21・夜須美
7月4日、木曜日。
警察に翔子が山で起きた事件を通報してから、すでに三日が経過していた。
翔子の通う散花町の高校では今日から期末テストが始まり、ここ三日間は事件の事もあり禄に勉強出来なかった翔子はテストの問題に苦しめられ、正直散々な結果に終わってしまっていた。
テスト期間ということもあって、午前中で授業は終わり帰宅時間になった翔子は、表情には出さないものの憂鬱な気持ちで、高校からバス停への帰路をひとり静かに歩いていた。
人通りの多い散花町の商店街に差し掛かった所で、翔子はふいに背後から声を掛けられる。
「あれっ、翔子じゃん。これから帰り?」
立ち止まり翔子が声のした方に振り向くと、そこには背の高いラフな格好をしたショートカットの女性が立っていた。
よっ、とその女性は気安そうに翔子に向けてウインクしながら、片手を軽く振る。
「うん、これから帰るとこ。今日はテストで、午前中で授業は終わりだから」
翔子も無表情ながら、軽く手を振ってそう言葉を返した。
ショートカットの女性の名前は、霞乃夜須美。
翔子より4つ年上の、21歳。
小さな子どもだった頃からよく遊んでもらった、翔子にとっては姉のような存在である。
都会の大学に進学するため夜須美が村を離れてからは、翔子とは暫く疎遠になっていたものの、彼女がその大学を中退して村に戻ってきてからは、またたまに一緒に遊んだりする仲になっていた。
夜須美は昔から葦野雁村を取り仕切る伝統ある霞乃家の一族の人間だが、その中でも翔子にとっては気軽に接する事の出来る人物のひとりである。
手を振りかえした後、そのまま歩き出そうとすると、夜須美は翔子に近づいてきた。
そして、胸元から紙のような物を取り出すと、夜須美は翔子にそれを見せつけてくる。
「じゃーん、見てよこれ。昨日発行された新札だよ、新札。銀行のATMでお金おろしたら出てきたんだ〜」
そう言って、夜須美が翔子に見せてきたもの。
それは昨日、7月3日に発行された、福沢諭吉ではなく渋沢栄一が印刷された一万円札だった。
「そういえば昨日から発行ってニュースでみたけど、ふーん、これが新札かあ。でも、なんかちょっと安っぽい感じがするね。フォントとか」
翔子が目の前の一万円札を見ながら率直な感想を言うと、夜須美は軽い感じで言葉を返す。
「こら、翔子。天下のお金様にそんな事言わなーい」
そして、翔子がその場を立ち去らないうちにと、夜須美は言葉を続けたのだった。
「ねえ、翔子。これから時間ある? 暇ならちょっとあたしに付き合ってよ」




