33・非科学的な話
「その、刑事さんは、あの死体が近くの崩れた祠にまるで供えられるように置かれていたことについて、どう思っているのかな?」
翔子はいきなり怨霊の話は出さず、まず、あの祠に遺体が供えるように置かれていた事について言及してみることにした。
噛みつかれて殺された三人が祠に供えるように置かれていた事について、警察がどう思っているのか翔子は気になったのだ。
「どうって、犯人が被害者三人の服を脱がせて切断し、ああいう風に置いたんだと思っているけれど……。ひょっとしたら、犯人にとっては、なにか儀式的な意味合いがあったのかも知れないわね。常人には分からないけれども」
朝来野刑事は、なぜそんな事が気になるのか分からないといった風に翔子に答えた。
その朝来野刑事の言葉を聞いて、得ている情報が翔子と警察では違いすぎることに気がつく。
(警察は事件が起きた際、羽賀さんの様子が急におかしくなった事を知らないから、普通にすべての犯行を羽賀さんが全部やったと思ってるんだ……)
翔子は祠が崩された直後に羽賀がおかしくなった事を知っているから、怨霊の存在やそれとは別の何者かが遺体を切断した可能性について推理を組み立てる事が出来たけれど、警察はそうではない。
前提条件が違う以上、怨霊の存在や別の何者かの存在を警察に信じてもらうのはやはり難しいと翔子は感じる。
(どうしよう。やっぱり怨霊の話なんてすべきじゃないのかな……?)
どうしようか翔子が思案していると、朝来野刑事が翔子の顔色をうかがいながら言った。
「どうしたの、篠崎さん? もしかして、篠崎さんは犯人と遺体を切断した人物は別だと思ってるの?」
朝来野刑事の言葉に、翔子はこくりと頷く。
「……どうしてそう思うの?」
首を傾げながらそう訊ねる朝来野刑事に、翔子はゆっくりと答えた。
「……その、わたしに一番最初に羽賀さんの事を聞くくらいだから、警察は彼の事を疑っているんだよね。……でも、わたし、彼の第一印象はそんなに悪くなくて、とてもあんな事をするような怖い人には見えなかったんだ」
翔子の言葉に朝来野刑事はすこし困ったような表情を浮かべながら言う。
「それは普通の無害な人間に見えたってこと? ……でもね、篠崎さん、人間って外面は良くても、心の中では何を考えているのか分からない人はたくさんいるのよ。わたしは仕事上、そういう人をいっぱい見てきたわ」
「だから、羽賀さんがやっぱり自分の意思であれをやったと……」
「ええ、そうよ。……でも、どうしたの。もしかして、犯人は自分の意志とは関係なくあんな事をしたと、篠崎さんは言いたいのかしら?」
朝来野刑事はやれやれといったような仕草をすると、翔子に訊ねた。
今、怨霊の事を話しても、到底信じてもらえないだろうと、朝来野刑事の様子を窺いながら翔子は思う。
けれど、馬鹿にされようと、伝えるべきことは伝えようと、翔子は思い切って切り出す事にした。
「……うん、そうだよ。わたし、思うんだ。ひょっとしたら、羽賀さんに何か良くないものが取り憑いて、自分の意志とは関係なくあんな事をさせたんじゃないかなって」
「……え、良くないものが取り憑いてって?」
翔子の話があまりに突飛だと思ったのか、朝来野刑事は聞き返す。
頷くと、翔子は言った。
「遺体が供えられるように置かれていた、崩れた祠。そこに眠っていた怨霊か何かが、羽賀さんに取り憑いて、事件を起こさせたんじゃないかなってわたしは考えているんだよ」
「は? ……怨霊? このご時世に?」
信じられない言葉を聞いたというように朝来野刑事は呟く。
「……その、本当に怨霊の仕業だと、篠崎さんは思っているの?」
その朝来野刑事の質問に、翔子は黙って頷いた。
すると、しばらくの沈黙の後、朝来野刑事はぷっと吹き出すように笑う。
「あはははは。うーん、怨霊かあ。さすがに非科学的だし、オカルトすぎるわよ。確かに外国人男性を三人も噛み殺した挙げ句、服を脱がせてあんな風に切断するなんてあまりに猟奇的で現実離れしてるけど、祠に眠っていた怨霊の仕業だなんてそれこそあり得ないわ」
朝来野刑事のその態度にやっぱり信じて貰えそうにないと感じた翔子は、これ以上この話はすべきじゃないのかもしれないと思った。
そもそも幽霊を見ることが出来る翔子と、そうでない朝来野刑事では前提が違いすぎるのだ。
(信じて貰えそうにないし、もう黙っていようかな……)
もうだんまりを決め込んで刑事ふたりに早く帰ってもらおう。
そう考え、翔子はもう話を切り上げようと口を開こうとする。
その時、それまでじっと話を聞いていた賀東刑事がゆっくりと言ったのだった。
「怨霊か……。確かに突拍子もない話だけど……、面白いね。篠崎さん、もう少し詳しく話してくれないかな?」




