009
レイが去って二日。僕は仕事を適当に切り上げて森へ入った。朝の内におばさんに伝えたら「飯抜き」と言われたけど無視する。そもそも飯と言える物をほとんど貰えていない状況で一食抜かされても影響はない。でっかい鹿か猪を狩っておばさんの度肝を抜こう。
手元に残っているカードを確認する。五枚しか残っていないのは由々しき事態だ。このアーティファクトが本当に新しいカードを生み出すか確認しないと今後の予定を立てられない。幸い白の魔石は十五個はある。村を攻めたゴブリンから他の村人にバレる前に必死に回収した甲斐があった。ゴブリンウォリアーの魔石が白だったのは残念だけど、黄だとたぶんダメージが通らなかったので命拾いした。
昔は森の中で炭焼きをしていたらしいけど、モンスターの数が増えたためにモールスヴィルの近くではやっていない。同じ理由で今は狩人もいない。ゴブリンの襲撃で死んだ加護持ちの弓使いが偶に森で狩りをしたくらいだ。この状況なら僕でも獲物を見つけられそう。どうやって狩るかは別問題だ。
「我はグリモワールを持つ者、アイク! アイクの名の下に顕現せよ、ゴブリン!」
白の魔石二つを消費して白のゴブリンを召喚する。100/100では心元無いけど、ゴブリンに余り期待をしても後悔するだけだ。
「良し、まずはこのダガーを持ってみろ!」
「ゴ!」
強くなっている様には見えないし数値に変化は無い。パパのダガーの品質が悪いだけかもしれない。
「我はグリ……。アイクの名の下に顕現せよ、鉄の剣!」
白の魔石一つを消費して白の鉄の剣を召喚する。ATK+50の武器だ。それと「我はグリモワールを持つ者、アイク!」のセリフは省略しても大丈夫みたいだ。そんな気がしていたけど、襲撃時に試す余裕なんて無かったし、今日の今日まで召喚する暇が無かった。
「鉄の剣を持て!」
「ゴ!」
「やはり駄目か」
「ゴ?」
ゴブリンは100/100のままだ。
「アイクの名の下にゴブリンに鉄の剣を装備する!」
白の魔石一つを消費する。そうするとゴブリンが150/100に変わる。やはり武器は装備しないと効果を発揮しない。これが分かっただけ良かった。
「次は鉄の盾を装備させるか。何処まで省略できるかテストだ! 鉄の盾を顕現させてゴブリンに装備。……駄目だ、不発だ。なら、顕現せよ、鉄の盾!」
鉄の盾が大地にポツンと召喚される。「権限せよ、〇〇」が最小の構文と思っておけば良さそうだ。
「装備せよ、ゴブリン」
鉄の盾を指して言うが何の反応も無い。
「鉄の盾を装備せよ、ゴブリン」
ゴブリンが落ちている鉄の盾を左手で持ち上げる。白の魔石が一つ崩れ落ち、150/150になる。「□□を△△せよ、〇〇」と思っておけば良さそうだ。
召喚関係が分かったので森の奥へ進む。カードキューブはアーティファクトに分類されるからそれほど大きくないはず。でも金床みたいに重いと僕とゴブリンの二人掛かりで持てないかもしれない。村の近くで僕の生命線を置いておきたくない。ポケットの中に入る大きさなら最高なんだけど、それほど小さくないと何となく分かる。一時間ほど道なき道を歩くと一体のゴブリンに遭遇した。
「こんな近くに! 冬はスルーブルグへの道が雪で不通になるのに。今のモールスヴィルはこのゴブリン一体でも滅ぼせる!」
倒すしかない!
「ゴブリン、行け!」
「ゴ?」
ヤバい、通じていない。
「ゴブリンはゴブリンを攻撃せよ!」
僕の新しい命令を受理してゴブリンが駆ける。そして鉄の剣でゴブリンを無傷で倒す。対象と意図をしっかり言わないと駄目なのは面倒くさい。レイみたいに阿吽の呼吸で行動してくれたら楽なのに。「贅沢過ぎるか」と呟きながら頭を振って検証作業に戻る。
「150/150のままか。ルール通りに裁定されるのなら150/50になっているはず」
ゴブリンがゴブリンと戦って相打ちで死ぬのを回避するための鉄の盾だ。それが無駄になった。
「ゴ!」
ゴブリンは勝利に喜んでいる。僕は魔石を回収する様に伝え、さらに考える。今回は「グリモワールオープン、オーブン!」と叫んでいない。宣言しない場合はカードゲームのルールに縛られずに戦えるのか? 状況によって使い分ける必要があるのは分かった。でもそれ以上は大量にゴブリンを消費出来る状況にならないと怖くて実験出来ない。何せワンミスで僕は死ぬ。最初からもっと強いカードが揃っていたら盛大に調子に乗って何処かでトラブっていたのは前世の僕の経験から分かっている。その経験そのものが何か思い出せないのはもやもやする。
「あ、兎! ゴブリン、兎を攻撃せよ!」
しばらく歩いていると偶然兎に遭遇した。
「ゴ!」
ゴブリンは勢い良く剣を振りかぶるも盛大にミスる! 兎は脱兎のごとく逃げて追えなかった。
「僕のクリーチャーでもミスをするのか」
カードゲームとの差異に再度驚かせれながら森の奥へ向かう。うろ覚えだけど狩人が使う小屋があるってパパが話していたのを覚えている。見つかったら御の字だ。
数時間彷徨い月の一つが真上に到達する頃に半分腐り落ちた木造の小屋を発見する。遠くから焚火の日が見えなければ絶対に気付かなかった。無人のはずの小屋に焚火。嫌な予感しかしない。耳を澄ますと複数の男の声が聞こえる。モールスヴィルの村人じゃない。なら山賊かな? 山賊として奇襲しても許される。でも間違っていたら大変だ。僕ってやはり馬鹿なんだろう、と自分に言い聞かせながら焚火へ向かう。気付かれるようにわざと大きな音をたてて進む。
「誰だ!」
明らかに数人は殺している凶悪そうな髭面の男が怒鳴る。残り二人は黙って武器を抜く。
「モールスヴィルの狩人見習いです。ここは僕の村の狩人小屋です」
それとなく歪曲した真実を伝える。兎を狙ったんだから狩人見習いを自称しても嘘じゃない!
