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【番外編:後悔すらしない男 ブラウリオ・クレメンティ公爵】



王妃殿下がデルフィーナの目の前で、私におしまいを突きつけた。

いつかこんな日がくるのではないかと思っていたのだ。

エルシーリアと結婚し、クレメンティ家の婿となった日から……。


フォガット侯爵家の四男に生まれた。

長兄、次兄の次に、双子の弟として生まれた時から、両親にとって大事な子どもではなかったのを肌で感じて育った。

双子の兄ミゲルは、愛嬌があって誰の懐にも飛び込んでいくタイプなのに、私はおとなしく口数の少ない子供だった。

兄たちも、よく笑うミゲルのことは可愛がったが、私にはあまり関心を示さなかった。

それでも双子ということで一緒にいる時間も長く、ミゲルとはそれなりに仲が良かったが私に婚約者が決まった時にミゲルとの間に大きな溝ができた。

それは私の婚約者が、あのクレメンティ公爵家の一人娘、エルシーリアだったからだ。


長兄はフォガット侯爵家の跡取りとして、次兄は宰相候補の文官として、ミゲルは騎士となるべく育てられた。

そんな中、私について父上は特に見極めをしなかった。

周囲も自分も、どこかの一人娘の家に婿に行くのだろうと思っていた。

同じ家格の侯爵家であれば上々、伯爵家や子爵家という事もあり得た。

だが、決まった相手はこの国の公爵家の中で二番手とされる由緒ある家だった。


それ以前に、エルシーリアには婚約者がいた。

当時の王弟殿下の次男で、見た目はさすが王家の血筋という完璧な容姿をしていたが、中身が少し足りない男だった。

学園在籍中に子爵令嬢を妊娠させてしまい、周囲や王家が気づいたのは傍から見てもお腹に子がいることが判る頃だった。

エルシーリアとの婚約は破棄され、すぐにクレメンティ公爵家は次の婿を探した。

今度はあんなことが起こらないような、面白みがなくとも真面目で勤勉な男ということで、私に白羽の矢が立った。


急ごしらえの婚約者同士であったエルシーリアと、穏やかな関係性を少しずつ築いていた頃に、ミゲルがそれをぶち壊した。

クレメンティ公爵家へ私が婿入りすることが面白くなかったミゲルは、フォガット侯爵家の庭にエルシーリアを招いて二人で茶を飲むという日に、私にはエルシーリアの到着が遅れるそうだと嘘をつき、その間に私のふりをしてエルシーリアに失礼な物言いをした。


ずいぶん後になってから王妃殿下から聞いた話では、『王家に足蹴にされた傷物令嬢でも由緒正しい公爵家なら婿入りしてやってもいい』というようなことをミゲルはエルシーリアに言ったらしい。

騎士団の中で、人間関係を上手く構築できない腹いせを、私に向けて晴らしたのだ。

明るくカラッとした気分のいい男という評価は、おとなしく無口な双子の弟の私が近くにいなければ、たいした美点にはならなかったのだ。


それからエルシーリアは、私に対し淡々とした対応、いわば業務的な接し方になった。

私は私で、あらゆるところから、フォガット侯爵家の四男という立場にしては『上玉』を掴んだ幸運な男と言われ続けたせいで、エルシーリアが私に見せる顏が自分を見下しているように感じていた。


それから一緒に生活するようになっても、エルシーリアとの溝は埋まるどころかどんどん深くなっていった。

子供はデルフィーナしか生まれなかった。

クレメンティ公爵家に男児を産ませることが私の唯一と言っていい『任務』だったのに、私はデルフィーナを産んだエルシーリアと、それからは『任務』を果たせなくなっていた。


周囲はデルフィーナの後に子を産まないエルシーリアのほうを暗に責めた。

エルシーリアという生まれながらの公爵令嬢が、閨で私が『任務』を果たせなくなったことを口外するわけがないと気づいてから、私はクレメンティ公爵家の中や世間を堂々と歩くようになった。



クレメンティの家には、国宝に指定されている骨董品や国宝まではいかないものの、価値の高い美術品が多数あった。

それらを国外で売り払ってできた金をクレメンティの分家筋に配り続けた。

金の力は偉大で、クレメンティ家の連中は誰も私を『嫡子も産ませられないクレメンティのお荷物婿』と侮らなくなった。

国宝がどれだけ価値がある物か、それを預かっていることが名誉だクレメンティの矜持だと言われてもどうでもよかった。

名誉や矜持で腹は膨れず、僅かばかりの自尊心をくすぐることしかできない。



エルシーリアを毒殺し、共同墓地に埋葬してやったときはせいせいした。

クレメンティの血筋なんていうものは、市井の共同墓地に吸い込まれて消えたのだ。

娘のデルフィーナはエルシーリアがいなくなればどうにでもできる。

これが息子として生まれてきてくれたのなら、エルシーリアを手にかけることもなかったと思うと、デルフィーナには憎しみしか感じなかった。

クレメンティの正統な血を持つ価値の高い娘を、どこかに高く売りつけてやろうと思っているうちにあの王妃に持って行かれた。

エルシーリアと仲の良かった王妃だけが目の上のコブだったが、王妃もまた王から疎まれていて王は平民の女を囲っていた。

高い身分に生まれ高い能力があったとしても、女として幸せになれなかった二人を心底ざまあみろと思っていた。


だが、王妃はエルシーリアの復讐を諦めていなかった。

デルフィーナをロルダン殿下の婚約者にという王命は受け入れるしかなく、王妃は私からデルフィーナを守り私に復讐を遂げた。




捕縛された時は国宝の無断売却などの罪だったが、追ってエルシーリア殺害の罪も加わった。

ああもう時間が無いようだ。

牢番が灯りを消せと怒鳴っている。


ベネデッタはどうしているだろうか。

ドナーティ侯爵はあの場でベネデッタを叩こうとしたが、その手を下げた。

ベネデッタが、私に脅されていたと叫んだからだ。

ベネデッタのためにいろいろ画策してきたのに、あの女も何も理解していなかった。

エルシーリアも王妃もデルフィーナも、ベネデッタでさえも、女はどうしようもない。

次に生まれ変わったら、女を遠ざけて生きていこう。

愚かな女という生き物はもう懲り懲りだ。


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