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【番外編:後悔の中で ②ジュリア・ペレイラ伯爵令嬢】



エクトル殿下が立太子なさったと、私の耳にもそのニュースは入ってきた。

この国の王太子となったエクトル殿下に私は夜会でワインを掛けて、拘束されその場から連行されたことは誰もが知っている。

自分の罪状はエクトル殿下にワインを掛けた件と、デルフィーナ・クレメンティ公爵令嬢に対する器物損壊や侮蔑などの罪。

どれも罪そのものはそれほど重くないらしいが、エクトル殿下自らが『故意にワインを掛けられた』『故意に公爵令嬢に危害を加えるのを見た』と証言したことが決定打となって、五か月の服役と賠償金が課せられた。

学園でのことは、他の貴族令嬢令息たちも同一の証言をしたようだった。

デルフィーナ様に惨めな思いをさせるのが目的だったので、いつも人前でやっていたのだ、言い訳などできない。

そのせいでデルフィーナ様は他国で療養中、ロルダン殿下は……風邪と聞いていたのに拗らせて亡くなってしまった。

お父様が言うには、ロルダン殿下は亡くならなくても廃嫡されただろうという。

婚約者を邪険に扱い、傍に置いた私がデルフィーナ様に危害を加えたのを止めもしなかった。

デルフィーナ様に対してはロルダン殿下も加害者だけど、私がお二人を破滅に追いやったと、父も世間もそう思っている。



服役中は、初犯で成人したばかりの女子ということで重労働は与えられなかった。

私は蝋燭を箱に詰める作業が割り振られた。

手のひらほどの長さの蝋燭を、蝋燭に彫られた柄の向きを同一にして、箱に詰める。

箱に蓋をするのは次の工程で、身体を曲げたら折れそうな老婆が担当していた。

一日九時間、ただ蝋燭を箱に詰めていく。

あまりにも退屈だが、適当にやると蝋燭の柄がきちんと揃わず管理者から叱られる。

老婆に『あんたの前に箱詰めをしていた女は、頭がおかしくなって蝋燭を食ってしまった』

そんなことを言われた。

どうにか蝋燭を食べてしまう前に、外に出ることができた。


その後外に出てみて、エクトル殿下の恐ろしさを実感したのだ。

「軽い罰だった」と人々が心の内で思えば、そのことそのものが『罰』の一つになる。

いつまでも私は『犯した罪に見合わぬ軽い罰に甘んじて出てきた元犯罪者』のままだ。

実際お父様は、労働島送りやいっそ処刑してくれたほうがペレイラ伯爵家は救われたのだと憎々しげに私に言い放った。

もちろん私の罪が処刑になるわけではないということは承知の上で、父はそう思っている。

父は自分の脱税が発覚して追徴分を払ったことも、私が王妃殿下に目をつけられたからだと言う。




あの夜会の場面で何度も思い出して苛まれるのは、姉の夫であるブリアック様に汚物を見るような目で見られ、軽々しく自分の名を口にするなと言われたことだ。


私は自分の恋心も他者のそれも、上手く扱える人間だと思っていた。

当時の王太子だったロルダン殿下が婚約者であるデルフィーナ・クレメンティ公爵令嬢に、歪んだ恋心を抱いていたことに気づいていた。

それをコロコロと弄ぶことで、ブリアック様への叶わぬ恋を捨てられない自分を癒し続けた。

同級生たちはみんな愚かで幼稚に見えた。

ロルダン殿下もその取り巻き達も、自分の欲望とプライドを隠すこともできない男児たち。

でも自分こそが愚かで幼稚だった。

デルフィーナや姉のオレリーという、努力もできて結果を着実に残すことができる人に植え付けられた劣等感は、嫌がらせをしても払拭できなかった。

腐り落ちた私という人間は、もう再生することなど不可能なのだ。

草花と違って腐っても土に還って養分になることもない。


お父様は私を嫁に出すことはないと言い切った。

後添いや僻地の嫁という無料戦力としてですら、嫁がせるということはしないと。

この家の中で生涯飼殺す、それが私への罰だという。


この家に居れば、それがどんな奥の部屋だろうと、姉とブリアック様の話が耳に入る。

