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 隠れて状況を見る。領主の姪が乗っていると思われる馬車が四十人近くの山賊に囲まれている。馬車の東側に集中しているけど、西側にも数人居るのでそっちを突破するのも難しい。馬車側の護衛戦力は十五人ほどで、全員東側の山賊を睨んでいる。西は逃がさないための監視で積極的に仕掛けてこないと想定したか。仕掛けてきても馬車の守りを抜くのは簡単じゃない。戦力を集中するのは悪くない。実際、既に騎士が五人ほど死体となって地面に転がっている。残っているのは冒険者と戦士団の人間だ。


 護衛の一人にエクターが居る。彼は戦士団に支給されるリングメイルを装備している。最近は忙しいと聞いていたけど、イリナ経由で良い定職に付けたみたいで何よりだ。期待した情報ソースとしては何の役にも立っていないけど、これは僕のせいだ。タンカード討伐に全力を出してエクターに求めている仕事を仕込めなかった。アディとダニールを使えば良いと切り替えたけど、あっちも思ったほど役に立たないので頭を抱えている。アディなんて幹部の情婦になっているのに、以前より握っている情報が少ない。ダニールはまだ期待出来るけど、アディと疎遠になったために盗賊ギルドから嫌がらせを受けているらしい。ダニールだって早死にはしたくないだろうし、彼の判断は良く分かる。


 どうするか考える。ここで僕が乱入したら余裕で逆転出来る。でも山賊がレイラを人質に取ったら厄介だ。僕だけなら気にせず戦う。僕が降伏しても人質が無事になる保証は一切ない。ならヒーリングが間に合う事に掛けて戦うのが正解だ。問題は残っている護衛だ。レイラが人質に取られて降伏を選ばれると面倒だ。最悪、人質に取られたレイラを守るために僕を攻撃する可能性がある。スルーブルグの冒険者の教育レベルを考えると後者の可能性がかなり高い。しょせんは正面戦力以上の役割を求められていないから、最低限の状況判断力すらない。そもそも、そんなのがあれば最初から冒険者にはならない。


「女を引き渡して貰おうか!」


 山賊の一人が怒鳴る。


「……」


 護衛は無言で半歩程下がる。駄目だ。完全に雰囲気に飲まれている。護衛ごと皆殺しにする事が許されるのなら躊躇なくそれを選ぶ場面だ。しかしレイラを無事に生かしてスルーブルグへ帰さないといけないから、隠蔽できない味方討ちは実行できない。一度攫われてから救出するのが最悪の中での最善かもしれない。


「おう! 何か言えよ! それともこいつらみたいに永眠するか? あぁ!?」


「ふ、ふざけるな! 俺たちは死んでも守り通す!」


 一番若いエクターが吠える。実力が伴っていれば格好良い啖呵だけど、足が目に見えて震えている。


「ぎゃあああ!!」


「「何!?」」


 突然後ろから御者の悲鳴が聞こえて護衛の注意がそっちに行く。


「馬鹿ども! 女は貰って行く! 野郎ども、ゴミは好きに片付けろ!」


「へい、お頭!」


「陛下と呼べと言っているだろうが!!」


 あの顔は手配書で見た。隠れていた山賊王レタードが単独で西側から奇襲を仕掛けて馬車の操縦権を奪った。東側に山賊を集中させたのはこのためか。これは完全に護衛の失態だ。しかしここまでの芸当を鮮やかに出来るとは、自称山賊王は伊達じゃない。


「殺れます?」


 小声でオーガアーチャーに問う。オーガアーチャーは無言で首を横に振る。レタードの加護ブレイブは最低でもアンコモンか。レアほどのプレッシャーを感じない。擬態の可能性はあるけど、ここで自分を弱く見せる理由が無い。力を見せつけて一気に制圧するか、寝返らせるのが上策だ。


「はぁ!」


 レタードは馬に鞭を打って走らせる。馬車ごと奪うとは豪胆な! でも何処に行くつもりだ? 僕はオーガアーチャーの背中に乗って馬車を追う。乗り心地は最悪だけど、速度では馬車に負けていない。少し走った所で馬車が右折して森に激突した。「ヤバい」と思っても介入は間に合わない。しかし僕の予想を反して馬車は森の中を進んだ。


「ほとんど分からないけど、ここは馬車が通れる!?」


 驚きだ。獣道すらないのに、馬車の車輪は問題無く回っている。ここまで自然と一体化している秘密の道だと、ここを通った時に見逃したのは仕方がない。でもここまでギリギリ通れる道だと道やその左右に何か仕掛けるスペースが無い。オーガアーチャーには距離を取りながら後を追うように命じる。


