五月蠅い!
ホンの一瞬だけ表情が変わった
ドアの向こうで声を荒げて絶え間なく叩く音は続いてる。
「何で連絡一つ寄越さないんだ!、帰って来て無いかずっと休みの度に此処に来てたんだぞ!」
今と違いスマホは愚か携帯すら無い頃、唯一屋外で通話が出来る肩掛け重量級のショルダーホンが出るんじゃないか?、法人向けだろう?、個人向けにも出るのか?、一体幾ら掛るんだ?、何て噂が出ていた頃の話。
一瞬、ホンの一瞬だけ表情が変わった、俺は其れを見逃せなかった…。
そう言う事か…、おっと其れ処じゃ無いな、ドアを叩くのと荒げる声は続いてる。
「半年も一体何処行ってたんだ、電話の一本寄越せなかったのか!」
美澄と言えば一瞬見せた顔と違い今は困ったとも怒ったとも言え無い横顔、直ぐにハッとした顔で此方を振り返る、俺の顔色を窺ったんだろうか一言だけ発してドアに向かって行った。
「マー坊一寸だけ待っててね♥」
「あゝ…」
俺の頭の中は混乱しそう返すのが精一杯、否、何が良い選択なのかを探していたと言うのが正しい…。
「車が在るから居るんだろう!、俺がどれだけ待ってたと思ってるんだ!」
ドアを叩く音と併せてチャイムも連続で鳴る、相当イラついてるのが手に取るように判る…。
「判ったからドア叩くの止めて、今出るから近所迷惑じゃないの!」
其の声が届き叩く音もチャイムの音も静かに為る。
「良かった居るんだな、帰って来たんだな…。」
ドア越しに安堵の声が届く、歳の頃なら30代位か良い声してやがる、この感じじゃ面の方も…。
「何勝手な事言ってんのもう終わった事でしょ!」
「お前が勝手に怒って出て行っただけだろうが!」
「大声出さないで近所に聞こえて恥ずかしいでしよ!」
「早く開けろよ!」
ドアノブのカギを解除したがチェーンは掛けた侭、ドアノブに手を掛けゆっくり回しドアを開けゆっくり隙間が空き始めたが直ぐに乱暴にドアを引き開けられる。
ガチャンとチェーンが鳴り其処で止まると乱暴に何度かドアを引き開ける。
「オイ何でチェーン何てかけてんだよ!」
「何言ってんの?、話するだけだから此れで充分でしょ!」
声を荒げる相手に対して馬鹿にした様に澄ました声で返す美澄、だから落ち着いて返していると思ってた、でも違ってるノブに掛かる手が震えてる、恐いのか?、でも声は落ち着いている?、そしてニッコリ笑ってこちらを振り向く。
「心配しないでお姉ちゃんに任せて!」
「オイ如何言う事だ!、其処に誰か居るのか?」
「五月蠅いわね如何でも良いでしょ!」
「如何でも良い訳在るか!」
「あんたとはもう終わったの、サッサと帰ってよ!」
「帰れる訳無いだろ!、良いからサッサとチェーン外せよ!」
「五月蠅い五月蠅い!、帰ってよ!」
「だから俺が悪かったって、此処開けてから説明位させろよ?」
「もう聴く必要無いって!、もう終わったの!」
「だからお前勘違いしてるんだって!」
「聞く必要生って無いって!」
「だから海外に行く話白紙に為ったって断ったんだよ!、もし行く時はお前も一緒だって!」
「えっ…」
ドアに掛っていた美澄の手が力無く落ちた。
「えっ…」
其の声は俺の下にも届いた