079
「魔石が無い!?」
僕は襲って来る村人だった何かを倒しながら、ゴブリンに魔石の回収を命じた。僕が召喚したゴブリンからは魔石を回収出来た。しかし殺した村人には魔石が無かった。となると村人はモンスターではないし、アンデッドでも無い。僕が知っているこの世界の常識が通用しない。スルーブルグの図書館でかなり読み込んだ限り、こんな存在はこの世界にはないはずだ。禁書指定されていれば別だけど、こんな常識外の存在が居たら一般書籍でも存在ぐらいは匂わすはずだ。
戦いに全神経を使いながらでも仮説を組み立てる。死体を何らかの方法で遠隔操作している? しかし遠隔で殺して遠隔で操るなんて余りにも常識外だ。何か肝心のカラクリを見落としているのかと思い辺りを見回すけど、目に見える範囲では異常はない。村人だけがゾンビの様に襲い掛かってきている悪夢のような光景だ。
「良し、勝ち確パターンに入ったな」
一時間以上全方位から迫る敵と戦ってやっと光明が見えて来た。それは一瞬の油断だった。
「ガウ!」
「え?」
ダイアウルフが僕に体当たりをした。何が起こったか理解できる前にダイアウルフが胴から真っ二つになっていた。
「何処から……」
一瞬前まで僕が立っていた場所には全長三メートル弱の人型のモンスターが立っていた。その姿は青白く、特撮に出てくる醜悪な怪人の様だ。武器を持たず、徒手空拳で戦うのだと思える。それ以上の事は分からない。余りの事に呆けて考えが纏まらない。彼が攻撃のために腕を上げて初めて命の危機だと認識できた!
「グリモワールの効果があれば!」
僕の力はカードバトルのルールを世界に強制する一種の領域支配型だ。希少性が高い相手だとイレギュラーが発生するけど、完全に無効化される事は無い。ダイアウルフがあの完璧な奇襲から僕を庇えたのは「未行動のクリーチャーが存命ならマスターへのダイレクトアタックは不可能」のルールが発動したおかげに違いない。こいつがどんな強敵でも、勝ち筋はある!
「……ィレンス」
「言葉を?」
モンスターが言葉を発したと驚く間も無く、僕のグリモワールが展開している領域が粉々に砕け散る。
「まさか! 僕と同じ力!?」
戦闘に勝利する以外で僕のグリモワールが終わるなんて! それより、まずい。相手の力が僕と同質でなおかつ僕より強いのなら、今の僕は彼のルールに支配されている。それが何か分からない。逃げる……事は出来そうだ。範囲外に逃れたら大丈夫だと思うけど、大人しく逃がしてくれそうにない。それに周りにはまだ100を超える村人だった者が僕を取り囲んでいる。彼が現れた事で一時的に動きを止めている。距離は分からないけど、一種の遠隔操作と思って間違いない。でもなんで動かない?
「ゴホッ!」
血を吐きながら膝を付く。いつ攻撃された? そもそもこれはどんな攻撃だ? 何かヒントは無いのか!? 僕のゴブリン達が全員同じ感じで倒れている。そしてモソモソと起き上がる。既に僕のゴブリンではなく、彼の走狗だ。
「ガァァァァ!」
オーガアーチャーが加護の事を忘れて本能で彼に殴りかかる。オーガアーチャーにも影響が出ているけど、僕とゴブリンほど酷くない。オーガアーチャーの剛腕が謎の敵の腹に当たり、オーガアーチャーの腕がボキッと音を立てて折れた! オーガアーチャーは黄だ。敵が赤ならかなりのダメージを与えたはずだ。青でも手傷程度は……。ここまで一方的だと謎の敵は青より上の何かだ! なんでこんなのがこんな寒村に居るんだ!!
