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フォレスト  作者: 横谷昌資
第二部
34/52

第三話 弱者が集い・1

「ねえちょっと聞いてよ。昨日あいつに悩み相談したら“悩み相談は迷惑だからやめてくれ”って返ってきて」

「う〜ん。あんたも頑固だからね」

「うん、お父さんもそう思うよ。一緒に買い物に行った時も、これも買ったらどうだって言ったらいつもいらないって言うだろ。強情だなぁって思うよ」

「……じゃあお父さん一人で買い物行けばいいじゃん」

 ——その直後、れたばかりのコーヒーをカップごと床に叩きつけたことで、僕は彼らの心に何らかの波紋はもんを投げかけることはできたのだろうか?


「どうしてひろみチルドレンがいっぱいいるのかっていうと、お手軽に自分の知らないこととか考えたことのない考え方を提示ていじしてくれるからなの」

「みんな手っ取り早く真実に辿り着きたいと思ってる。手間暇かけて深く長くじっくり追求するっていうのが面倒臭い。要はコスパが悪い」

「ひろみちって頭はいいんだと思うの。知識も豊富だし論理的にものを考えることもできる。ただ、夢がない」

「将来のヴィジョンが見えないの。この世界に、この社会に、具体的にどうなってほしいのかがまるでわからないの」

「とか言うと自分の意見など必要ないって言うわけでしょ。じゃ、なにを目指しているのかがわからない人と目指すべき地点の話をしても意味がない」

「ただ、ひろみちが代表的に目立つだけで、ひろみちみたいな人は世の中にたくさんいるのよね。ネットの討論番組なんか観てたらよくそう思う。考えて考えて、傷ついて苦しんで血みどろになってボロボロになって真実を掴み取る、みたいなのは、コストパフォーマンス至上主義のいまの時代に合ってないんだ。それより“これはこういうことです!”と断言する方がウケるのはまあ当然だよね」

「結局、ひろみちみたいなのがいっぱいいるってことは単に需要があるから供給があるってだけの話。手っ取り早く真実に到達したいっていう我々の怠惰たいだとだらしなさが彼らを生み出している」

「だいたい、ひろみちだって大変だと思うよ。活動してれば、もし対立する相手だからって、“ほんとあなたの言ってることごもっともですよ!”とか言いたくなるときだってあるだろうに、いちいち反論して論破しなきゃいけないんだもん。働くって大変だよね」

 みたいなことを言ってやろうかと思ったが、やめた。

「で、YouTubeで見たんだけど、いまの日本っていうのはね……」

 と、直亮は淡々《たんたん》と青年実業家として名を馳せメディアで論客ろんきゃくとして活動するひろみちという人物の話を続ける。それを話半分に聞きながら、一志は今日のおやつは何にしようかななどとぼんやりと考えている。「YouTubeで見たんだけど」というのは直亮の口癖のようだった。基本的にものの考え方が我田引水である直亮に“反論”というものをしても暖簾のれんに腕押しなのはもうわかっていたため、一志は「ふーんそうなんだ」といった態度で、しかしそれをできるだけ悟られないように彼の話を聞いていた。どうせ直亮は自分はちゃんとわかっていると言い張るだけなのだから、反論をする必要も意味もない。

 そうはいっても一志は直亮のことが好きだった。

 初めて会ったときから好印象を抱いていた。自分の話を聞いてくれて、時折共感してくれて、五歳も年上なのに笑顔がかわいいと感じ、一志としては“でっかい弟”と言った印象だった。確かに難しい人である。同じように統合失調症であるということだが、明らかに自分よりも程度が重いように一志には感じられた。しかし自分とは馬が合った。波長が合う、と言ってもいい。丈も同じだが、彼と話していると時間があっという間に過ぎ去る。直亮と一緒にいるのは楽しかった。それはもちろん、ときどきイライラすることもあるというのも本音である。だが、それより圧倒的に直亮と一緒にいたいという思いの方が強かった。

 直亮は無職で基本的に暇だからすずかけにしょっちゅう滞在している。一方一志は一時期とは違いいまは仕事をしているから長時間滞在することはできない。だからこそ、仕事帰りにここに来れば直亮に会える。もちろん丈とも、史生とも佐都紀とも、それに他の利用者たちとも、すずかけにいる人々と過ごす時間は大切なものであったが、その中で直亮が来ていないことを知ると一志は分かりやすくがっかりする。そして、一緒にいればひろみちの話などを特に疑いもなく信じきり楽しそうに話す直亮にぼんやりとうんざりしながら、それでも彼の趣味のゲームの話を聞いたりして穏やかな時間を過ごしている。

 難しい話や面倒な話をするとき、「どうでもいい」「どっちでもいい」という直亮に社会問題や政治的課題についての“議論”をするのは荷が重いのではないか、そう思うものの、一志には直亮を“正そう”という気は、ない。

 そんなことより直亮と一緒にいたいのだ。

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