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レイラが襲われた事でスルーブルグはハチの巣をつついた様に騒がしくなった。騎士団長代理に昇格した副騎士団長が騎兵を率いて急いで馬車を迎えに行った。冒険者の死体が無かったとしか報告しなかった。逃げたと言う事実があるのは面倒だ。冒険者がウェインブルクへ向かったとレイラの護衛から聞くはずだ。そうなれば騎兵の一部は彼らを追ってウェインブルクを目指す。道中に死体を見つけて「名誉の戦死」扱いにすると推測する。
僕がレイラの件を伝えて十日が経過した。レイラ一行は無事に帰還した。レタードの賞金はしっかり手に入ったし、レイラ名義で更に大量の資金が送られてきた。口止め料なのは明白だ。ヘルクロウの討伐報酬がレタード三人分になっているのはどうにかならなかったのだろうか。エクターの発言は誰も信じなかったみたいだ。魔石を提出しなくて良いのなら幾らでも儲けられそうだけど、一回以上やったら何かおかしいと気付かれる。くーちゃんはスルーブルグに近づかない様に言っておいたから、討伐される事は無い。
レイラの帰還から数日して突然軍事パレードをやると発表があった。即日では無いのは関係各所の調整で忙しかったからだ。レタード襲撃は全勢力に取ってまさしく悪夢だった。株が上がったのはギリギリ戦士団だけで、他の組織は軒並下がった。失態を勝利で無理やり上書きするのなら口裏合わせが重要になってくる。僕とソフィは家の窓から外のそんな欺瞞だらけのパレードを見ている。パレードの先頭には高い槍に刺された少し腐敗しだしたレタードの首がある。その少し後ろではレイが手を振っている。騎士団と戦士団、そして急遽用意された冒険者のエキストラがそれに続く。護衛していた冒険者はウェインブルクへ救援を求める最中に山賊に殺された扱いになった。さもなければこのパレードでハブられていた。下手に悪評が広まっていればモールスヴィルの三羽烏の存在そのものが疎まれたかもしれない。
「クスクス、レイがレタードを倒したなんてお笑いね~!」
薄着のソフィが僕にもたれ掛かりながら笑う。ソフィが留守番していたのは少し調べたら分かるのでソフィは最初からレタード殺害の実行犯から除外された。それにソフィは火魔法で敵を焼く。僕みたいに綺麗に首を落とす真似は出来ない。
「モールスヴィルの三羽烏だと正確に報告しました」
エクターに確認したので間違いない。レイ単独の功績になっているのは忖度の結果だ。レイは運良く屋敷で仕事をしていた。だから彼が秘密裏にレイラの馬車に同行し、レタードを討ったと言うストーリーがなりたった。レイがここ数日冒険者の仕事を休んでいて本当に助かった。領主の権限を持っても「レイが二人いた」なんて芸当は流石に無理だ。
「アイク名義で報告しなさいよ~」
不満顔のソフィが絡む。僕達のリーダーであるレイを出来る限り持ち上げるのは正しいはずだ。でも一極集中し過ぎて僕の存在が完全に忘れ去られている。その方が動きやすい。それはソフィも知っているはずだけど、どうしても納得できないらしい。
「加護が無いのにレタードを殺したと報告したら泥棒と疑われます」
加護至上主義の世界だ。白の加護持ちを一人殺したと言えば、「偶然ってあるんだな!」と面白がられるだけだ。しかし黄の加護持ちを殺したら誰も信じない。例え僕が衆人環視の前でレタードを打倒したとしても、誰も完全の事実を受け入れられない。でも黄と誤解されているレイなら「当然だ」と皆が疑わずに納得する。
「きゃはは、アイクって私と同じね~!」
「世界を信じていない、と言うのならそうです」
「うんうん! それでこそアイクよ!」
