074
「だ、駄目! 見ては駄目!」
レイラは両腕を交差して前を隠そうとするも、さらに大きく見えてしまう。
「こ、これは失礼を! 後ろを向いていますので」
「違……しばし待ちなさい」
「はっ!」
「あぐ……」
どうやらイリナが目を覚ましたみたいだ。彼女がいれば僕が安全だと証言してくれるだろう。
「イリナ! 無事ですか!?」
レイラが急いでイリナの下に駆け寄る。
「痛いの~!」
結構酷い怪我だ。ヒーラーなんだから自分で治療できるはずだけど、魔法を発動させるには集中する必要がある。若いイリナには少し難しいか。僕が持っているヒーリングかポーションのカードを使おうか迷う。
「はぁ。ヒーリング!」
そんな僕の考えなんて知らないレイラが回復魔法を発動させる。彼女もヒーラーなのか!? イリナからはレイラの加護の事は聞いていなかった。エクターには「妹からもうちょっと上手く情報を抜いて」としか言えない。それと回復魔法を掛ける前にはだけている胸元を隠してほしい。見るなと言われてもこうチラチラ動かれては視界の隅に写り込む。貴族生まれだから下賤な輩に裸を見られても意に介さないのかもしれない。でも、それだと最初に胸元を隠した行動と整合性が取れない。
「ありがとうございます、レイラ様!」
「良いのです。それより」
「あっ! アイクさん!?」
「……知合いですか?」
「!? あ、はい! 兄エクターの元雇用主です!」
「そうですか。私は伝令を依頼した伝令者と直接の面識がなくて」
「信用は出来ます! 腕も何だかんだ言って立ちます! あ!? そう言えばあの山賊野郎は!?」
なんかぎこちない会話を続ける二人。そしてレタードの件になるとイリナが急に騒ぎ出した。
「僕が倒しました」
「流石アイクさん!」
「イリナ、今は安全だからレイラ様の衣装を」
「衣装!? うひゃあああ!? ま、前! 隠さないと!!」
「着替えなら馬車の上のトランクに入っています」
「なら僕が取ります」
レイラを見ない様にトランクを下ろし、馬車の中に入れる。レイラとイリナが馬車に入り、バタンと扉が閉じられた。この隙にレタードの死体を漁る。貨幣を頂くのは当然の権利だ。それと何らかの密書が無いか探すも、そっちは見つからず。服を全部剥ぎ取り詳しく調べたら何か出るかもしれないけど、そんな事をしている時間は無い。
空を見上げると遠くでくーちゃんが暇そうに旋回している。山賊は殺しきったみたいだ。ならこちらに飛んできて貰おう。エクターが意図に気付いて後を追ってくれると助かる。レイラだけならたぶん見捨てているけど、イリナまで居るのなら死に物狂いで走ってくるはずだ。オーガアーチャーが合図代わりに特注の矢を上空へ射る。
「アイクさん、何か音が!」
イリナがドアを開けて問う。後ろのレイラが一糸纏わぬ姿なんだけど……。無視だ、無視!
「戦士団に位置を知らせました。すぐに来てくれます」
「お兄ちゃんが!?」
「はい。山賊の数は多かったですが、あっちも処理しておきました」
「それは良かった……です?」
イリナならダイアクロウかダイアウルフが活躍したと考える。あの二体で四十人近くの山賊を倒すヴィジョンが浮かばないから疑問形だ。
「!! 人が来ます! お二人は鍵を掛けて絶対に出ないでください!」
「待って、私も戦……」
「安心してください。レイラ様は命に代えても守ります!!」
イリナにドアを閉めさせて近づく者たちに備える。くーちゃんが無言で上空を通過したので味方だと思う。でも油断は大敵だ。
「こっちだ!」
「おい、本当だろうなエクター!?」
「信じてくれ! あれは知り合いのペットだ!」
「ヘルクロウをペットにする奴なんて絶対にまともじゃねぇ!!」
男二人の声が聞こえる。足音は三組。
「エクター、こっちだ!」
僕の方から声を掛ける。
「やはりアイクか! レイラ様は無事だろうな!!」
「大丈夫だ。馬車の扉は破られていない」
スルーブルグへ帰還する際に馬車の扉が破られた跡があればレイラの純潔が疑われる。中から開けるバカはイリナくらいだろうけど、傷ついていないのは助かる。
ガサガサと男が三人獣道から出てくる。たぶん獣道だとすら理解していない。
「伝令者殿か!」
戦士団の一人が言う。
「アイクと言います。伝令の帰りにちょうど出くわしました」
「助かった。本当に助かった」
「エクター、いつもの様にこいつを換金してください」
エクターにレタードの首が入っている皮袋を投げる。彼は慣れた手付きでそれを受け取る。
