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第三話 ちょっと、夏をもうちょっと・3

 ということを朝散歩の途中遭遇した文彦に相談したら、「合わない人は合わないからね」と彼は冷静にそう言った。

「まあ、そうなんですけど」

「血が繋がっていようが、どんな関係性だろうがね。前も言ったけど、距離を置くのも優しさだよ。それも一つのコミュニケーション」

「まあ、そうなんですけどね……」

 しかしやっぱり親戚だから無下むげにはできない、と悩ましげな航也に、文彦は穏やかに語った。

「複雑な人には世界が複雑に見えるものだし、単純な人には世界が単純に見えるものだよ。どっちがいいかは一概には言えないけど、でも生きづらさを感じるのはなんだかんだ複雑な人の方なんだろうなとは思う」

「はあ」

「で、まあ、世界っていうのの本質が複雑なものである故、航也くんは世界の側に立っていられるわけだ」

「哲学ぅ〜」

「でも、真面目な話、世界の側に立ってない人が戦争とかしちゃうわけだろ。“あの野郎、なんかムカつく”っていう、至極単純な理由で」

「ああ、まあ、なんとなくレベルでわかる気が」

「で、だからこそ、複雑な人は生きづらいのよね。“敵”にも家族がいるとか考えちゃうから」

「複雑ぅ〜」

 おちゃらける航也に、文彦は、ふふ、と笑う。

「ご家族ご親戚の件で言うとだね」

「はい」

「小さい頃からそうだった、となると、君が変われたとしても相手も変わらない限りこの問題は解決しないだろうね。もう習慣になっちゃっているだろうから、向こうからすれば自分が君を“攻撃”しているなんて夢にも思っちゃいないだろうし、指摘したとしても反省というか自覚が芽生えるとは限らない。むしろ、“この人は一体なにを言っているのだろう?”とか、()()な疑問を浮かべるだけだと思うよ」

「うう……頭痛がする」

「そういうことを音楽にぶつけてみたらどうだい」

「はあ。音楽」

「不満の歌を自然に書けてたときは結構人気者だったんだろ」

「でもいまはなんか作為的なものを感じるっていうか。これは人に聴かせられないなって思うんです」

「しかし仕事っていうのは作為的なものだからね」

 む、と、航也は眉を顰める。

「そうかな?」

「そうとも。最終的には勘で決めたりするかもしれないけど、全体的には全部計算でやるものだよ」

「計算と作為的っていうのは、同じ意味なのかな?」

「それをやるつもりでそれをやる、という点では同じ意味だと思うよ」と、文彦はタバコに火をつけた。「髪を切るときも、自分の技術を自分の手のひらの上で転がした上でやらなければならない」

「ああ、まあ」

「まあ、音楽というか、創作の世界だとまたちょっと話が違ってくるのかもしれないけど。君のいう“作為的”っていうのが具体的にどういう意味なのかをおれが把握してないのかもしれないし」

「う〜ん……」

 だがそう言われてしまうと、航也自身、“作為的な音楽”というのがどういう音楽なのか、それを突き詰めて考えたことがないことを自覚する。

「売れるために作った曲、とかですかね」

 と、なんとなく言ってみる。言葉にするとあまりにも俗人的なものを感じる。

 すると航也は、はは、と笑った。

「仕事なんだから売れなきゃあ」

「それは、まあ」

「売れない商品に価値はないよ」

 航也は反発した。

「いや、そんなことないですよ。売れなかったけどいいミュージシャンだった、いい曲だった、ってことは普通にありますよ」

「君は好きかもしれないけど大多数の人たちからは好かれなかった、ということだ。それならインディーズでやるべきであってメジャーデビューしたのは失敗だったということだ。レコード会社からすれば損失に他ならないからね。一部のコアなファンに好かれているだけでは利益にならない。そんなことをしていては会社が存続できなくなってしまうよ」

世知辛せちがらいなあ……」

「だから、あくまでも仕事にしたいのであればある種の諦めだったり割り切りだったりは絶対に必要不可欠だよ」

「うう」

「自殺未遂しちゃうようなアイドルの子とか、ドラッグに手を出しちゃうミュージシャンとかは、ある意味純粋なんだよ。“はいはいわかりましたよ、こうすれば、いいんだろ”っていう風に思いきれなかった。メタルが好きで好きで堪らない女の子がふわふわしたラブソングばっかり歌わされて、“あたしにとって音楽って何なのかしら”って思っちゃうようならそれは歌手には向いていない。少なくとも仕事としての歌手には向いていない」

「それは、なんとなくわかります」

「趣味でやる分には五分の曲を作ろうが十分以上の曲を作ろうが自由だけど、仕事としてはそうはいかない。一分半のものを作ってください、と言われたら必ずそうしなければならない。作れませんでした、となると、契約は更新されないだろう」

「……」

 文彦のリアルな発言の数々を聞いていて、航也は思わずため息をついた。

「悩ませちゃったかな」

「リアルだなと思って」

「音楽で食っていく、っていうのも、結局はファンタジーじゃなくてリアルな問題だから。リアルな問題である以上、リアルに考えなければならないさ」

「リアルとは」

「おれたちはテレビとかで観るミュージシャンしか見えないから、例えばサザンとかミスチルとかを音楽で成功した人たちだと思うけど、でもあんなのはレアケース中のレアケース中のレアケースであって、モンスターなんだよね。スーパースターっていうのはイコール異常者たちなんだよ。で、だからこそスーパースターなわけだね。でも、世の中年収三〇〇万のミュージシャンとかが普通にいるわけで、音楽で生活していくということ自体はファンタジーなことではないだろ。例えば、作る、っていうことはひたすら現実的な世界の話だ。売る、っていうこともね」

「それはその通りです」

「だから、音楽の内容とかだけの話じゃなくて、音楽家として、君はいま岐路きろに立っているわけだ。自分はどういうミュージシャンになりたいのか、というね」

 航也は、うん、と素直にうなずいた。

「うん、そうですね」

「好きな音楽っていうのと、得意な音楽っていうのと、やりたい音楽っていうのは、たぶんそれぞれ違うだろ」

「たぶん、違うと思います。そんなに突き詰めて考えたことはないですけど」

「魂からの才能とか、仕事としての才能があれば別かもしれない。でも、その二つともがもしも君になかったとして––––君は、どうして音楽がやりたいんだろう?」

「……」

「突き詰めて考えてみた方がいいと思うよ。なんてったって、君はいま分岐点ぶんきてんに立っているのだからね」

 と、文彦は航也にウインクをした。

「……」

 航也は、悩ましかった。

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