078
僕はスルーブルグを出て一度振り返る。一年弱の生活だったけど、生まれてやっと状況が上向いて来たと錯覚出来た。実際は大事な親友二人と永遠に分かれる結果に終わった。僕を追放した今、二人はもう二度とここには帰って来ないだろう。帰ってくる理由が無い。僕はこのまま何処かへ旅立っても良かった。しかし伝令者としての仕事は最後までやり通そう。レイが僕のために無理を言って用意してくれたんだ。
僕は小走りでモールスヴィルを目指す。昔なら森へ入ってゴブリンに背負って貰っていた。しかし最近は人の通りが増えている。余り怪しい動きをしたら目立つ。道中でモンスターの襲撃が無かったので予定より半日ほど早く到着しそうだ。となると真夜中になって誰も起きていない。数時間待つか木の柵を飛び越えるか考えないといけない。そう思いながらモールスヴィルにある門に近づく。最近は住民が増えたので運が良ければ夜の番が居たりする。入れてはくれないだろうけど、朝まで話し相手にはなってくれる。
「開いている?」
門が施錠されていない。おかしい。僕は集中して村の中の気配を探る。
「誰も……いない?」
道を間違えて廃村にでも入ったか? そんな事は無い。門の横にモールスヴィルの綴りが間違っている看板が掛かっている。看板を掘った人間が文字を読めないから発生した問題だ。作り直す案があったが、町に昇格した時に新調するからそのまま残された。村で飼っている動物の声すら聞こえない。風で揺れる木々の音がやけに大きく聞こえる。そう言えば虫の鳴き声もしない。
ダイアウルフのうーちゃんとオーガアーチャーのおーちゃんが無言で僕の後ろに立つ。ずっと森の中で併走していたのに村の前で姿を見せるのはよほどの事だ。どうやら彼らは村の中から並ならぬ異常を感じたみたいだ。オーガアーチャーが持っていた僕の私物は森に置いてきたみたいだ。あれには当座の資金と予備の魔石とカード類が少数入っている。それまで使い切る事は無いと思うので、オーガアーチャーの判断は正しいと思う。
「……行きます」
このまま回れ右して帰りたい。村が全滅しているのなら伝令を受け取ったかなんて誰も分からない。それで良いじゃないか。でもそれでは駄目だ。この村にはソフィの家族が居る。せめて彼らの安否だけでも確認しないといけない。
まずは一歩。静かだ。
もう一歩。……視線を感じる。
もう一歩。更に視線を感じる。村人じゃない。でもそれなら何の視線だ?
数歩進む度に圧が増える。僕が村中央の広場に到着するのを待っている? ここまで動くものを一つも見ていない。
「「グオォォォ!!」」
僕が中央広場に到着するのと同時に家から何かが飛び出してくる。ドアは開けず、ドアや壁をぶち破って迫ってくる。その衝撃でで腕や足が変な方向に曲がるものがいるが、そんなのお構いなしで迫ってくる。
「ゾンビ!?」
村人全員がアンデッド化した? そんな事を出来るモンスターがこの近くに居る?