驚愕して動けない僕に構わず謎の敵はデコピン一つでオーガアーチャーの頭を吹き飛ばす。圧倒的すぎる。土下座で許して貰えるかな? 助かる事を諦めていたらオーガアーチャーの肉片が眼前に振って来た。
「これは!? そうか……ゴホッ……そう言う事か!」
オーガアーチャーの肉片は内から腫れ上がり、青白い粘膜が付着していた。毒とか病気とかの症状ならこうなり得る。この世界には毒と風邪はあっても病原菌の知識は無い。こいつは病原菌をばら撒いて、それで死んだ存在を操れるとしたら? 確証はない。倒した村人の一人を引き裂いて調査すべきだったか。魔石の有無しか気にしなかった事が悔やまれる。でも僕の仮説が一割でも正しければ通用するカードが手札にある。生き残れるか分からないけど、手の内の一つくらいは暴いて見せる!
「クリアランスの魔法を発動!」
毒と病気を始めとしたスリップダメージが発生する状態異常を治療する黄の魔法カードだ。彼の攻撃がなんであれ、一時的にはこれで治る。彼の領域に留まる限り再発すると思うけど、少しばかりは免疫力が維持されると信じたい。
「!?!?」
体が軽い! 驚く彼を無視して一目散に逃げる。邪魔な村人はファイアストームの魔法で焼き払う。これが彼の二つ目の間違いだ。黒幕が居ると考えて強い魔法を温存していた。彼が倒せる範囲のモンスターなら魔法をぶつけて一気に勝つ算段だった。しかし彼は僕の想像のはるか上を行く存在だ。手札を全て消費しても倒せる未来は無い。なら黒幕のために温存しておいた魔法で版面を奇麗にする! 一対一なら逃げ切れる可能性が上がる。
「グリモワールオープン! やはり駄目か!」
僕は走りながら今一度力を使おうとする。しかし相手の力が強いために僕の力は発動しない。後発で上書きみたいな法則は無いみたいだ。
「オォォォ!!」
相手が吠える。一回の跳躍で僕のすぐ後ろに来て、爪を振り下ろす。早い! でもこの速度なら躱せる!
「しまっ……」
腕は躱したけど、躱した先に彼の蹴りが来る。僕は咄嗟に両腕を交差して後ろに飛びのく。蹴りは掠っただけなのに発生した衝撃波で飛ばされる。
「ガハァ!」
家の壁を二つぶち抜き、三つ目に当たってそのまま地面に倒れる。両腕なんて当然無くなっている。痛みで気絶していないのは生命の危機だからだと思う。または彼の効果で疫病以外では死に辛くなっているのか。ヒーリングとポーションで回復しながらヨロヨロと立ち上がる。彼は悠々自適に家を飛び越えて僕の前に降り立つ。村人たちも彼を追うように迫ってくる。
「やれやれ、行動パターンが機械的……ゴホッ……過ぎて笑えます」
再発症したか。だから攻撃の手を緩めた。でもそれが彼の四つ目のミスだ。間違いなく生き残れるルートがある。後は僕と僕の手札がそれまで持つか。
彼の三つ目のミスは事件現場を掃除しなかった事だ。家の中を超特急で通過した時に見えるほどの病原菌が床を覆っていた。僕みたいに吐いた血に付いた病原菌が繁殖して広がったんだ。しかし外には溢れ返っていない。となると中と外を分ける何かがある。それはほぼ確実に太陽の光だ。太陽の光が及ばない人体の中は一度発症したら魔法で治すしかない。ポーションや毒消しでは肺の中までは治療できない。
「キュアディジーズのカードを発動!」
病気治癒の魔法カードの効果はどうだ?
「ゴホッゴホッ!」
悪化した感じだ。病原菌と言っていたのに病気じゃない? でも単独では目に見えない何かが原因なのは正しいはず!
「ゴホッ、キュアポイズン……」
眩暈が酷い。でも何とか魔法を発動させた。どうやら治ったみたいだ。判定は毒か? 分からない。
ドガン! 僕が居た場所を敵が攻撃した。
「残念、変わり身の術だ」
治療が成功したと思った瞬間にゴブリンを召喚する準備を終えていた。敵が完治したか教えてくれるなんてラッキーだ。攻撃モーションに入った後、攻撃対象が変わったと認識できなければ変わり身のゴブリンを攻撃するのが分かっただけ良かった。太陽が昇るまで一時間。逃げ切れるか? それと太陽が昇っても彼が退くかは未知数なんだよね。まずは一時間だ。それでだめなら違う手を考える!
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