11・幽霊を、食べる。
座り込んでいた褐色肌の男性の首筋にできた空間を切り裂くような亀裂の傷。
突然、それが広がりはじめたのだった。
「亀裂が……」
翔子は思わず声を出す。
亀裂の広がりと共に、男性の苦悶は常軌を逸したものになっていく。
全身を大きく痙攣させ、後ろ向きに上半身を倒すと、男性はその場でのたうち回る。
亀裂の広がる速さは先程の金髪細身の男性よりは遅いため、その分より痛みに苦しんでいる時間が長いように翔子は感じた。
男性が絶叫を上げると、亀裂の入った部分がぶわっと広がり、男性はさらに大きな声を上げる。
その光景をじっと見ていた翔子は男性に近寄ると、その場に屈み込んだ。
その様子を見て、はすな様は呟く。
「しょーこ、お主……」
「……もう、見ていられないから」
はすな様に、翔子はそう言葉を返した。
そして、倒れた褐色肌の男性に顔を近づけ、虚ろな男性の瞳をしっかりと見つめる。
そして、男性にも自身の声が聴こえるように、しっかりとした口調で翔子は言った。
「……わたしはこれから、あなたを食べる」
男性は意識が朦朧としているのか、翔子の声が理解できているのかも定かではない。
いや、そもそも男性に日本語が分からないのなら、おそらく言葉も通じてはいないだろう。
それでも、翔子は男性に理解してもらえるように、そして自分自身にも言い聞かせるように言葉を続けた。
「……せめてあなたの苦痛だけは、和らげてあげたいんだ。それは決してあなたの救いにはならない、許されない行為かもしれないけれど……」
そう言うと、翔子はゆっくりと男性のスキンヘッドの頭部に唇を近づける。
「……ごめんなさい」
そう呟くと、翔子は男性の頭部に口づけした。
その瞬間、男性の幽霊の実体のない身体にできた亀裂のような傷が消えていく。
それと共に褐色肌の男性の幽霊としての存在の濃度もまた、薄まっていった。
身体が完全に透けて見える所まで存在が薄まった所で、翔子は目を閉じる。
そして、少しだけ閉じた唇を開けた。
すると、薄まった幽霊の身体は不思議な光を放ちながら、光体となってすうっと、翔子の口の中へと吸い込まれていく。
男性の身体が完全にその場から消えた所で、翔子の喉元が、口腔内のものを胃に送るように、こくりと動いた。
それは、翔子が男性のスキンヘッドの頭部に口づけしてから、ほんの僅かの出来事。
翔子は褐色肌の男性の幽霊を食べたのだ。
目を閉じたまま、翔子は立ち上がる。
そして、身体の中に入った男性の魂を自分の中に浸透させるように、その場でじっと目を閉じたまま立ちつくしていた。
どのくらいその場で立ち尽くしていただろう。
「しょーこ……」
どこか、すまなそうに名前を呼ぶはすな様の言葉に、翔子は目を開けて振り返ると訊ねた。
「……ねえ、はすな様。わたしが食べる瞬間、男の人、どんな顔、してた?」
翔子のその言葉に、はすな様はゆっくりと答える。
「……痛みに苦しんではおらんかった。眠るような、安らかな顔をしておったぞ」
「……そう。なら、よかったよ」
はすな様の言葉を聴いた翔子は、瞳から涙をこぼしながら、そう言った。




