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【番外編:後悔の中で ①コルラード・バルデム侯爵令息】



夜会の途中、エクトル殿下の指示で拘束された。

取り調べの中で、ロルダン殿下の婚約者であるデルフィーナ・クレメンティ公爵令嬢に対する器物損壊や侮蔑の容疑がかかっているジュリアの共犯と疑われていると指摘された。

エクトル殿下自らが、取り調べを行ったのだ。


エクトル殿下はその部屋に父を呼んでくれた。

宰相である父に取り調べに同席してもらうことは、最初はエクトル殿下が僕に好意的な意味でそうしてくれたのだと思った。

だが、そうではなかった。

エクトル殿下は、父に僕のしでかしたことを説明する手間を省いただけだった。



「子どもじゃないんだから、そんなつもりはなかったと言われてもね、じゃあどんなつもりだったんだっていう話になるから。

ランチタイムの終わりに特別談話室から出てきたデルフィーナ嬢に、あなたはこう言ったのだよね。

──この頃食堂ホールでお見かけしないと思っていたら、こんなところで公爵家の特権を使っていたのですね──

これが侮蔑の意味ではないなら、どんなつもりで言ったのかな? そもそもデルフィーナ嬢が公爵家の特権を使ったというのは、裏は取れていたのかな?」


こう穏やかにエクトル殿下に言われて、僕は何も言葉を返せなかった。

どう取り繕おうとしたところで、侮蔑以外の何ものでもなかったからだ。

僕はあの女のことが嫌いで、それで侮辱するために放った言葉だったのだ。


「デルフィーナ嬢が公爵家の特権を使ったと人前で言ったことは、公爵家そのものへの侮蔑に値する。

君はありもしないことでデルフィーナ嬢を、ひいてはクレメンティ公爵家を公衆の面前で侮辱したのだ。

そんなつもりはなかったのならどんなつもりだったのか、答えてもらいたい」


「……申し訳ございません。その時の言葉は、確かに侮蔑だったと……今なら分かります」


「そうだよね。じゃあさらに聞くけど、どういう理屈でデルフィーナ嬢に侮蔑の言葉をぶつけてもいいと思えたの?」


「それは……ジュリアが、ジュリア・ペレイラ伯爵令嬢がデルフィーナ・クレメンティ公爵令嬢に虐められていたからです」


「……はあ、これも夜会の場で言ったけど、毎回毎回飲み物をうっかり特定の一人に掛けてしまうなんてことが起こり得ると思う? ジュリア嬢は、手に持っていたスープや飲み物をうっかりぶつかって掛けてしまった、謝ってもデルフィーナ嬢は許してくれない、これのどこがデルフィーナ嬢が虐めていることになるのかな? 

どう考えても、いつも飲み物を掛けられているデルフィーナ嬢がジュリア嬢から虐めを受けているように思えるけど? 服は汚される、スープやお茶は熱い、虐めではない?

まあとにかく、あなたがジュリア嬢が虐められていると思った根拠を提示して、早く」


そう説明されてしまえば、僕だっておかしいと思う……。


「申し訳ございません、僕はジュリア嬢の、デルフィーナ嬢から虐められているという言葉を鵜呑みにしていました」


「すると君は、一方的にジュリア嬢の言い分だけを聞いてデルフィーナ嬢を虐めの加害者だと決めつけていたと、これを認めるということでいいのだよね?」


「……はい。そうなると思います……」


「コルラード・バルデム侯爵令息、君はジュリア嬢とずいぶん懇意にしているようだね。

学園の庭の物陰で、ジュリア嬢とゼロセンチの距離で会話をしているという報告が上がっているのだが、これは事実なのかな?」


そんなことまでエクトル殿下に把握されているとは思いもよらなかった。


「黙っているということは認めるのだね。君はロルダン王太子が婚約者であるデルフィーナ嬢を差し置いて、ジュリア嬢を侍らせていることを知っていた。そのジュリア嬢と白昼堂々と学園の庭でキスをしていたということは、王太子に対して反逆の意を持っていたということになるけど、それでいいかな?」


