2・少女
2024年7月1日、月曜日。
早朝。
村に一つしかないバスの停留所に、病院通いの老人や通勤服姿の男女に混じって、学生鞄を手に持ったセーラー服姿のひとりの少女が、肩まで伸びた髪を朝のまだ涼しい風に揺らしながら立っていた。
篠崎翔子、17歳。
バスで少し離れた街の高校に通う、葦野雁村在住の少女。
物事にあまり動じず、感情を表に出さない無表情が自然体の、すこし変わっていると言われることもある翔子であるが、そんな彼女には普通の人間は持ち得ない、ある特別な力が備わっていた。
それは亡くなった人間――即ち幽霊をその目で見る力。
幽霊の声を聞く力。
そして、その幽霊を食べ、食べた幽霊の持つそれまでの生前の記憶と死後の記憶を自分の物として、共有する力である。
翔子は、そんな不思議な能力を備えた、特殊な体質の持ち主だった。
これまでに翔子が食べた幽霊は三人いる。
翔子の自宅の隣の家に住んでいた老婆。
たまたま村に帰省していた都会の会社に勤めていたサラリーマンの男性。
そして、中学生の頃、翔子の友人だった少女の三人である。
その三人を食べた時のその味を、その時感じた罪悪感を、翔子は表情には一切出さずともいまだ忘れられずにいた。
否、忘れられずというよりは、嫌でも忘れらないといったほうがいいかも知れない。
何故なら三人のこれまで生きてきた人生の記憶は、翔子の中でずっと存在し続けているのだから。
翔子は、これから先、もう幽霊を食べるような事なんて二度となければいいな、なんてことを考えながら、高校へと通学するため、停留所で街に向かうバスが来るのを待っていた。
朝はまだ早いものの、街に仕事や用事に向かう人たちは多く、一緒にバスを待つ村の人たちは、当然ながらほぼ翔子とは顔見知り。
そんな顔見知りの人達に軽く挨拶し、向こうから話しかけてくればちょっとだけ言葉を交わす。
それが、翔子にとっての毎日の日常だった。
でも、そのいつもと同じ様な翔子の平和な朝の日常は、突如破られることになる。
急ぎ足で停留所に駆けて来た古風な和服姿の幼い少女が、バスを待つ翔子の顔を見るなり叫ぶように言ったのだった。
「ああ、しょーこ、やっと見つけたのじゃ! 大変なのじゃ! あっちで……、山の奥の方で男が三人も死んでいるのじゃ! しょーこ、儂にはどうにもできんから一緒に来て欲しいのじゃ!」