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008 それぞれの秘密

 ゴブリンの襲撃から二か月。僕は何も出来なかった。朝早くから起きて日が沈むまでモールスヴィルの復興と冬の準備に駆り出された。厳密には小作農の仕事じゃないけど、なるで領主の様に振舞う村長の剣幕に屈した。村長の行動に反対の意を示した後継者がいない家長の一人を独断で鞭打ちの刑に処した。そしてその怪我が元で死んだのを見届けて村長は自分の七男に空いた農地を与えた。反村長派は「教会から新しい助祭が派遣されるまでだ」と一時的に矛を収めた。ここまでした村長が今更権力を放棄出来るだろうか? 僕は疑わしいと思う。レイは村長の行動に憤ったけど、小作農には発言権が無いのが幸いした。もしレイの発言で村長がレイを鞭打つ気なら僕にも考えがある。


 そんな事があったから他の農民は復興作業を適当なところで力を抜きだした。特に村長派だと思っている農地を継承した者たちの怠慢が目立つ。彼らの半分は子供がいないし、もう半分はティムより幼い子がいるだけだ。村長が本気なら次に処分されるのは彼らだ。そうならそうで僕とレイなんて眼中に入らないだろうからしばらくは過ごしやすい。でもレイは何にでも常に全力を出すから僕もそれに引っ張られる。他の農民にどう見られても気にしないけど、レイに恥ずかしい所は見せられない。


 この頃になると生死の境を彷徨っていたソフィが目を覚ました。上手く動かない左足を引き摺って所かまわず当たり散らしている。他の村人、特に子供たちがソフィの姿を馬鹿にするたびにソフィが怒り狂う。しかしソフィの足では逃げる子供たちに追いつけない。唯一追いつかれたティムは死ぬより怖い思いをしたらしく、ソフィが視界に入る度に「ひぃ!」と震えあがって股間を押さえる。僕とレイは特に気にせずソフィと接しているけど、ソフィの方から壁を作っている。


「アイク、何とか出来ない?」


 レイがソフィの事で聞いてくる。


「ちょっと時間を開けよう。春になって体がもう少し回復したら関係も改善するさ」


 僕は無責任な答えを言う。ただ今すぐに出来る事は何も思いつかない。それこそカードで体を完全に回復させるマジックカードでも出ない限り無理だ。それにそういうえげつない効果を持つカードを発動させる魔石はコモンより上の魔石になりそうだ。


「そうか」


 レイが残念そうに言う。落ち込むレイを見るのは辛い。何か無いか!? 穴しかない前世の記憶に頼るしかない。


「ああ、そう言えばこんな杖なんてどうだ?」


 ソフィは左腕もあまり動かないため、右手で棒を持っても歩行が困難だ。そこで前世で使った経験があるロフストランドクラッチを提案する。あれはグリップと上腕のカフのおかげでソフィの左手でも機能する。そうすれば右手が自由になる。


「凄い! こんなものをどうやって思いつけるんだ?」


 僕が地面に描いた絵を見てレイが燥ぐ。


「こう見えても鍛冶師の息子だから」


 嘘はついていない。


「作れる?」


「無理。でも丈夫な木を使えば似た物は作れる」


「良し、早速作るぞ!」


 レイが作ると言うのなら僕が作るしかない。素材集めは困難だったけど、夜になると大人は眠る。取り壊されていない焼けた家からちょっと素材を貰っても誰も気にしない。白昼堂々金目の物を持っていく村長派に比べたら可愛いものだ。僕には不思議と盗掘業に適性があるみたいだ。僕は前世で一体どんな生活を送っていたんだろう? 疑問は尽きないけど、この記憶のおかげで僕達三人が生き延びられるのなら、全力で使うだけだ。


