第五話 話をきかせて・4
「疲れてるみたいですね」
「わかります?」
「わかりますよ。ぼくも、母が亡くなったときはだいぶダメージでした」
ファミレスで、史生は文彦と夕食を取っていた。
ふう、と、史生はため息をつく。
「ただでさえ弟が亡くなってダメージなところ、死後の手続きが大変だし、マスコミがやたらと突撃してきて」
「『非業の死を遂げた天才画家––––障害を抱えて』って感じでしょうかね」
「そりゃコンクールで優勝した直後で話題性充分なのはわかるけど、もっと家族を亡くした人間の気持ちとか想像できないものなのかしら」
「仕事だからこそ残酷なこともやれちゃうものですよ」
「そういうことでしょうね」
「まあ、少しは休んだ方がいいですよ」
「はあ……」
「恋でもしてみたらいかがですか」
突然の文彦の提案に史生は苦笑した。
「気を紛らわすために?」
「悪いことではないかと」
「っていうか、恋っていうか婚活ですよね……」
と、再び史生はため息をついた。
「あの子が死んで、もちろん苦しいし、哀しいんです。辛くて辛くて」
「もちろんそうでしょうね」
「でも、ホッとしている自分もいるんです」
なにも表情を変えず文彦は問う。
「それはなぜ?」
あっさりと史生は答える。文彦に対して安心していたからだった。
「あの子のことが心配で結婚どころじゃなかったから」
ふむ、と、文彦はうなずいた。
「なるほどね」
「自己嫌悪が半端ない」
「それはそれ、これはこれ、でしょう?」
「まあ、そうなんですけどね」
「思い詰めない方がいいです。思い詰めないことで問題が解決するわけでもないけれど」
「はあ」
「いい人いないんですか? 婚活で」
話題を変えてくれた文彦に史生は感謝した。と同時に、ふと頭に浮かんだ航也をあっという間にかき消した。
「夢追い人のフリーターはパス」
はは、と、文彦は笑った。
「逃した魚が大きくなるかもしれませんよ」
「博打はできない。そういう進藤さんは、恋は?」
「既婚者なもので。まあ、恋人を作る人もいますがね」
「でも、この人いいなーとか」
ちょっと考え、ふむ、とうなずき、やがて文彦は説明を始めた。
「まあ、この人いいなーぐらいはありますよ。それこそ友達のAくんだったり、お客さんのBさんだったりね」
「付き合いたいって思うんですか?」
「いや。付き合いたいと思ったことはないけど、セックスがしたいとは思います」
やや呆気に取られたが、黙って話を聞く。
「この感覚は異性愛者には絶対にわからないと思います。でも、かといって一人で部屋で悶々《もんもん》とするってわけでもないんですよね。もっと気軽でラフな性欲です。それこそ欲望のラインにすら到達していない」
にこにこと笑いながらそうディープな話をする文彦に、ふむ、と史生はうなずいてみる。その様子を見て、文彦は訊ねた。
「ゲイは性的に奔放だと思います?」
史生は正直に答えた。
「正直」
「それは結局、異性愛者の性の欲望のあり方が普通だと思ってしまっているからなんでしょうね」
それを聞いて、史生は、ああ、と声を上げた。
「自分たちの性の在り方こそが基準だーみたいな」
自分の真意をあっさり理解してくれた史生の存在が、文彦にはなかなかの救いだった。文彦はそのまま説明を続ける。
「愛に性別なんて関係ない、というのは、それはまあそうなんだろうなとは思うんですが、ただそこで止まってしまう人はこっちはこっちでいろいろあるのよってことがきちんと飲み込めてないんだろうなと思います」
「あらゆる愛が自分たちの愛のように存在しているとは限らない」
「そう。あと、よくLGBとTは違うだろうって言われるけど、いやあなたたちから見ればみんな似たようなものに見えるのかもしれないけど、LもGもBもこっちはこっちで結構いろいろ違いがあるのよと。十把一絡げに“愛はこのような在り方で存在しているはず”だから“そうじゃない在り方の愛は不自然だ”ってところでしょうか」
文彦の言っていることをよく咀嚼しながら、史生は思いついた。
「平等っていうのは、細かい違いとかその人の悩みとかを全部見ないようにして、全てを全てプレーンに扱うことではない」
「差別をなくせば差別がなくなる、ってところでしょうかね」
「どうしてそんなに単純に考えちゃうのかしら」
「みんな、忙しいですからねえ。仕事に家事に、毎日毎日。だから難しいことや面倒臭いことが考えられない。したがって余裕がないからしょうがない––––ってことで、差別が存在するわけですね」
「忙しい、か……なんだかやりきれないな」
ふう、とため息をつく。しかし先日一志の言っていたことを思い出し、でも、と前置きしたのち史生は言った。
「全てのことはリンクしている」
「ん?」
「あたしの勤めてる施設の利用者さんが言ってたんです。バタフライ・エフェクトとかなんとかがどうで、世界中が繋がっているとかなんとか」
ふむ、と文彦は考える。
「ぼくらも、たまたま海川さんが東京にコンサートに行った日に、たまたまぼくも二丁目にいて、たまたま海川さんのお友達が行っていたゲイバーが、たまたまぼくの行きつけで、そしてぼくたちはいまここでこうして食事をしている。バタフライ・エフェクトね。わかりますよ」
「だから、自分には関係がないと思っていることも実は関係している」
「気が遠くなりそうですけどね。世界中のありとあらゆる問題を自分ごととして捉えるだなんて」
「でも現実そうなわけじゃないですか。誰もが差別と関係している」
そうだな、と呟き、文彦は言った。
「いまここでリンクの話がリンクしたように、それがみんなにリンクすれば、あるいは」
「もっと希望を持っていいのかな?」
「でも伝言ゲーム的にどこかで捻じ曲がるかもしれません。それこそ自覚的に、悪意や暇潰しによって」
「じゃあ、絶望になってしまうかもしれない」
「あるいは––––」文彦は逡巡する。史生に伝えなければならないことがあるはずだと思いながら。そして、やがて言葉をまとめていった。「全ての物事はリンクしているという前提を、誰もが持っていれば、あるいは」
文彦の簡潔な説明を聞いて、史生は、なるほど、とまたうなずく。
「やっぱり、ゲイとかマイノリティの人っていうのは、いろいろ面倒臭い人生だから、視野が広いのかしら」
という史生の言葉を聞いて、文彦は、はは、と笑った。
「“AであるならBであろう”っていうのを偏見っていうんですよ。そして、そこから差別が生まれる––––」
どこか寂しげな表情に見えたのは、きっと自分の気のせいではないと思い、史生は自分の言葉を反省した。




