40・AnotherSide 朝来野美雪・2
美雪は車を運転する賀東に被疑者である羽賀をどう探すのか、いい方法がないか聞いてみることにする。
「ねえ、賀東くんはどうすれば、羽賀を見つけられると思う? ひょっとして、もう遠くまで行っちゃってるのかしら?」
賀東は車の進行方向を向いたまま、ゆっくりと答えた。
「三人の外国人男性の死亡推定時刻は検死の結果、6月29日、土曜日の昼頃と思われます。それから遺体が7月1日、月曜日の朝に篠崎さんに発見されるまで、日曜を挟んで1日半以上の間があります。これだけの時間があれば、我々警察が捜査をはじめる前に遠くに逃げることは可能といえば可能でしょうね」
「うーん、まあそうよね」
「……ただ、羽賀は車の免許を持っていないため、バスを使うか、タクシーを呼ぶなり誰かの車に同乗するか、時間が掛かるのを承知で徒歩か自転車を使って移動するかくらいしか村を出る方法がありません。そして、村から出て町のある場所に向かうには山を貫くトンネルを通る必要がありますが、そこの近くの道路には監視カメラが設置されています。現状、トンネル付近の道路を通った車に羽賀の姿があったという報告は受けていませんし、会社に確認してもらったバスの車載カメラの映像にも羽賀の姿は捉えられていませんでした。ただ、トンネル付近の道路を通った車に羽賀の姿が映っていなくとも、別の誰かが運転する車に同乗するならカメラに映らないよう隠れることはできますから、まあ村からとっくに出ている可能性はありますね。そもそも羽賀は散花町の人間で、村の住人ではありませんから。ただ、羽賀は自宅に帰った形跡はありませんので、やはり誰かが匿っている可能性は高いかもしれません」
賀東の話を受けて、美雪は羽賀が遠くに行っていない可能性について聞いてみることにする。
「もし、村にまだ羽賀が潜伏しているとしたらどうかしら?」
「やはり誰かが匿っている可能性を疑うべきでしょうね。後は空き家に隠れている可能性もあります。村は少子高齢化で過疎化が進んでいて、今は人が住んでいない家も多いみたいですから。最盛期は600人くらいいた村の人口も今は半分ほどまで減っているらしいですし」
「めぼしい空き家は捜索したはずなんだけどね」
美雪の言葉に、賀東は頷いて答える。
「ええ。ただ、まだ我々の知らない隠れ家に使えそうな場所はあるかもしれません。そういった場所については、ひょっとしたら村の駐在の蔵吉さんなら知っているかもしれませんね」
「蔵吉さんか……。そうね、彼は相当村について熟知してるみたいだものね。遺体発見時の現場検証の際に少し彼と話をしたけど、村に存在する数少ない監視カメラの場所や何かあった時の避難経路まで彼が知っているのは驚いたわ」
「防犯防災に対する意識が強いんでしょうね」
「……今まで大きな事件なんて全くと言っていいほど起きなかった村なのにね」
美雪は窓の外の山の暗がりを見ながら呟く。
賀東は頷きつつ、美雪に言った。
「だからこそ、なのかもしれませんね。まあ、羽賀については地道に捜査を続けて手がかりを探すしかないですよ」
「……そうね。……あと、それとは別に、篠崎さんの言っていた、祠について調べるのはどうしようかしら?」
美雪が思い出したように言うと、賀東は前を向いたまま答える。
「事件現場の祠については羽賀の捜索に並行して、僕が村役場や村の歴史に詳しそうな人物に当たって聞いてみます。それにひょっとしたら、駐在の蔵吉さんもなにか知ってるかもしれませんし。まあ、それで分からないようなら、科捜研あたりにきちんと祠を調べてもらうのもありかもしれません」
「そうね。お願い、賀東くん」
美雪は素直に頷く。
「……でも、やる事が多すぎてかなり疲れそうですね。近々被害者の母国から遺族が来日しますが、その対応もしないといけないですし」
「上の方もカリカリしてるから、気も抜けないわね」
「ええ。外務省や大使館なんかも関わってくるような、外交問題に発展しかねない事件ですからね」
被害者の外国人男性たちのあの酷い遺体の惨状を思い浮かべながら、美雪は憐れむように言う。
「被害者も日本のこんな僻地の田舎に観光になんて来なければ、あんな目に合うこともなかっただろうに……」
「……そうですね」
賀東はそう静かに呟くと、言葉を続けた。
「……でも、円安やインバウンド政策の影響か、最近は日本中どこでも外国人の姿を見かけるようになりました。今後もこういった外国人が関連した事件は増えていくでしょう。僕たちもそういったグローバル化する時代に合わせて、変わっていくべきなのかもしれませんね」
美雪は賀東の言葉に頷きつつも、そう簡単に自分は変われないだろうなと思う。
(英語すらままならないのに、どんどんグローバルになる事件の捜査に、わたしはついていけるのかしら……)
そんな事を考えて美雪がすこし不安になっていると、車を運転している賀東が思い出したように言った。
「……そういえば、もうすぐ村祭があるんですよ、あの村」
話が変わったことで平静を取り戻した美雪は賀東に訊ねる。
「……へえ、いつなの?」
「今月の27、28日の予定だったと思います。土日ですね」
賀東が口にした日付に心当たりのあった美雪は思わず答えた。
「……27日と言えば、パリで開かれる世界的なスポーツの祭典の開会式の日じゃない?」
「え、そうなんですか? 僕、スポーツにはあまり興味無いですからねえ。4年前に東京で開かれた時も禄に見てなかったくらいですし」
「ふうん。まあ、賀東くんはそこまでスポーツには興味なさそうだものね」
「はは、僕の場合柔道を習ったのも、警察官を目指す上で必要に迫られてですからね。……まあ、スポーツの祭典はともかく、こんな事件が起きた後だと、村祭もいろいろ大変かもしれません」
(いろいろ大変か……)
たしかにそうかも知れないと美雪は思う。
「……じゃあ、その村祭の日までに事件が解決できるよう、頑張りましょう」
そう美雪が言うと、賀東はゆっくりと頷いた。
会話はそれで終わり、車は山間の道を抜け、やがて人が暮らす町中へと入っていく。
頭の中でこれからの事件の捜査について考えを巡らせながら、美雪は車が警察署に到着するのを静かに待つ。