 そうして空き時間を使ってソフィの杖を作る。


「これを私に?」


 完成に半月ほど掛かったけど、何とか完成した杖をソフィにプレゼントする。


「凄いだろ! アイクが作ったんだ!」


 レイが自慢げに語る。


「ちょっとは歩きやすい……かな」


 ソフィがぎこちなく歩きながら言う。それでも昨日よりは速い。


「サイズの調整とかはバラさないと出来ないから、合わなくなってきたら言って」


 サイズ調整が出来る前世の杖に比べたら出来は悪い。それでもソフィが以前より自由に歩ける姿を見て喜ぶ。


「そう。……ありがとう」


 ソフィはボソッと聞きづらい声でお礼を言う。声が聞こえなかったとしてもその笑みを見られたら僕達には十分だ。


「ソフィのためなら当然だ!」


「レイの言う通りさ」


「馬鹿ね!」


 それからソフィの僕達への当たりが少し柔らかくなった気がする。レイは完全な善意だけど、僕はちょっと打算があった。ソフィは魔法を使ってゴブリンを倒した。魔法を使えるのは加護ブレイブを授かった人間だけだ。僕とレイは冒険者になるのだから魔法使いはパーティーメンバーに欲しい。ソフィを誘えば口では嫌々言いながら参加してくれる。


 そんな作業で忙し過ぎて日々の食料が足りない事に気付かなかった。レイが実家から持ち込んだ分を消費する事でこの二か月と少しはギリギリ持ちこたえられた。これから冬が本格化する中で食料を手に入れるあては無い。おばさんが僕たちに恵んでくれるとは思えない。それにおばさんだって一家三人を食わせる余裕があるか不明だ。少なくともソフィの分はティムに回されると見て間違いない。僕だけは召喚を使えば獲物を狩れると思うけど、検証が不十分な力に全賭けするのは危険だ。いっそレイに召喚の力を明かして彼を巻き込むべきか? ゴブリンウォリアーとの戦いで一部を見せたけど、あの時のレイは目の前の敵に必死過ぎて覚えていないみたいだ。疲れた体に活を入れながら必死に考えているとレイに驚かされた。


「領主が冬の間は屋敷で雇ってくれるらしい」


「え!?」


 突然の事で脳みそがフリーズする。


「前回来た時にそう言われたんだ」


「う~ん、おめでとう?」


 たぶん良い事なはず?


「小遣いを貰えるらしいし、断る理由は無いと思って」


「レイだけか?」


「俺だけみたいだ」


 一縷の望みを賭けて問うも、答えは分かり切っていた。


「となると冬の間は僕が何とかするしかないか」


「大丈夫か? なんなら断るぞ?」


 二人が誘われていればレイは断っていた。ソフィの家は冬の間でも僕かレイの力が無いと回らない。春と秋は僕達二人が居ても労力が足りないほどだ。だからレイ一人なら冬の間にスルーブルグへ行っても問題は無い。


「断るな! こんなチャンスは滅多にないんだから。それに僕たちは成人したら村を出ていく。スルーブルグで住むのなら領主の伝手は重要だ」


 先を見据えるのならこのチャンスは逃せない。


「うん」


「あ~、でも寝室に呼ばれたら全力で逃げろ」


「え?」


「気にするな、レイにはまだ早かっただけだ」


 領主がレイの尻を狙っているとは思わなかったけど、僕は自分の人を見る目にそれほど自身があるわけじゃない。レイがそんな事をされそうになって逃げ帰ったら、僕とレイで他の領地へ決死の逃避行だ! 小作農の生活よりスリルがあって楽しそうだ。


「ああ! そんな言い方ずるいぞ。俺の方が早生まれなのに!」


「村では僕の方が先輩だ!」


 詰まらない事で喧嘩をする。このじゃれ合いが日々の苦労を忘れさせてくれる。


「明日も早いんだ! とっとと寝ないと蹴りだすよ!」


 ちょっと騒ぎ過ぎたのかおばさんに怒鳴られる。この二か月で相当性格が悪くなっている。僕の見立てが間違っていたと言うしかない。それでも家畜小屋を提供して貰えているだけ感謝している。ソフィの家だって泥と枝で作られたボロ屋で家畜小屋と大差ない。この村にあった木造の家は全部ゴブリンが放った火によって全焼したので、僕たちは屋根があるだけ恵まれている。出火元がソフィだとバレたら一家揃って石を投げられて殺される。


 そしてレイが十二月の初頭に領主の迎えに連れられてスルーブルグへ向かった。僕はついに動く決心をした。

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