もうすぐ二人の第一子が産まれる話が、生温かいものを耳に流し込まれるように入ってきたように。


十歳にも満たない頃から抱き続けたブリアック様への想いは、芽吹くことなく腐った種となって私の中でじくじくと悪臭を放ち続ける。

こうして私は生きながら腐っていくのだ。


私に食事を届けたり最低限の身の回りの世話をしたりする侍女たちは、嫌がらせなどは一切してこない。

誰もが淡々と各々の仕事を正しくこなしている。

悪意をぶつける対象ですらないのが私なのだ。



今日も特にすることがない。

軟禁されているわけではないが、部屋から出てもすることがない。

庭を散策することはできるが、私がそうすれば誰かがそれまでしていた作業の手を止めて、私に付き添わなければならない。一人で庭に出ることは父から許されていない。

お父様の仕事のどんな末端のことでさえ、私の目に触れさせることはない。

刺繍をしたものを慈善として納めようとしても、私のような他者を陥れた人間の作るものなどタダでも要らないとなるようだ。


生産性のあることを何一つせず、誰かの手を煩わせながら、もはや何の意味もなくなった人生を一日ずつただ消費していくだけの存在に成り下がった。

これなら鉱山での鉄鉱石掘りに出されたほうが良かったのではないか。

少なくともするべきことはあり、僅かながらも結果が出せる。




反省をしろと言われるが、私は運が悪かっただけなのだ。

気に入らない人を虐める者など私以外にだってたくさんいるのだから、他の虐めを行っている人たちも全員捕まらなければおかしくて、そうではない人はずるいし羨ましい。


蝋燭を詰めた箱の蓋をしていた老婆にそう言ったら、私はこう言われた。


『世の中の人間は二種類に分けられる。罪も幸せも、人と比べなければその量を測れない人間と、自分の中に秤を持って自分で測れる人間と。あんたは秤を持っていないほうの人間なんだねぇ』


自分と同じ罪を犯しているのにまだ捕まっていない人は、いつ自分は捕まるのかと怯えて暮らす。

それすら思わない人間はどんどん罪を重ね、自分の短い人生では贖いきれないことになる。

それのどこが羨ましいんだい? 罪は軽いうちに贖うのが一番なのに。

まあこの意味が分からないから、人を羨んで傷つけてやろうなんて思うのだね。

人を傷つければ同じ深さの傷を負うものだ。

人の痛みに鈍感な者は自分の痛みにも鈍感で、知らずに血を流していることに気づかない。

罪を贖うということは、自分の傷を手当することでもあるからね。


老婆に叱られた気分になったから、私はおばあさんは何の罪を犯して蝋燭の箱に蓋をしているのかと聞いた。


「どんな罪も根っこはみんな同じ。

誰かが積み重ねてきた時間や努力、それを見守っていた人たちの時間や努力を自分勝手に壊したのさ。

もしもあんたが毎日箱詰めしている蝋燭が、実は看守によって集められたあと全部の箱を逆さにして、また明日あんたのところへやってくるだけだとしたらどう思う?」


私は答えられなかった。

蝋燭を食べてしまう前にそこを出られると分かったとき、老婆に聞かれた意味が分かりかけたが、外の空気にそれが触れたら消えてしまった。




私は自分が処刑される妄想を転がしながら、眠りにつく。

群衆に石礫(いしつぶて)を投げつけられながら、強い瞳で睨み返し、断頭台の露と消えていく。

あの子にもあの子なりの正義があったのでしょう、そんなふうに言ってくれた誰かの声も肩から首が離れた私の耳には届かない。

そんな妄想の中の、可哀相な自分が羨ましかった。



ドアが開けられ侍女が食事を持ってくる。

毎日同じメニューをオレンジ色の小薔薇模様の壁紙を見ながら、機械的に食べていく。

いっそ誰かが毒を盛ってくれればいいのに。

私の命が尽きるのと、あの壁紙が色褪せるのとどちらが先だろうか。

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