頭冷やす時間
ドア一枚に俺は隔たれた…
ドアが閉まりカチャンと小さな音の後ガチャンとハッキリ聞こえる音、ドアのロックが掛けられた音、此れで此のドア一枚だが俺は隔たれた、美澄に貰った鍵は此処に有るから開ける事は出来る、だがその気は起きない、ドアを叩く音とドア越しの声が聞こえた時一瞬、其の一瞬見せた嬉しそうな顔がその行動を起こす気を失わせた、その顔に気付かなかったらその後の俺の取った行動も違っただろう、でも気付いた表裏一体とでも言うのだろうか?、動体視力の良さは夢を叶えるには必要だが、こんな時には余計な事を気付かせる…、ドラマ見たいに綺麗な終わりってのは現実には無いって事か、さて如何しようかな此処からバス有ったかな?、歩いて帰れない距離じゃ無いし歩くか…。
頭冷やすのに時間が必要だし丁度良かったのかも知れない、約5㌔家に向かって一歩足を踏み出した。
「此の先コンビニも無いんだよな…、俺の居るコンビニまで…」
こんなに呆気ない物なんだな終わりって。
「この後はどうしようかな~」
まだ15時を回った位だが帰り着く頃は17時前。
「此れからバイク探しに行ってもな〜」
其れ位足取りも重くアイツに乗って居れば5分も掛からないが…。
「何処かに走りに行こうか、時間はたっぷり有るし…」
なるべく美澄の事から気持ちを切り離したかったが本音も漏れて仕舞う。
「是で終わって仕舞うのかな…」
下を向き立ち止まる、無性に走りたかった、出来る事ならあの峠の景色を見たかった、嫌な事を全て忘れ悩みが小さな事に思えて仕舞う程に圧倒的な自然が織りなす景色、其の場から動けなく為って仕舞う場所。
「最後に観てからもう二年か…、早いもんだ…。」
嫌な事、悲しい事、悔しい事そんな事が有る度其の峠の頂上を目指した、視界を遮る物すら存在しない眼下に広がる東シナ海の夕刻を眼にする為に。
小さな相棒が精一杯作り出す僅かな力を全て前に進む事に使い切る、無駄にすると失速して速度を戻す事が出来なく為る、其れ位急な勾配、キツイコーナが連続する峠道、走り屋と言われる者達が峠を攻めに足を運ぶのとは違う、そこを通らぬ限り何処にも行けないそんな田舎だ。
俺は毎日の様に其の峠を越えた、喘ぐエンジンが作り出して呉れた馬力を一切無駄無く使い切る其れがアイツに対する俺の出来る事、そんな事が頭を過る、アイツは最期の最期迄全力で走って我が身と引き換えにライダーを護って旅立ち、もうこの世に存在しない…。
「そうだな…、こんな事で立ち止まる訳には行かない、アイツと磨いたこの腕があの人達に何処迄通用するのか、其のスタートラインにすら未だ俺は立って居ない。」
少しだけ心が軽くなった気がする、運ぶ足も軽くなった気がした、下を向いてもしょうがない顔を上げて前を向く、サッサと夢を叶えてあの景色を胸を張って見に行こう、嬉しい事が有ってもあの場所に行ったんだ、故郷を発つ時に夢を叶えて帰郷すると約束したんだ、俺が里帰りする事を待ってる懐かしい人達の笑顔を見る為に!。
顔を上げ大きく手を振り大股で歩き始める。
スタートラインにすらまだ立って居ない!