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【最後の夜 母の涙】



窮屈なドレスから解放され、侍女たちによって湯浴みを済ませた。

侍女が丁寧に外した『蒼龍の瞳』を、デルフィーナの引き出しにあったハンカチを拝借してそっと包んだ。

そういえば、どうしてイヤリングや髪飾りを着けたのに、胸元にネックレスを着けないのだろうと思っていたが、母上からの指示だったのだ。


夜会でクレメンティ公爵家に伝わるこの『蒼龍の瞳』を、グエルティーノの婚約者から取り返すつもりだったのだろう。

クレメンティ公爵家の血を持つ者が、受け継いでいく首飾りを、母上はデルフィーナの首に掛けたかったのだ。

首で熱を持ち、眩い光を放ったこの首飾りを。




そして僕はデルフィーナに手紙を書く。

デルフィーナの私物の紙を拝借して、懺悔と謝罪を書き連ねた。

許してもらいたい訳ではない。

ただ謝ることしかできないことは解っている。

それでも、目覚めたデルフィーナに今の自分の偽りない気持ちを読んでもらいたかった。

それを書き上げた時に、母上が訪れた。



「……ロルダン」


母上はこの姿の僕をデルフィーナと呼ばなかった。


「はい、母上……?」


「デルフィーナが『王妃の秘薬』を飲んでから、あなたは頑張ったわ。上手にデルフィーナに成り代わっていた」


「……ありがとうございます。母上、これはあの時の首飾りです」


母上はハンカチを開くと、サファイアの煌めきに遠い目をした。

デルフィーナの母のことを思い出しているのだろうか。


「これはデルフィーナが目覚めたら私が渡すわ。クレメンティ直系の血を継ぐ者はデルフィーナしかいないのだから、あるべきところへ返しましょう」


「分かりました」


「もう湯浴みは済ませたの? あとはあなたが眠り、目覚めれば二人は元通りね」


「はい、もうすべて終わっています」


「それならもうベッドに入っても良いわね」


母上の声はどことなく震えているように感じたが、気のせいかもしれない。

今夜の夜会でいろいろなことがあったから、きっと母上もお疲れなのだ。

その原因のひとつは間違いなく僕だ。


「ではもう休みます」


僕がベッドに入ると、驚いたことに隣に母上が滑り込んできた。


「なんだかロルダンが小さい時のことを思い出すわ。小さい頃のあなたは、乳母ではなかなか眠れなくて、私がこうしてあなたを寝かしつけたのよ」


母上は、とんとんと、僕の胸のあたりを小さくリズミカルに叩いている。

僕は目を閉じた。

残念なことにそこまで小さい頃のことは記憶にないが、具合が悪くて寝込んでいるときに、僕のベッドの横に座った母上がこうしてとんとんと叩いてくれていたことは覚えている。

この年齢になって母親に寝かしつけられるのはなんとも言えない恥ずかしさがあるが、ゆっくりと優しく叩くリズムがだんだん僕を眠りの淵へと(いざな)っていく。



「……ロルダン、私の愛しい子……ロルダン、ロル……ダン……おやすみなさい……」



懐かしい母上の子守唄が、頭の奥のほうに沁み込んでいく。

眠りの淵に落ちる頃、母上が泣いているような気がしたが、重たい瞼を開けることはできなかった……。




***




どれくらいの時間が経っただろう……。

それはとても長いようであり、ほんの短い時間のようでもあった。


ベッドからゆっくりと身体を起こし、傍らで眠るその穏やかな寝顔をそっと見つめる。

額にかかる髪を指で梳くと愛しさが溢れだし、その手を離すのには勇気が要った。

先ほどやっと止まった涙がまた戻り、こぼれてしまいそうになる。


私はこの子の母であると同時に、この国のすべての民の母でもある。

この重みに潰されるわけにはいかない。


両手の薬指で目頭を押さえ、その手でぴしゃりと自分の頬を叩いてベッドから下りた。

この子の眠りはそう長くは続かないかもしれない。

互いの眠っている場所を入れ替える必要があるから急がねばならない。



ふと、机の上に手紙が置かれていることに気づいた。

自分宛ではないことを承知で開いて読み、ドレスの胸元に畳んでしまい込む。

首飾りをハンカチで包み直し……さりげなく持って、部屋から出て行く。

扉が閉まった乾いた音が、哀しく聞こえた。


──おやすみなさい、ロルダン……。





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