第五話 おおきなかべ I
急いで荷物を置いて少し顔を出してみると、シディと名乗ったあのひょろい先輩が、いかにも喧嘩強いです☆みたいな筋骨隆々の熊の男に絡まれているのが見えた。
「お前、もういっぺん言ってみろ!」
「何回でも言うたるわ。アンタじゃ僕に勝てへん。ええ加減学んで大人しいしとき」
「な、なにぃ…!?お前相当舐めてやがるなァ!?この野郎ッ!」
大男が怒りに任せて振り下ろした拳を、シディ先輩はスッとよけ、まゆひとつ動かさず片手で勢いを殺しながら受け止めた。一瞬の出来事だった。
「校舎崩れるやろ、アホンダラ。自分の馬鹿力のこと過小評価しすぎや」
「あぁ!?俺様が弱いって言いたいのか!?」
「お、やっと日本語が理解できるようになったんか。えらいえらい」
半笑いで頭を撫でるシディ先輩の手を振り払い、熊の大男は去っていった。
「…チッ。今日の夜、闘技コートに来い。逃げたらわかってんだろうな!?」
と捨て台詞を吐きながら。
「お〜。行けたら行くわ〜」
また半笑いで受け答えした後、深いため息をつくシディ先輩。
「あ、あの…」
「ん、おぉ、ユーマくんやん。…ひょっとして見とった?」
「盗み見るつもりはなかったんですけど…」
「オレは別に気にしやんけど…女子とかにそれしたらあかんでぇ〜?」
「しませんよ!...ああいうの、よくあるんですか?」
「あぁ、もはや習慣なんよ…オレが何したってんか知らんけど」
明らかに”面倒臭い”という本心を隠そうともせずあくびをするシディ先輩。
歩きながら、彼がさっきこぼした言葉を思い出してみる。
『ちゃんと戦えるだけの力はあるわ!』
今のやりとりを見ているだけでも、その言葉に嘘はないと信じることができる。
(絶対に怒らせないようにしよう…)
そんなことを考えながら、”アンワールズ”のプレートがかかった扉を開いたのだった。