「ほう、同業か。俺たちはクワックヴィルの狩人よ」
嘘だ。クワックヴィルは二年前にゴブリンの襲撃で滅んでいる。
「わあ! そうなんですか。うちは狩人が老齢で引退して」
僕はバカな子供を演じて様子を窺う。
「歳か。小屋をこんな悪い状態にされると困る」
「ですよね。僕が状態を確認して、必要なら冬の内に修理をしろって言われて」
愛想笑いをしながら言う。
「おまえみたいな子供に仕事を振るって事はモールスヴィルも大変みたいだな」
「実はゴブリンの襲撃を受けて、主だった加護持ちが死んで……グス」
「それは……残念だ」
男は笑みを必死に隠しながら言う。
「領主様が春に加護持ちを派遣するらしいので、村のみんなはそれに期待しています」
「春か。まだ時間はあるが……」
「どうかしました?」
「なんでもねぇ! とにかく今夜はここで休んでいけ!」
山賊は焼いていた肉の切れ端を勧めながら言う。
「あ、ありがとうございます!」
久々の温かい肉だ。ちょっと塩が薄い。村に寄れずサバイバル生活がかなり長いと言う事だ。リーダー以外は十分な食べ物が無い。
僕は勧められるままに半分腐った小屋に入って寝たふりをする。
「お頭、やるんで?」
「男だがなかなかかわいい顔をしていたしな」
「それが終わったら?」
「モールスヴィルの死体が一つ増えても誰も驚かないだろう!」
「「違いない!」」
「赤斧の旦那に知らせて一気にモールスヴィルを潰すぜ」
「そうなれば俺たちは財宝が取り放題」
「女だって踊り食いだ!」
「ぐふふ、しまった。村に美少年がいるか聞き忘れた」
お頭が身の毛がよだつ事を言う。レイは絶対にやらせない!!
「グリモワール、オープン!」
世界がまた止まり、山賊三人のデータが頭に入ってくる。敵は白の山賊の頭100/100と黒の山賊団50/50だ。これなら勝てる。それにしても山賊の頭は加護持ちだったとは驚きだ。普通に生活した方が絶対に稼げると思うのだけど、僕が気にしない理由があるのだろう。
「ターンスタート、ゴブリンは山賊の頭を攻撃せよ!」
「ゴ!!」
茂みに隠れていたゴブリンが勢いよく飛び出して山賊の頭目掛けて走る。
「「ゴブリンだ!」」
山賊の二人が驚くも、僕の力の効果範囲に入っているのか動きがぎこちない。
「畜生が!」
山賊の頭が横たわっていた斧を振りかざしてゴブリンに攻撃する。ゴブリンは盾で受ける。数歩後ろに飛ばされてたたらを踏む。そして意を決して突貫した! 斧の一撃から体制を立て直していない山賊の頭にゴブリンの鉄の剣が深く刺さる!
「ゴ!」
「ゴブリン如きに……グハァ!」
山賊の頭は倒れた。
「ターンエンド」
宣言せずにもターンエンドしそうだけど、僕には宣言するだけの余裕がある。ゴブリンは山賊の頭の攻撃を鉄の盾で受けたおかげで150/50になっている。あの鉄の盾が無駄にならなくて良かった。
山賊団は半狂乱になってゴブリンを攻撃するも加護を持たないのでダメージにならない。 ならない? ゴブリン150/45になった。五点のダメージが入ったみたいだ。それは丁度山賊団のATK50の十分の一だ。一ランク差で受けるダメージが十分の一になると仮定して良いのか? ならゴブリンを十体用意すれば黄のモンスターを狩れる? これは検証し甲斐がありそうだ。
「ターンスタート、ゴブリンは山賊団に攻撃せよ!」
ゴブリンの攻撃で山賊二人はさして抵抗出来ずに殺された。複数いてもカードで一枚扱いなら一回の攻撃で倒せるのか。
「グリモワール、クローズ」
僕は戦闘が終わったのを確認して力を止める。僕のこの力もまだ謎が多い。もっと検証しないといけないけど、モールスヴィルを狙う山賊が相手なら負ける気がしない。
気になる事は多いけど、流石にそろそろ眠気が限界だ。ゴブリンには山賊団の方は食って良いと伝えて僕は眠りに落ちる。
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