 十分ほど走って森の奥へ行くと馬車が止まる。どうやらここが馬車で行ける終点だ。偶然出来たのか、人の手が入ったのか分からない。しかしそれを最大限利用して策を成功させたのは評価する。ここで油断してくれたら良いけど、期待は薄そうだ。人質を助けるためにも確実に一撃で倒せるチャンスを待つ。


「出て来い!」


 レタードがレイラに出るように促す。鍵は開けないはずだ。レタードがそれをこじ開けようとすれば僕が仕掛けるチャンスだ。


「やああ! あたぁぁぁ……」


 勢いよく飛び出した小さな子供がレタードの裏拳を食らって数回バウンドしながら大地に崩れ落ちる。あれはイリナか? 僕の存在を知らなければドアを開けて奇襲する事に賭けるのは分からなくはない。でも味方が間に合う方に賭けて欲しかった。それともエクターの件で冷静さを失ったが故の暴走か? 本来なら全滅しているエクター達だけど、くーちゃんを援護に残しておいた。今頃は逃げ惑う山賊をその爪で引き裂いている頃だ。


「ガキが! ぶっ殺す!」


「ま、待ちなさい!」


 レタードがイリナを害そうとしたのを見てレイラが馬車を降りる。護身用の担当を構えているけど、あのドレスで戦うのは無理だ。


「いいねぇ! 気が強い少女を無理やり組み伏すのは大好物だ!」


「下種が!」


「ははは! こう見えても高貴な生まれでな! 少なくともスルーブルグの田舎領主よりは上だ!!」


「私をどうするつもり!?」


「犯すに決まっているだろう! そうして貴様は俺の妻としてスルーブルグを差し出すのよ!!」


「そんな夢物語!」


「そうかぁ? 俺はアンコモンの加護を持つ。貴様もアンコモンの加護を持つ。俺たち夫婦とコモンの加護しか持たない領主一家。王家はどっちを取る?」


 レタードがニタニタ笑う。僕は余りの衝撃に一瞬硬直する。レタードの言い分にはかなり無理があるのは間違いない。でも王国視点で見ればレタードの言い分を支持する勢力はありそうだ。スルーブルグの領主に成れるかは不明だけど近衛騎士団辺りなら入団出来そうだ。はっ! それがレタードの真の狙いか! 山賊王と偉ぶってももう先なんて無い。タンカードが討たれたんだ。次はレタードだと思うのは当然だ。こんな状況では配下の山賊を統制するのは困難だ。となると今回の襲撃は乾坤一擲の大博打で失敗すれば後が無い。取り巻きが一人もいない事も関係しているか? 配下と一緒よりレイラ一人を担いで移動した方が補足され辛い。


 勝ち筋は決まった。レタードがよほどの変態趣味でない限りこれで勝てる。僕は息を殺して時を待つ。


「くっ!」


 レタードが力任せにレイラの短剣を打ち払う。短剣は近くの茂みに飛んで行った。レイラは結構踏ん張った気がするけど、靴のヒールが衝撃に耐えられなかった。そのまま押し倒され、無理やり上半身をはぎ取られる。


「情報よりは大きいじゃないか!」


 情報がどこから来たのか気になる。でもそのために殺す好機を逃す気は無い。


「やめて!」


 レイラは必死に抵抗しようとするも、この体位と体格差ではどうにもならない。レタードは剣をレイラの首近くの地面に刺し、両手でズボンを下ろそうとする。


「心配するな! きっちり天国に連れて行ってや……」


 油断しているレタードの首に暗殺者のガントレットの仕込みダガーを突き刺す。最後に天国の夢を見て果てたのなら山賊王としては上等な死に方だ。レイラを犯すためにズボンを下ろす時に注意が散漫になるのは明白。ここに見張りがいたら僕の行動は露見していた。しかし配下を信じられず、レイラを犯して高跳びする計画を立てたのが運の尽きだ。念のために首を完全に切り離して賞金首を入れる皮袋に放り込む。後で生き残っているはずのエクターを利用して換金しよう。


「レイラ様、ご無事ですか? お初にお目にかかります。伝令者メッセンジャーのアイクでございます」


「ア……イク」


 レイラは涙目で僕を見上げる。さて、ここからどうやって無事にスルーブルグへ帰ろうか?

応援よろしくお願いします。

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