「グリモワールオープン!」
考える時間がいる。これで少しは時間を稼げる。こうなると決着が付くまで逃げられないけど、400体近くのゾンビに一斉攻撃されるよりはまだ生き残れる目がある。
「相手は……人? ステータスが表示されない? でも白扱い?」
こんな事は初めてだ。グリモワールの力で巻き込んだ存在のステータスは常に把握出来た。希少性が高いモンスター相手だと抜けが発生したが、白のモンスターでは初だ。何らかの鑑定阻害スキルを種族特性で持っているのか? だけど種族は人間と出ている。グリモワールに映るデータが間違っているのか、誰かが改ざんしているのか。
「顕現せよ、ゴブリン!」
僕はまずゴブリンを二十体召喚する。ここ数か月でカードと魔石のストックは十分だ。モールスヴィルと戦争しても単騎で勝てる。する気は無かったけど、僕が去るのをモールスヴィルが大人しく見守るかは賭けだった。レイとレイラの事で様々な人間に睨まれている。帰郷で油断したところを……と邪推してしまう。僕はレイに汚い世界を見せない様にしてきた。レイと話す限り、領主も同じくレイを汚い世界から遠ざけていた。でも僕は知っているし、この村で体験した。人間は自分の欲望のためなら弱者を平気で踏みにじる。
「さあ、始めましょう!」
僕の号令と共にゴブリンが推定ゾンビに飛び掛かる。そしてあっさり引きちぎられた。
「嘘~!?」
せめて相打ち! 相打ちに持ち込んでよ!! オーガアーチャーのヘッドショットを受けた推定ゾンビは倒れた。起き上がる気配はない。黄のクリーチャーなら通じるのだろうか。でもそんなクリーチャーを大量に用意は出来ない。それにこの強さを持つモンスターが数を揃えたらスルーブルグを攻め落とせる。一日持てば良い方だろう。
「落とし穴をセットして発動!」
とにかく僕に迫る敵を足止めしないといけない。そして面白いほどに敵が僕の罠に掛かって一時動きを止める。
「見えていない? もしくは見えても気にしない?」
おかしい。生命体としておかしい。アンデッドとしてもおかしい。ベルセルクの魔法を掛けた狂戦士ですらもっと頭を使って動く。僕は一体何と戦っているんだ?
「なら次はダメージが入るトラップだ!」
推定ゾンビが僕の蒔いた熱した石炭に足を焼かれて崩れ落ちる。這って前進をやめないので結構怖い。でもここまですれば僕が召喚したゴブリンの第二陣が二体掛かりなら一体を倒せる様になった。
ここまで来るとモンスターとしても不自然過ぎる。残念ながら撃破してもグリモワールに表示される情報が増えるみたいな事は無い。後で調べるしかない。しかしこの世界はモンスターの生態を調べる事はしない。有効な殺し方は調べるが、死骸を弄るのは使える素材を探すためだけだ。これが一回だけの不運だと思えれば気が楽だが、たぶんそうじゃない。もっと調査すべきなのは分かる。でも僕にそんな余裕は無い。とにかく生き残る事を優先だ。
そして一定数を捌いてルーチンワークになると期待した矢先、僕の儚い希望は打ち砕かれた。
「ブラノックさん、貴方まで!」
僕を虐めるためか、黄のモンスターになっている。白の加護持ちだった頃から勝てた試しがない。そして彼の横には二人の妻が同じ状態で立っている。他の村人と違って武器を振るう知能は残っているみたいだ。僕の必死の呼びかけは無視された。やはり生きてはいないみたいだ。しかしブラノックほどの使い手が抵抗も出来ずにこんな状態になるなんておかしい。ブラノックが全滅してモールスヴィルが落ちたのならギリギリ分かる。しかし今のブラノック達には目立った外傷がない。ほぼ確実に戦わずに一瞬で死んだ。
「ガアアアア!」
雄たけびを上げて斬りかかるブラノック! 妻二人がそれに合わせて遠距離攻撃をするも、それにはゴブリンを犠牲にして対応する。オーガアーチャーの矢が妻の一人を確実に仕留める。
「ファイアアロー!」
僕は後ろに向けてファイアアローを放つ! 断末魔も無く頭を吹き飛ばされたデンゲルが崩れ落ちる。ブラノックが注意を引いてデンゲルが後ろから仕掛ける。僕とレイの基本戦法は二人を模倣したものだ。ブラノックが武器を持っている時点でこの戦法を取るのは明白。でも一つ分かった事がある。彼らには生前の記憶が無い。少しだけ戦いやすくなった。
「僕のマジックカードとトラックカードが無くなるのが早いか、推定ゾンビが全滅するのが早いか。勝負です!」
ブラノック達をマジックで一掃し、残った350人弱の推定ゾンビとの戦いを続ける。このまま行けば少しだけカードを残して勝ち切れるはずだ。でもこれを引き起こした黒幕がまだ姿を見せていない。それだけが気がかりだ。そう思うと一発逆転が出来る強力なカードを使うのを躊躇する。
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