39・AnotherSide 朝来野美雪・1
朝来野美雪。
31歳。独身。
警察内での階級は警部補。
県内の短大から警察学校を経て、現在は✘✘県警の捜査一課に所属する女性警察官である。
美雪は現在組まされている相手――いわゆる相棒である賀東村雨巡査部長の運転する車で、現在捜査中の『葦雁山外国人観光客殺人事件』の捜査本部がある散花警察署へと向かっていた。
美雪は車を運転する賀東を横目で見ながら、篠崎翔子の家での会話を思い出していた。
(賀東くんがあんな風に捜査中の事件の事を部外者に饒舌に話すなんて珍しい事もあるものね……)
賀東は捜査中に事件の事をあんな風に部外者と話すような人間ではなかったはずなのだけれどと、彼と組んで結構長い付き合いの美雪は考える。
本来の賀東はもっと慎重に動く人間だと美雪は思っていたのだ。
(ホシと遺体を切断した人物は別かもしれないという篠崎さんの話がよほど気になったのかしら? 賀東くんは)
賀東村雨。
30歳。
美雪と同じく独身で、刑事としての階級は巡査部長。
顔はそれなりに整っているし、高身長でいわゆるイケメンの部類に入ると思われる人間だと美雪は思っているが、女性関係の浮いた話などについては聞いたことがない。
捜査中は階級が上の自分よりも慎重に動く事が出来る人間だと、内心美雪は賀東を評価していた。
美雪は無言で車を走らせる賀東に、ついさっき会ってきた篠崎翔子という少女について、聞いてみることにする。
「ねえ、賀東くんは篠崎さんの事、どう思った?」
「彼女と会うのは今日で二度目ですが、少なくとも悪い子ではないと思いますね。ただ思うと、彼女についてちょっと気になる事があるといえばありますね」
「気になるって、どこが?」
美雪が訊ねると、賀東は呟くように言った。
「……言葉です」
「言葉?」
賀東の口にした言葉を美雪は反芻する。
言葉の何が気になると言うのだろう?
「……村の食堂に聞き込みした際に聞いた話なんですが、事件の被害者三人と観光協会に雇われたボランティアガイドの羽賀は、事件当日、葦雁山に向かう前の食堂で食事を取っていました。これについては篠崎さんの証言の裏が取れたとも言えるんですが、ただその際、彼らは羽賀も含め日本語ではなく、全員異国の言葉で会話していたらしいんですよ。それなら、篠崎さんが聞いたという食堂近くでの会話も、彼らの母国語での会話だった可能性が高くなります。……なぜ、高校生の篠崎さんが、彼らの喋っている言語を理解できたんでしょうか?」
賀東の話を聞いた美雪は、言われてみれば確かに……、と思う。
でも、美雪はそれについてはすぐにいくらでも説明がつけられると考え、言った。
「……それは、篠崎さんが彼らの母国語を習う機会がどこかであったという事じゃない?」
「ええ、そうですね。でも、彼女の通っている高校では外国語の授業は英語と、後は中国語くらいが精々で、他の国の言語の授業はないみたいですし、彼女自身にも調べた限りでは外国で暮らしていたような形跡はありません」
確かに一昔前ならば、賀東のその言葉で完全にそれはおかしいと美雪は思っただろう。
でも、今は違う。
「でも、今の時代ネットがあるからねえ……」
そう美雪は賀東に向けて言った。
今の時代、海外の動画なんてネットに腐る程溢れているし、チャットやSNS等、知らない国の人間とコミュニケーションを取る方法もいくらでもある。
ネット環境が充実した現代なら、篠崎翔子のような高校生の少女でも独学で異国の言葉を身につけることが出来たとしてもなんらおかしくはないのだ。
美雪の言葉を受けて、賀東は暫くの沈黙の後、ゆっくりと言った。
「……確かにそうですね」
どこか釈然としない顔をしている賀東を見て、美雪はまだ何か思う所でもあるのだろうかと首をかしげる。
まあ、篠崎翔子が被害者たちが話す異国の言葉を理解した上でそれを証言していたなんて、賀東の話を聞くまでは思いもしなかったし、それに気がついていた賀東の目の付け所は美雪よりもいいのだろうと思う。
ただ賀東が話した篠崎翔子が気になる理由ついては美雪にとっては些末な問題だった。
「まあ、篠崎さんがどうやって異国の言葉を身につけたのかはこの際どうでもいい話よ。とにかく、彼女の証言のお陰で、わたしたちはすぐにホシであろう羽賀の存在にたどり着くことができたんだから、それでよしとしましょう」
「そうですね」
美雪の言葉に、賀東は素直に頷く。
窓の外を見ながら、美雪は言葉を続けた。
「ただ、問題はその羽賀が現在どこにいるかよねえ……。それに、もし誰かが匿っているとして、どうやって探すかよ」
すでに暗い山間の道を進む車の中、美雪は犯人をどうやって見つけるのか、その方法について考えを巡らせる。




