28・トンネルと約束
散花町の停留所からバスが出発して、30分程が過ぎた。
バスはいくつかの停留所に止まりつつも終点の葦野雁村へ向けて進み、すでに山間の道へと入っている。
バスに乗った時に翔子たちと少し話をした片切は疲れたのか、目を閉じてうとうとしていた。
夜須美は手にしたハンドバックから取り出した文庫本を読んでいる。
窓際の席に座っている翔子は、何をするでもなく窓の外の風景を眺めて、バスが村に着くのを待つことにした。
家屋がなくなり、鬱蒼とした森が延々と続く山の中を縫うように続く細い道。
散花町から葦野雁村まで、片道1時間はかかるその道をバスで移動している時間は、いつもの事とはいえ、翔子にとってはやはり退屈なものだった。
(早く着かないかなあ……)
そんな風な事を考えながら、流れていく景色を眺めていると、やがてバスは山を貫くトンネルへと入る。
5分ほど続くこのトンネルを抜けてしばらく進むと、バスは葦野雁村に着くはずだ。
人も含め、外部と村の流通は基本、今このバスが通っている山間を縫うように続く一本道の道路を使って行われる。
なので、もしこのトンネルが土砂崩れで塞がれたり、同じ様に道路が何かの理由で封鎖された場合、ライフラインが遮断され山間にある村は陸の孤島になってしまう可能性がある。
そんな話を翔子は以前聞いたことがある。
でも、村は電話やネットも使えるし、スマホも通じる。
なら、交通が塞がれても、空からヘリで来てもらったりする事は可能なので、電話線が切断されたり、スマホの基地局がどうにかならない限りはそうなっても恐らく大丈夫だろうと翔子は思う。
バスの窓の向こうの、トンネルの暗闇を見ていると、ふいに夜須美が翔子に声を掛けてきた。
「ねえ、翔子。今日はありがと。付き合ってくれて」
夜須美は文庫本を閉じて、翔子を見ている。
翔子はゆっくりと夜須美に答えた。
「……ううん、別にいいよ。わたしもふわ先生に奢って貰っちゃったし、それに有名漫画家に直に会える機会なんてそうそうないからね。行ってよかったよ」
「うん、そう言ってくれると嬉しい。なんか、迷惑かけちゃったかなって、やっぱり思ってたから」
夜須美の言葉に、翔子は首を横に振る。
「そんな事ない。夜須美さんが誘ってくれたから、事件の事忘れてちょっとした気晴らしになったし」
「……事件か」
夜須美はぼそりと呟く。
翔子は言葉を続けた。
「……夜須美さん、ケーキ屋で事件の話題が出た時、話変えてくれたよね。あの時、あ、夜須美さん、もしかして事件にわたしが関係してる事、知ってるんじゃないかなって」
その翔子の言葉に、夜須美は薄く笑って答える。
「はは、結構鋭いね。……うん、あたしは翔子が山で起きた殺人事件の遺体の発見者だって事、知ってたよ」
「やっぱり」
「山で起きた殺人事件はすごく村で噂になってるしさ、どうしても耳に入ってきちゃうんだよ。でも、翔子は遺体を発見して通報しただけでしょ? なら、事件の事にはなるべく触れないほうがいいのかなって。遺体の状況も酷いって聞いたし、ひょっとしたら翔子がトラウマになってるかも知れないからね」
どうやら思っていた以上に、夜須美は翔子の事を心配していたらしい。
翔子はすこし申し訳なく思いながら、言った。
「大丈夫、トラウマにはなってないよ。……でも、そっか、わざわざ気を使ってくれてありがとね」
そう翔子が言うと、夜須美は安心したような笑みを浮かべた。
そして、いい事を思いついたというように、翔子に向かって言う。
「そうだ、翔子。テスト期間終わったらもう休みでしょ。良かったらさ、今度家に泊まりにこない?」
「え、夜須美さんの家に?」
翔子は突然のお泊りの誘いにびっくりして声を上げる。
夜須美は笑顔で言った。
「うん、歓迎するよ。家広いから泊まる場所ならいくらでもあるしさ。一緒にゲームでもして遊ぼうよ」
「いいの?」
翔子の呟きに、夜須美は頷いて答える。
どうしようかしばらく考えてから、翔子はゆっくりと言った。
「……うん。なら、今度お呼ばれされちゃおうかな」
家にいても偶にはすな様が遊びに来るくらいで、どうせほとんど一人きりだし、数日くらいなら夜須美と一緒に過ごすのも悪くないかな。
そんな風に翔子は思ったのだ。
翔子の言葉に、満面の笑みで夜須美は言う。
「よし、なら約束ね」
「うん、約束」
そう言って、翔子も頷いた。
ふと、翔子が窓の外を見ると、バスはいつの間にかトンネルを抜けて、葦野雁村に近づいている。




