15・記憶を辿って・4 惨劇
翔子は語る。
山の中にぽつりと存在する、古ぼけ苔むした、ちっぽけな石の祠。
その場を立ち去ろうとした四人の身に何が起きたのかを。
「ボリスさんたちが泉のところまで戻ろうとしたその時、急に羽賀さんの様子がおかしくなったんだよ。頭を抑えて、膝を地面について、苦しみだしたんだ。ボリスさんたちは苦しむ羽賀さんに駆け寄って、具合を見ようとした。すると、いきなり羽賀さんは目を剥きながら祠を崩したロジェさんの首元に嚙みついたんだ」
「噛みついたじゃと?」
翔子の話を聞いたはすな様は、少し狼狽えた顔をする。
「うん、羽賀さんは、何かに憑りつかれたみたいに豹変して、ロジェさんの首元に噛みついて、その肉を引きちぎった。噛みつかれたロジェさんは首から大量に血を噴き出して、その場に倒れて動かなくなった……。その光景をすぐ傍で見ていたボリスさんとアランさんは、唐突な出来事にパニックになったんだ。まあ、当然だよね。いきなりそんな事が起こったら……。ボリスさんはいきなり何をするんだと怒鳴り声を母国語であげるけど、羽賀さんは完全に正気を失っているのかボリスさんの叫びを意に介さず、逃げようとしたアランさんに襲い掛かった。羽賀さんに圧し掛かられたアランさんは必死に抵抗した。でも、細身で体力がそれほどないアランさんは、ロジェさんと同じように首元に噛みつかれると、もうどうする事もできなかった。皮膚を肉ごと噛み千切られて、首から血を流して、絶命してしまった。それでアランさんも殺害された事に激怒したボリスさんは、羽賀さんに自分から逆に向かっていったんだよ。体格差と力で押し切れば勝てるとボリスさんは思ったんだ。でも……」
「殺されてしまったわけじゃな……?」
はすな様の言葉に翔子は頷くと、ゆっくりと言葉を続けた。
「……うん。柔道の技をかけられるみたいな感じで、簡単にボリスさんの攻撃は無力化された。後は他のふたりと同じようにボリスさんは首元に噛みつかれて……」
そう言って、翔子は少し目を伏せ気味にする。
はすな様は深刻な表情をしながら、腕を組んだ。
「ふうむ。翔子のこれまでの話を要約すると、ロジェという男が祠を崩し、その場を後にしようとしたその時、羽賀というガイドの男が急に何かに憑りつかれたようにおかしくなって、異国の者たちの首筋に次々と噛みついて三人を殺害したと……そういうのじゃな?」
「……うん」
翔子ははすな様に頷く。
「……それで、その後はどうなったのじゃ?」
翔子は首を横に振ると答える。
「それが、わからないんだ。殺された所でボリスさんの記憶は途切れてるんだよ。あの空間の亀裂みたいな首筋の傷の影響もあるのかもしれないけど、そこからはかなり曖昧で、わたしには記憶を辿れないんだ」
「そうか。ふーむ。しかし、憑りつかれた様にか……。確かにしょーこの話を聞くだけでも普通ではなさそうじゃし、これは厄介な話になるかも知れんな……」
そう口にすると、腕を組んだまましばらく考え込む表情を見せるはすな様。
厄介な話……。
今回の不可解な殺人事件、はすな様には何か思う所があるのかもしれないと、翔子は考える。
腕を組んだまま黙り込んでしまったはすな様を促すように、翔子は言った。
「はすな様、とりあえずは祠のところまで戻ろう。……わたし、まだちょっと気になる事があるんだ」
翔子の言葉に腕を組んで考え込んでいたはすな様は頷くと、道のない山林の中をふたりはゆっくりと歩き出した。




