26・駅前で
『スイーツマーセナリー』を出た翔子たちは、再び駅前まで戻ってきた所でお開きとなる。
ふわ先生と美波は、これからどこかで新作漫画の打ち合わせをするらしい。
邪魔するのも悪いと、翔子と夜須美はバスで村へと帰る事になった。
夜須美とふわ先生は、どこか名残惜しそうに会話を交わしている。
「今日はありがとうな、ふわ子。奢って貰っちゃったし、久々にふわ子に会えてよかったよ。でも、今日いきなり連絡もらった時は驚いた。ふわ子、東京から今こっちに戻って来てるんだって」
「うん。『ゆるふわヴィレッジ』の次の新作を構想中なんだけど、なかなか話が思いつかなくて……。今は散花町の前に住んでた家にいるの。誰も住んでなくて空き家同然だったから、色々大変なんだけどね。でも、こっちに戻って来たら何かインスピレーションが湧くかなって。『ゆるふわヴィレッジ』のアイデアを思いついたのも葦野雁村にいる時だったから……」
「インスピレーションかあ……。いい作品、描けるといいね。ところで、ふわ子はまだしばらくはこっちにいるの?」
「うん。美波ちゃんは旅館泊まりだし話の打ち合わせに付き合って貰っただけだから、あと何日かしたら帰る予定なんだけど、わたしは夏の間はこっちにいるつもり。葦野雁村の観光協会主催のイベントや散花町の本屋でのサイン会なんかにもお呼ばれしてるから、そっちの予定もあったりするしね」
「へー」
二人の仲の良さを少し羨ましいと思いながら、翔子は黙って会話を聞いていた。
すると、それまで名残惜しそうにしつつも笑顔を崩さず会話を続けていた夜須美が、ふと、すこし何かを思案するような表情を浮かべる。
そして少しの沈黙の後、ふわ先生に言った。
「……その、ふわ子。今日なんだけどさ、わざわざあたしに連絡入れたんだし、何か用でもあったんじゃないの?」
「……ううん、別に特別な用事はないよ。ただ、久々だったし、ちょっと夜須美ちゃんの顔が見たくなっただけ」
ふわ先生は微笑を浮かべたまま、首を横に振り夜須美に言葉を返す。
夜須美は頷くと、すこし憂いを帯びた笑みを口元に浮かべながら言った。
「……そう。まあ、でも、あたし、ちょっと今日ふわ子に会うの気まずかったんだ。ふわ子は人気漫画家になっちゃってるのに、あたしは大学中退して今は実家に寄生しながら遊んでる、ただのニート。もし会って、バカにされたらどうしようって……。だから、翔子にわざわざ付き合ってもらったんだ。でもふわ子、全然変わってなくてよかったよ」
夜須美の言葉に、ふわ先生は少し慌てて答える。
「そんな、馬鹿になんてしないよ! でも、わたしも、夜須美ちゃんが全然変わってなくて安心したんだよ」
ふわ先生のその言葉に、夜須美は憂いを帯びた笑みを浮かべたまま頷いた。
翔子は今の会話で、どうして夜須美が自分をふわ先生と会うのに付き合わせたのか腑に落ちる。
それと同時に、普段何も考えてなさそうに見える夜須美もそんな事を考えるんだと、すこし意外にも思ったのだった。
別れ際、ふわ先生が軽く手を振りながら言う。
「それじゃあ、今日は本当にありがとう。わたし、しばらくはこっちにいるから、機会があればまた会いましょう、夜須美ちゃん。それに、翔子ちゃんも」
「こちらこそ奢って貰っちゃって悪かったね。それじゃあ、ふわ子、それにアシスタントの子も、またね」
その言葉に、夜須美も軽く手を振りながら答える。
さっきの憂いを帯びた表情は、夜須美の顔からはもう消えていた。
「今日はありがとう、ふわ先生。奢ってもらったケーキとコーヒー、おいしかった」
そう言って、翔子も軽く頭を下げると、別れを告げる。
「ふふ、翔子ちゃん。夜須美ちゃんの事、よろしくね。それじゃあ、バイバイ」
ふわ先生は翔子にそう言うと、美波と共にその場から歩いていく。
翔子と夜須美は二人を見送った後、共にバス停に向けて歩き出した。