「そんなつもりはありません!」


「……だからさっきから言っているけど、そんなつもりはないと言うならどんなつもりだったかの説明を僕はあなたに求めている」


ロルダン殿下はデルフィーナ嬢と婚約破棄をしたら、ジュリアを新しい婚約者にするのだと思っていた。

殿下がそうはっきり言ったわけではないが、そうすると思っていた。

でも、ジュリアが僕を誘ってきたから……。

反逆などではない、ただジュリアが僕を誘ったのだ。

ロルダン殿下に知られなければ、ジュリアが話すことはないだろうから……。


「今、あなたが頭に浮かべた言葉をそのまま口にしたら、僕なら恥ずかしくて死にたくなるだろうね。

ジュリア嬢から誘われたんだろう? だからその誘いに乗った。

その相手が、自分が将来側近として仕えることになる王太子の想い人だとしても、誘ってきたのは彼女なんだから少しくらい良いだろうという低俗な理由で」


エクトル殿下の言葉に容赦はなかった。

ひとつひとつをこうして言葉にして突きつけられれば、僕はなんて愚かなことをしたのだと分かる。

でも、どの時も、自分の頭でそこに辿り着くことはなかった……。



「……エクトル殿下、愚息がどれだけ愚かだったかよくよく承知いたしました。

私は宰相の座を退き、家督はこのコルラードではなく弟に譲り、コルラードに罰が下されればそれに従い、その後は領地で鍛え直します。

その上でクレメンティ公爵家に謝罪を入れ、公爵家のおっしゃるとおりの賠償金などを払う所存です」


「父上……申し訳ありません……」


「おまえの頭はトップハットをかぶるためにあるわけではないのに、何故その頭で考えなかった。

領地で使用人としてゼロからやり直させる。

自分が口にする言葉が産み出す未来を、口を開く前に思い描けない者に任せられる貴族の仕事はない」


「バルデム宰相、あなたが職を辞すことまでは王妃殿下は求めていらっしゃらない。

これから王宮も大幅な人事の刷新があるはずだから、王妃殿下の指図の下で動いてほしい。

それから賠償金などのことも、すべては王妃殿下と話し合ってもらえたらと思う」


「承知いたしました。すべて殿下の仰せのままにいたします」


エクトル殿下は取り調べ室を出て行った。




「コルラード、おまえを今すぐ殴りつけたいが、そうしたところでおまえがやらかしたことが消えるわけではない。これまで、私や私の父や、バルデム侯爵家に生まれた者たちが築いてきたものをおまえは浅はかにも蹴散らした。

だがそれはおまえだけの罪ではない。嫡男であるおまえをしっかり教育できなかった私に責任がある。

これからおまえと一緒に泥を啜り、おまえが蹴散らしたものを少しでも取り戻す。

この先の私の人生がおまえの再教育で終わったとしても、その機会があることに感謝したい」


僕はただただ項垂れるしかなかった。

何の根拠もなくデルフィーナ嬢の尊厳を傷つけた僕は、同じ刃物でバルデム侯爵家を傷つけたのだ。

嫌いだから軽々しく侮蔑の言葉を公衆の面前で言い放つ──。

それは貴族社会で到底許されることではなかった……。

個人や家の『尊厳』というものは他者が軽々しく傷つけていいものではない。

きっと僕はこの先、人の視線に触れるたび何度もそれを思い知るのだ。



エクトル殿下から『そんなつもりがないと言うならどんなつもりだったのか』と、何度も何度も問われた。

どの時も、ただの根拠のない『嫌いだ』という感情に突き動かされ、その言葉がどんな未来を作るのかを考えずに言い放ったのだ。


恥ずべき人間──それが僕の代名詞になった。

いつかこの汚名を返上できる時がくるだろうか。

僕は一国の王太子を支える側近となるという輝かしい未来を、くだらぬ感情によって自分で黒く塗りつぶした。

領地に向かう準備をしなければ……。

立ち上がる気力も無い中で、僕は黒い未来図のことをただ思った。




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