「これは?」
「山賊王レタードの首です」
「「なんだってぇぇx!!」」
三人が驚く。僕が転がっているレタードの死体を見せてやっと納得してくれた。
「馬車に侵入する事に全力で僕が後ろから来たのに気付きませんでした。運が良かったとしか言えません」
「モールスヴィルの三羽烏名義で良いのか?」
「伝令者が強いと噂が立つのは困ります」
冒険者パーティーでレタードを討伐したとなれば、人々は勝手にレイの手柄だとはやし立てる。僕は賞金さえ貰えたら満足だ。
「レイラ様、ご無事ですか! 戦士団の二番隊隊長として此度の失態は命を持って」
「結構です。それよりもミーディブルグへ急がないといけません」
安全と知り、衣装替えが終わったレイラが馬車から顔を出す。
「今の手勢ではとても……」
「あれ、冒険者はどうしました?」
ここに三人と言う事はまだ結構道に残っているはず。
「逃げやがった! 残っているのは戦士団の六人だけだ」
エクターが吐き捨てる様に言う。道で待機している三人は騎士の遺体保全に動いていると聞いた。
「……どっち方向に逃げました」
ふと気になったので問う。
「ミーディブルグの方だが?」
レイラを攫われてスルーブルグで生きることは不可能だ。なら新天地を目指すのは普通に思える。しかし冒険者としてはスルーブルグへ急いで帰り領主へ報告するのが筋だ。レイの冒険者としての名声が上がる事態に水を差す真似は許せない。
「そうですか」
素っ気なく言う。スルーブルグへ帰る前に一仕事か。
「レイラ様、ここは一度スルーブルグへ帰還すべきです」
「しかし、せっかくのお誘いなのに」
レイラと隊長が揉めている。ここは帰って貰った方がやりやすいの援護射撃をする。
「レイラ様。伝令者としての見解ですが、今回の待ち伏せには誰かの手引きがありました。ミーディブルグへ行く際に辺りを確認しましたが、四十人が潜めるような場所はありませんでした」
「なんと! いや、今考えると不意の遭遇戦にしては……」
隊長が頭を抱える。
「伝令者を襲わないのは確かに気になります。アイクの進言を聞き入れて一度帰還します」
「おお、ありがとうございます!!」
隊長が破顔一笑する。
「ならこの馬車の向きを変えましょう。車輪がギリギリ通れる道があるんです。幸い今ならまだ目視出来ます」
「まじか!?」
「本当だ。俺も馬車が消えたのは不思議だと思ってずっと地面を見て来た。ゆっくり進めば脱輪せずに道へ出られる」
三人目がやっと口を開いてくれた。
「なら道へ出るまでは一緒に行きます。そうしたら先にスルーブルグへ帰り領主様に事を伝えます」
「一緒……いえ、先行して貰った方が安全ですね。頼みましたよ、アイク」
レイラが残念そうに言う。どうも彼女が何を考えているのか分からない。
「はっ! お任せください」
馬車が無事に道へ出るまで近くで見守る。戦士団の残り三人に会う事はせず、先行すると伝える。そして少し進んむと逆方向に走り出す。ミーディブルグへ逃げた冒険者を生かすわけにはいかない。表向きレイラを守って名誉の戦死にしないと駄目だ。オーガアーチャーに跨り森を爆走する。そしてあっけなく逃げ出した冒険者に追いつく。どうやら危険が去った後は徒歩に切り替えたらしい。もうこの時点で情状酌量の余地はない。ミーディブルグへ救援を求めると言う判断の間違いならまだ弁護出来た。
「やべぇよ、やべぇよ」
「うるさい! 情ちゃんも騎士たちも死んだんだ。俺たちが黙っていれば分からない!」
「もう二つほど城塞都市を超えたら俺たちは新人と変わらない」
冒険者が口々に話す。保身しか考えていない。逆にそれの方が助かる。黒幕の手勢だとか口走られたら拷問してでも背後関係を洗わないといけないので、レイラがスルーブルグへ帰還する前に僕が帰れるか怪しくなる。僕はオーガアーチャーに攻撃を命じる。特注の弓から放たれた弓が冒険者の頭に当たり、頭ごと近くの木に縫い付ける。
「敵!?」
「くそ、山賊か!」
冒険者は臨戦体制を取るも誰一人として森へ足を踏み込む前にオーガアーチャーの矢の餌食となった。僕はその死体を放置してスルーブルグへ急いで帰る。なんで僕が冒険者ギルドの尻拭いまでしているのか分からない。でもこれで冒険者レイの名声が陰る事は無い。それだけが救いだ。
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