蔵の孫の、翔子です」
翔子は軽く頭を下げて、梓に挨拶を返す。
由那が翔子に続いて笑顔で梓に言った。
「翔子さん、今日からしばらく家でお泊りする予定なんですよ!」
「あら、そうなの。……ええ、翔蔵さんのお孫さんなら大歓迎よ。由那ともどうか仲良くしてやってちょうだいね」
そう言って、薄く微笑む梓に翔子は頷く。
すると、離れの中から梓に続いて、40代中頃くらいの中年の女性が出てきた。
夜須美の母の、朝美だ。
「あら、翔子ちゃん、こんにちは。夜須美なら中にいるわよ。これから私、お母さんとちょっと出かけなきゃならないの。翔子ちゃん、今日からここに泊まるって聞いてるけど、夜須美の事、よろしくね」
翔子は朝美に挨拶しようとするも、それよりも先に梓が急かすように声をかけた。
「……さあ、行きましょう、朝美さん。道枝とあの男が待っています。……まったく、大企業のゼネラルマネージャーだかなんだか知りませんが、霞乃家の長女である道枝にあの男との再婚を認めてしまったのは間違いだったのかもしれません。今日こそ、あの男の愚かな判断を撤回させなくては……」
再び機嫌が悪そうな顔に戻っている梓に朝美は頷く。
そして、梓と朝美はその場から早足で歩き去っていった。
(なんだか急いでたみたいだけど……。判断を撤回させるとか、間違いだったとか言ってたし、何かあったのかな?)
翔子は疑問に思うものの、分かるわけがない。
まあ、自分には関係ないだろうと思い直し、翔子は由那に続いて、夜須美が待つ離れへと入った。




