29・誰もいない生活
バスを降り停留所で夜須美と別れた翔子は、そこから15分ほど歩いて自宅へと帰ってきた。
家に着いたのは4時過ぎ。
空はまだ青いものの、時刻はもうすっかり夕方だった。
鍵を開けて家の中に入ると、翔子は部屋の電気をつけて回り、異常がないかとりあえず確認する。
翔子の自宅は平屋の一軒家で、そこまで大きな家というわけではない。
確認はすぐに終わり、何も異常がなかった事に、翔子はほっと溜息をつく。
たまにはすな様が勝手に家に無断侵入している事があるのだが、今日は来ていないみたいだった。
でも、これまでは家に帰ってもこんなにきっちり異常確認なんてしなかったのに、つい確認してしまうのは、事件の事が頭にあるからなんだろうねと翔子は思う。
事件以後、翔子はすこし神経質になっているのかもしれなかった。
翔子は荷物を置いて洗面所で手を洗った後、制服を脱いで私服に着替える。
そして取りあえず、夕食をどうしようかと台所を確認した。
昼はケーキしか食べていないので、今日はご飯が食べたいなと思った翔子は、買い置きしてある米を水で研ぐと、炊飯器にセットする。
おかずは今から買いに行くのも面倒くさいので、同じく散花町のスーパーで買い置きしてあるインスタントか冷凍の食品でいつものように済ませることにした。
村には一応食品を扱う雑貨屋は存在するものの、売り切れることも多く、そこまで品揃えもよくないので、今から買いに行っても翔子の口に合うものが見つかるかは分からないからだ。
観光客が増えている影響で、近々村にコンビニが出来るという噂もあるので、そうなったら食事の手間も少しは楽になるかな、なんて事を翔子は考える。
翔子は別に料理が苦手というわけではないのだけれど、準備や片づけに時間を取られるため、本格的な調理を行うのは本当に稀だった。
(家に誰もいない生活にも、もう随分慣れちゃったけど、お父さんやお母さん、それにおじいちゃんがまだいれば、毎日の生活もまた違うのかなあ……)
翔子はあまり使われていない台所を眺めながら、そんな事を思う。
母のひかりは、理由は翔子はよくは知らないけれど祖父と折り合いがあまり合わなかったらしく、また不便な田舎暮らしにも嫌気が差したのか、まだ翔子がほんの小さい頃に家を出て、それきり消息不明。
父の翔一は翔子が散花町の小学校に入学した頃、勤務先の町で事故に巻き込まれ亡くなった。
長年一緒に暮らした祖父の翔蔵も、翔子が中学二年の頃に亡くなり、それからは翔子がずっと一人でこの家に暮らしている。
食費やガス、水道、電気代などは祖父の翔蔵が遺してくれた財産がそれなりにあるのでなんとかなるし、夜須美をはじめとした霞乃家の人間や片切夫妻のように一人暮らしの翔子の事を心配して気を使ってくれる人は周囲にそれなりにいた。
なので、日々の生活に困ったという事は、実は翔子にはあまりない。
ただ、無性に寂しく孤独を感じることは翔子にも稀にある。
でも、だからといって以前祖父が亡くなった時に行政から勧められたような施設に入って暮らすのはごめんなので、一人暮らしで感じるその寂しさや孤独もまた、生きていくために必要な物なのだと翔子は理解していた。
人から見て表情があまり表に出ずよく無感情に見られるのも、自分自身でどうにもならない辛い感情をなんとか制御しようとした結果なんじゃないかと、翔子は考えている。
「……ふう」
翔子は一つため息をつくと、台所を後にし勉強机のある自室へと向かう。
一人暮らしの家で自室というのも変な話だけれど、翔子は勉強机や普段寝ているベッドのあるその部屋を自室と定義していた。
(……テスト勉強きちんとしないと)
机に向かうと、気合を入れるように翔子は自分の顔を軽く叩く。
そして、翔子は参考書を開き、余計なことは考えないように、その内容に集中する。




