1 フラレた男と浮気された女
初の大人の恋愛物です。よろしくお願いします。
1フラレた男と浮気された女
「あなたと別れたいの」
「はっ?」
レストランで食事中、目の前の恋人から言われた一言が、一瞬理解出来なくて、服部茂は、ポカンとなる。
間を置いてカランと音がした。
茂の手からフォークが滑り落ちていたが、そんな事に気づかないくらい衝撃が走ったのだろう。
―――別れたい?
「なんで!」
茂は、そう叫び勢いよく立ち上がる。周りの客や店員から注目を浴びるが、そんな事に構っていられない。
「だってぇ。あの服部工業の社長の息子って聞いたのに、お金は全然ないし、おまけに跡取りはアンタじゃなくて妹!見た目はまあまあいいけど、それだけ!アタシはお金のあるオトコと結婚したいの!お金の無いアンタなんか用はないわ!」
最低な捨てゼリフを吐き、恋人だった女はレストランから出ていく。カンカンという女の苛立った気持ちを表したハイヒールの音だけがやけに耳に響いた。
茂は、あの後会計を済ませ、レストランから出てきたが、店員の哀れみを含んだ視線や蔑むような視線は痛かった。
まああれだけ女と言い合っていたんだから仕方ないが、当分あのレストランには行けそうにない。
しかもあの理由でフラレたのは、何回目か茂自身覚えちゃいない。
多分十数回いや二十回は超えたかもしれない。
十回超えたあたりから数えるのを辞めた。まあそのくらい女性からフラれまくっているのだ。
茂は、学生時代から行きつけの居酒屋の暖簾をくぐる。
「おやっさん、いつものくれんか?」
「おうって、なんやしげちゃん。またフラレたんか?はは」
学生時代からの付き合いからか、店主は、茂がフラレたのかすぐに察したらしく、そうからかう。
「うっさいわ!」
茂が店主にそう言い返して、いつもの定位置に座ると、黒髪ロングにグレーのパンツスーツ姿の女性がおり、ブツブツ何やらつぶやきながら、一人飲んでいた。
その姿が、学生時代からの友人にソックリだった。
―――アイツ、今日本におらんはず。
「茜?なんでおるんじゃ?」
「茂?いちゃ悪い?」
振り返った黒髪ロングの女性は、茂の友人の佐藤茜いや結婚して確か酒井茜だ。
「やっお前、三郎の奴と結婚してドイツに行ったんじゃなかったんか?」
「行ったわよー。三年前にねー。でもあの野郎、パッキンのナイスバデーの美女とふーふの寝室でー、あっはんふっふんやっていたのよ〜」
「はあ?」
結婚前から浮気癖のある奴だったが、もう浮気しないと、茜の父親と約束した上で結婚したにも関わらず、まさか異国の地でもやらかしていたとは。
結婚前の騒動に巻き込まれた茂としては、許し難い話だ。
『それでも好きなの。アイツについてくって決めたの自分だから。お願い止めないで』
―――あん時無理にでも、アイツから奪っていれば。
「あはは。あんたのちゅーこく聞いとけばよかったわ!ねー、あんたはまたフラレたの?」
ハイテンションに背中をバシバシ叩く茜に、三年前の自分の決断に後悔している最中の茂は、少々イラついたが、
「フラレたわい。理由はいつもと一緒じゃ!そういうお前は、別れたんか?」
「そーよー、離婚してー出戻りましたあ。でも実家さあ無いから、妹がお世話になってるー親戚んちに行くのさー。でも離婚した憂さばらしじゃないけど、学生時代の行きつけで飲んでたら、しげと再会したのさー。アハハ」
茂ではなく、しげ、学生時代に茜しか呼ばなかったあだ名に、あの頃封じたはずの想いが蘇る。
「しげ。今日は独り者になった者同士呑もーぜ!」
「ああ」
こうしてフラレた男と浮気された女の夜は、更けていった。
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