31・刑事の話
畳敷きの居間に翔子は刑事ふたりを案内し、座布団に座らせる。
「刑事さん、お茶、いるかな?」
翔子が聞くと、朝来野刑事は「お構いなく」と言って、首を横に振った。
それならと、翔子も座布団の上に座り、座卓を間に挟む形で刑事ふたりと向き合い話をする体制になる。
「……それじゃあ、篠崎さん、話いいかしら。早速なんだけど、あなたが話してくれた羽賀という男について、他にもなにか知っている事があれば教えて欲しいの」
朝来野刑事の言葉に、翔子はどう返答するか迷う。
警察の事情聴取を受けた際に翔子は羽賀について『6月29日の朝に、被害者の3人の外国人男性を山登りに誘う、村の観光協会のボランティアガイドを名乗る羽賀という20代半ばくらいの男性を村の食堂の近くで見た』と脚色を交えて伝えていた。
こうして翔子に聞いてくると言うことは、警察も彼を犯人として疑っているということだろう。
でも、正直それ以上羽賀という男について警察に伝えることは翔子にはない。
彼が祠に眠っていた怨霊に取り憑かれているかも知れないなんて事を警察に伝えても、どうせ信じてくれないだろうと翔子は思う。
首を横に振ると、翔子は答えた。
「わたし、この間伝えた以上の事は羽賀という男の人についてはちょっとわからないかも……」
すると、翔子の言葉を受けて、朝来野刑事は言う。
「そう、じゃあ他の事についてはどうかしら。例えば、事件現場で何か気になった事はなかった? 結構酷い現場だったから、女の子に思い出してっていうのは酷かもしれないけれど、時間が経ってから気づくこともあるかもしれないからね」
外国人男性三人の遺体の首と足が切断され、祠に供えるように置かれていた異様な事件現場。
翔子はあの場で起きた出来事を、被害者の記憶を共有した事ですでにある程度は知っている。
でも、警察はどうなのだろう?
「……その、刑事さん。あの外国人三人の遺体なんだけど、死因とか分かったのかな?」
翔子はあの遺体の状況を見ただけでは分からない被害者の死因について、訊ねてみることにした。
「……死因? 何か気になる事があったの?」
怪訝な表情で朝来野刑事が翔子に聞く。
「……いえ、ちょっと気になって」
翔子が呟くように言う。
すると、朝来野刑事はじっと翔子を見つめ、暫く何かを考える素振りを見せた後、ゆっくりと口を開いた。
「……本当はこの手の捜査情報は部外者には漏らしてはいけないんだけど……。いいわ、ここだけの話よ」
「……死因について話すんですか?」
朝来野刑事に、黙って話を聞いていた賀東刑事が口を挟む。
賀東刑事に視線を向けると、朝来野刑事は頷いて言った。
「ええ、話すことで何か気づくことがあるかもしれないからね」
「知りませんよ、後で問題になっても……」
「いいわよ、彼女に話すことで何か問題が起きたらわたしが責任を取りますから。賀東くんは黙って聞いてて」
朝来野刑事のその言葉で、賀東刑事は押し黙った。
翔子は朝来野刑事のほうが賀東刑事より立場が上なのかなと、ふたりの会話を聞きながら思う。
朝来野刑事は翔子の方に向き直ると、話をする体制に入る。
朝来野刑事がこれから語ろうとしている被害者の死因についての話……。
でも、翔子はすでになぜあの三人が死んだのかを、すでに知っている。
翔子がすでに知っている話が朝来野刑事の口から出てくるのだろうか。
それなら祠の怨霊の事を、きちんと警察に伝えるべきなのか……。
色々な事を考えながら、翔子は朝来野刑事の話を聞くことにした。