077 残されるもの*
この章のラストエピソード!
レイラとソフィはフライイングシップの一等客室でそれぞれのベッドに腰かけていた。
「出発はもうちょっと後でも良かったのに」
レイラが残念そうに言う。スルーブルグの人々に盛大に送り出されたのは悪い気がしない。しかし少し遠くから見ていたアイクと言葉を交わせなかった。アイクの実力なら難なく最前列に来られるはずだ。そして最後に少しだけ言葉を交わす溶融があるはずだ。アイクには伝えないといけない事があった。レイラはそれを伝えずに空の住人になった事を後悔していた。’
「はぁ、これから王都までの道中にある城塞都市で加護持ちを回収しないといけないから予定が詰まっているのは知っているでしょう?」
いつも上から相手を小馬鹿するソフィの面影は何処にもない。ただただ排除すべき障害に語り掛けている様だ。
「やはり……怒っている?」
顔を横に向けて上目遣いでチラチラとソフィの顔を見る。男なら一発で落ちただろうが、ソフィには効かない。それどころか火に油を注ぐ行為でしかなった。
「夜這いしなかったでしょう」
「うっ!」
レイラは顔を真っ赤にして言葉に詰まる。本来の計画ではアイクを追放した夜にレイラが夜這いを掛けるはずだった。そのためにソフィは借家に帰らず領主が用意した高級宿に泊まった。そしてそこでアイクに計画の全容を語る算段だった。スルーブルグの各勢力はアイクを要注意人物としてマークしていた。ここ最近では三人が揃って密談をする時間を確保するのはほぼ不可能だった。特にアイクとレイラが一緒にならない様に様々な雑務に駆り出された。一部ではアイクを亡き者にする動きすらあった。アイクが無事なのはレイラの勘気を恐れた諸勢力とアイク本人が加護を授かれないと広言していたのが大きい。一緒に学園へ行く可能性があったら何を差し置いてもアイクは排除されていた。
二人はアイクを助けるためにパーティーから追放するのが最善と判断した。そして学園を最速で卒業してアイクを迎えに来る。卒業後の進路を強く勧められるが、非推奨のフリーの冒険者になる卒業生もいる。冒険者なら三人でまた一緒に冒険できる。二人が王都に行っている間、アイクには安全なモールスヴィルで生活して貰うのが安全だと判断した。レイラの主張であの村にはアイクと深い関係になる女性はいない。全員が年上か年下だ。伝令者の仕事の対価として一人なら暮らしていけるだけの領地を用意した。アイクが最後の伝令を伝え終われば問題無く農家になれる。黄クラスの冒険者で土地持ちなら村では上位の身分になる。きっと数年なら大きな問題は発生しない。
二人はアイクにこの事を伝える事を検討した。アイクなら一人で王都に行けるとソフィは知っていたが、レイラは不可能だと思っていた。それより余りに早く二人の計画をアイクに伝えたらアイクは一人で先行して王都を目指すのは自明の理だ。アイクならそっちの方が好みにあった。でもレイラとソフィはアイクが王都で女を引っかける事を警戒した。アイクは無自覚だが、顔は悪くない。それにモンスターと山賊狩りで裕福になれる。大抵の女性なら放っておかない優良物件だ。アイクなら困っている女性を絶対に助けると言う負の信頼がある。学園に通っている最中にアイクハーレムなんかが作られるのは絶対に許容できない。なのでアイクが準備できず、皆の警戒が緩む成人の儀の夜に全部打ち明ける事にした。しかし最後の最後でレイラが尻込みした。
「だって! 私を見ても私だと気付かないかもしれないのよ!! そんなのは耐えられない!」
領主家の意向もあり、アイクとソフィの誘拐から恐喝事件の後からレイとレイラは完全な別人として扱われた。二人が同一人物だと知っているのは極僅かだ。髪型、衣装、そして化粧に始まり、基本の剣の型まで違う。そのためレイと手合わせした冒険者と言えどレイラと手合わせして同一人物だと分かりそうなのは少数だ。止めはレタートの強姦未遂だ。あれを機にレイラは必要最低限にしていた女性としての魅力を磨く事に傾倒した。レイラの姿でアイクに迫ったらレイだと気付かれない懸念は意外と正しい。
