16・知らない祠
「あらためて見ると、やっぱり酷いね……」
祠の前まで戻って来た翔子は、まるで供えられるように置かれた、三人の外国人の惨たらしい死体を見ながら呟く。
「……うむ、そうじゃな」
はすな様も死体に目をやりながら、静かに告げる。
死体の胴の部分で作られた、三角形の中央に重ねて置かれた被害者たちの頭部。
それを直視すると、怒りと悲しみが入り混じった、なんとも形容しがたい感情が心の奥から湧いてくるのを翔子は感じた。
(ごめんなさい。ボリスさん……)
無惨に首を切断された被害者男性の一人であるボリス・アバロの頭部を見ながら、翔子は心の中で再度、その幽霊を、魂を、その記憶を食べることになってしまった事を彼に向かって謝罪する。
理不尽に命を失った三人の外国人たちに冥福を祈ると、翔子は死体から崩れ苔むした祠へと目線を移した。
この道すらない山奥にぽつりと存在する謎の祠について、はすな様に聞いておきたいと思ったからだ。
「……ねえ、はすな様。このロジェさんが崩した古びた祠……。これっていったいどんな祠なのか知ってるかな?」
翔子の問いに、はすな様はゆっくりと首を横に振る。
「……いや、実は儂もよく知らんのじゃよ」
「……え?」
意外なはすな様の言葉に、翔子は思わず声を漏らす。
(戦国時代の頃、およそ500年前からこの葦野雁の土地に幽霊として存在しているはすな様。そのはすな様が、この祠の詳細を知らないなんて……。じゃあ、この目の前のこの祠は、いったいいつからここにあるんだろう?)
そう、翔子は祠を見ながら考える。
はすな様は祠に視線を向けながら、思い出すようにゆっくりと言葉を紡ぐ。
「……儂がこの場所の祠の事を認識したのは、そう、ちょうど400年程前の事。江戸時代の頃の事じゃ。暇を潰すために山の中を散歩しておったら、偶然見つけての。もうその頃からこの祠は、まるで人目を避けるようにここにぽつりとあったんじゃ。……だから、相当古いものなのは確かなんじゃが、いつ誰が何のために建てたのか、どんな祠なのかは実は儂もよくは知らんのじゃよ」
「村の人が建てたのか、そうじゃないのかも分からないのかな?」
「うむ。この葦野雁の地に村ができたのは、およそ500年前、儂が生きておった頃の事じゃ。その頃から、儂が見つけるまでの100年の間に村の住人によって祠が建てられた可能性は十分に考えられる。儂とて村のすべてを把握しておるわけではないのじゃからな。だが、もちろんこの葦野雁の地に村ができる以前から、すでに祠が存在していた可能性もあるのじゃ。その場合は、相当古いものになるのは間違いあるまいて」
一度言葉を切ると、再びはすな様は祠を見ながら言葉を続けた。
「……まあ、祠を村の者が建てたのか、そうじゃないのかは儂にはわからん。ただ、今は儂には想像もつかんほど科学が発展した世の中じゃから、専門家が科学捜査なりできちんと調べれば、この祠がいつ頃建てられたのかはすぐに分かるのかもしれんな……」
そう言うと、はすな様は何かを考えるように顎に指をあてる。
「はすな様も知らない祠……か」
はすな様の話を聞いた翔子は、ゆっくりと呟いた。
そして、事件と祠の関連性について翔子は考える。
(……いったいこの祠は何の目的で建てらたんだろう。事件についてわたしが想像した通りなら、きっとこの祠も事件に関連があるはずなんだけど……。でも、もしそうなら、事件はこれで終わりにはならないかもしれない……)
祠を見ながら思案に耽る翔子。
そんな翔子に、はすな様は言った。
「しょーこよ。お主は今回の殺人について、犯人について、どう考えておるのじゃ……? わざわざ儂に祠の事を訊ねたのじゃ。事件と無関係とは考えておるまい。……儂に聞かせてくれぬか?」
その言葉に、翔子ははすな様の方に向き直る。
そして、少し考えてからゆっくりと頷くと、言葉を紡いだ。