ソフィの機嫌が少し良くなる。黄昏とそれに抗うための加護と言う世界を構築した神々の思惑が何か分からない。しかし加護を持たない多くの民が苦しむ世界を認めたくはない。僕の力で加護を多くに付与したら何か変わるだろうか? 成人したら加護をたくさんの人に広めようと考えていた。しかし僕が加護を付与した五人を見ると、それが正しいのか分からない。レイとイリナは加護のせいで大きく人生が変わってしまった。そして最近は顔を出さないアディは加護に溺れ堕落したとダニールが言っていた。一般的な加護で等身大の野心しかないエクターが一番上手くやっているのは実に予想外だ。
「私と一緒にパレードに出れば良かったのに!」
パレードの次の日、レイが文句を言いに来た。あれ? レイはいつも「俺」を使っていたはず。ヘドリックが死んで色々と責任が増えて言葉遣いを変えたのだろうか。それに見た目も少し変わった。少し見惚れてそれを問い正すの一瞬遅れた。
「きゃはは、引き立て役なんて嫌に決まっているでしょう~!」
僕が固まっているのを見て、ソフィが容赦なく毒を吐く。本当にそうなっていただろうから、僕としてはレイを援護し辛い。
「ソフィだけ留守番していれば?」
「ふふふ」
何故か火花を散らす二人。一体どうしてこんな事になっているんだ?
「二人とも落ち着いてください。それにパレードに出なくても成人したら冒険者を黄ランクから開始できるようになったではありませんか!」
何とか話題を変えないといけない。それなら三人に取っての慶事となる黄ランクの件を持ち出すのが安牌だ。このランクならどこの城塞都市に行こうとも仕事にありつける。成人したらスルーブルグを離れる予定の僕達に取って移動先で一からやり直さないで済むのは大きい。
「山賊王を倒したのが白ランクでは格好がつかないとギルドマスターに無理やり押し付けられたもの。私の実力とは言えない」
「アイクはこんなに凄いのに、誰も評価しないものね~」
ソフィの言う通りだ。
「私が評価する! それだけで十分だ!」
レイが突然叫ぶ。
「ありがとうレイ。レイとソフィがいるのだから僕には十分過ぎる」
三人ならどんな事だって出来るはずだ。黄昏だろうと生き延びて幸せになってみせる。
「「……」」
何故か二人が赤面して無言になる。あれ? また間違った?
「ごほん、これからの予定は聞いています?」
「領主様は山賊王の残党を討伐して支配領域の再確保に動く。私も前線に出る」
「え~、それって私も呼ばれるんじゃ~?」
ソフィは億劫そうに言う。
「それなら伝令者はお休みですね」
「「無いから!」」
「ええ!?」
「アイクは鉄火場でも問題無く伝令を届けられるのが分かったから、討伐戦に招集すると聞いている。それとも私に一人で前線で戦って来いと?」
レイがとんでもない事を言う。
「分かりました。でも誰に伝令するかまではコントロール出来ませんから!」
レイ専属みたいなのは許されないだろうし、定期的にレイの状態を確認するに留めておけば大丈夫だろう。
パレードが終わって半月したら領主主導で山賊王の残党狩りが始まった。僕達はそれぞれ別の形で駆り出された。伝令者は伝令者らしく各部隊の繋ぎを取っていた。ソフィは火魔法で建物に籠る山賊を建物ごと火葬していた。そしてレイは領主の横で剣を振っていた。戦っている所は数回しか目撃出来なかったけど、レイは領主家でかなり重要な位置にまで上り詰めた。血が濃すぎなければレイラとの結婚もありえるか?
農作業以上に休む間が無くそこらかしこに伝令を届ける日々が続いた。気付いたらいつの間にか九月になっていた。今年にスルーブルグの領主家は様々な犠牲を出したが、タンカードとレタードを倒して近隣では頭一つ抜けた貴族として頭角を現している。その総仕上げがレイの成人の儀だ。僕は億劫でも二人の友の晴れの日だ。しっかり祝福してこれからの活躍に弾みを付けよう。
応援よろしくお願いします。