「まあ、それをぶら下げて男と言い張れないわね」
「あの時、ほぼ全裸の私を見たのに気付かなった」
「はぁ!? 何それ、聞いていないんですけど!!」
「アイクの剣が無くて無理やり……されそうになった。その時にアイクがアイツを殺してくれた」
レイラが言葉を選んで話す。馬車のドアは開けられなかったのが公式発表だ。
「ふ~ん、そこでメス堕ちしたのね!」
「堕ち? アイクの事は最初から好きだったから」
親友として好きなのと異性として好きには大きな隔たりがある。レイラ自身はその違いをまだ実感できていない。
「はぁ~、これは先が思いやられる。王都で浮かれて変な男に付いて行ったら駄目だから!」
ソフィはレイラに遠慮してアイクと関係を持たなかった。ソフィはアイクだってレイが女の子と知れば相思相愛になるだろうと考えた。二人の幸せのために一歩身を引いたのに、肝心のレイラがこの体たらくでは不機嫌になるのは当然だ。
「心配しないで! アイクと再会するまで持ち崩したりしないから」
「領主の姪が独身で居られると良いわね?」
「政略結婚の影がチラつけば逃げる!」
「逃げ……ああ今の私達なら逃げられるか」
子供ではどうにも出来なかった現実があった。でも赤と黄の加護が揃えば出来ない事は無い。
「成人する前は無理だったけど、今なら」
レイラが確信を持って言う。ソフィはレイラが嘘を付いていると見抜く。領主の姪としての責任。赤の加護持ちとしての義務。レイラは逃げられない。必然的にアイクと再会する事も……。しかしその現実から目を逸らしレイラは夢を語る。
「アイクが大人しくしていると思う?」
「領主様と冒険者ギルド、そしてモールスヴィルに話は通した。大丈夫」
ソフィは軽く眩暈がした。正しいことをしているから上意下達で通じると思うのはレイラの悪い癖だ。これまでの実績を鑑みれば冒険者ギルドはアイクに忖度するはずだ。しかしそれならアイクは今朝冒険者ギルドの黄ランクになったと言ってくれたはずだ。あの距離で見送ったのはアイクに話したくない理由があったからに違いない。昨日と今日で何か大きな変化があるとすれば冒険者ギルド絡みしかないとソフィは考えた。そして冒険者ギルドで何かあれば、それはそのギルドに影響を行使出来る人物が動いたと言う事だ。モールスヴィルの三羽烏全員を怒らせても後ろ盾として機能する人間は一人しかいない。ソフィは今すぐ戻れない自分がもどかしかったが、アイクの力を持ってすればどうともでもなると確信していた。
領主が冒険者ギルドに手を回したのなら、モールスヴィルにも手を回したかもしれない。いっそ農地の件が無くなっていればと邪悪な考えがソフィの頭をよぎる。ソフィは柵のないアイクの強さを知っている。これだけはレイラが思いつきすらしないソフィだけのアドバンテージだ。そしてソフィはレイラに伝える気はない。
学友としては笑顔で接するも女としては静かに火花を散らす二人の空の旅は平和だった。空を飛ぶモンスターと遭遇してもフライイングシップの火力の前に敵では無かった。道中の城塞都市に泊まり、必要な人間を乗せてはすぐに飛び立つ日々を繰り返した。一か所で一泊すらしないのは、既に乗船している学園の生徒の逃亡阻止を徹底するためだ。王都は加護持ちを地方に帰す気はない。そのためなら必要な事は何でもする。地方はそれに気付けるだけの余裕が残されていない。
「ソフィ、見て! あれが王都みたい」
「明るい。嫌い」
ソフィは人工的な光が照らしだす王都に生理的な嫌悪感を感じた。ここで数年過ごすのかと思うとこのまま投身自殺したくなった。それを我慢できたのは、アイクと再会して三人で冒険者になる夢のおかげだ。そんなささやかな夢が三人それぞれの行動で木端微塵になるとはこの時のソフィは思いもしなかった。
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