072
伝令者の仕事を押し付けられて二か月が経って六月に入った。最初の仕事はモールスヴィルへ新村長追認の伝令だった。と言いつつも実際はモールスヴィルへ戻る助祭クレセクの護衛も兼ねていた。クレセクは道中が安全だと思ったみたいだけど、実際は僕のクリーチャーが率先して脅威を排除したに過ぎない。村人は僕が伝令者になった事にびっくりしていたけど、ソフィがもう帰って来ないと聞いて大いに喜んだ。後でソフィにチクってやろうかと考えたけど、ソフィに取っては奇麗な思い出のままの方が良いと思い直した。ソフィの家族には嘘でない範囲で心温まる別れを語って貰い、それを僕が紙に代筆した。モールスヴィルについては特に語る事は無い。追加の住民が増えて四百人規模になっている。木製の壁も部分的に石に変わっている。近く村から町になるだろうけど、僕達三人はそれを見る事はないだろう。
村に帰らない事になったソフィは領主の「魔法部隊へ入らないか」の誘いを断った。その変わり、黄以上の加護を授かれば学園に行くと約束させられた。今は僕と一緒にそこそこ治安が良い場所にある借家で暮らしている。同居するのならお互いの関係を進めるべきかと思ったけど、にべもなく振られてしまった。お互い今の関係が丁度良いのだろう。最近のソフィは家でゴロゴロしているか僕とレイと一緒に冒険者の仕事をしている。
本当はもっと積極的に冒険したい。しかし伝令者の仕事が忙しくて月に十日くらいしか時間が取れない。ただの小作農に負担を掛け過ぎた! でもモンスターと山賊が蔓延る道中を単独で突破出来、高度な読み書き計算が出来、更には最低限の礼節を取り繕える人物は希少だ。該当者はスルーブルグ全体で六人しかおらず、重要度が低い案件は全部僕に押し付けられる。この六人の内四人は領主一族の誰かを主として持っており、フリーで動けるのは二人しかいない。そこにフリーの僕が来たのだから鴨が葱を背負って来たようなものだ。
僕が自由に動ける日々は少ないけど、僕より輪を掛けて忙しいのがレイだ。ヘドリックが名誉の戦死をした結果、レイが領主側でもっとも高位の加護持ちになってしまった。黄だとまだ誤解されているのが幸いだ。成人の儀で赤だと露見したらどうなるか。学園行きは確実だ。事前準備をしたり王都の下見をすべきだけど、このご時世でスルーブルグから王都まで行くだけで数か月はかかる。僕のクリーチャーに跨り山脈を迂回せずに直線で走れば大幅に時間を短縮出来そう。
「また仕事~?」
久々に借家へ帰るとソフィが何時にも増して不機嫌だ。少し暖かくなったこともあり、ほぼ全裸だ。幸いレイとイリナ以外の人は滅多に尋ねないから良いけど、僕が留守しがちだから心配にはなる。
「本当嫌になります。今回はミーディブルグなんて言う城塞都市行きです。普段は他の人が行くのに、今回は急に僕が抜擢されました」
伝令者の身分を示すコートを脱いで雑にベッドの上に投げる。ミーディブルグはスルーブルグから北北西にある城塞都市で長く没交渉だった。山賊王がミーディブルグ方面から流れて来たので、そこから色々拗れたと聞いている。それが先月から突然伝令者のやり取りが増加した。今回の依頼主が表見訪問するのと関係があると思うけど、詳しい話は知らない。
「……」
ソフィが無言だ。彼女もこの依頼に違和感を感じている。
「どうしました?」
「依頼は誰かな~?」
ソフィの目が笑っていない。
「レイラ様だと聞いています。直接会った事は無いのでどんな人かは知りません」
領主の姪だとは聞いているけど、それ以外はさっぱりだ。幻の美少女なんて噂が広まる程度に一般には決して姿を見せない。面識があるイリナですら言葉を濁すのだから謎に包まれている。レイと名前が似ているけど、レイが領主一族と思えば不思議じゃない。領主家は連枝に「レイ」を含めた名前を使うと勝手に決めつけた。
「あれか~」
殺意が漏れているよ!
「知っています?」
「イリナに連行されて数回お茶をした程度よ。ちっ!」
どうもソフィとは相性が悪い女性みたいだ。僕も距離を取った方が良いのかな?
「僕も睨まれない様に気を付けます。ちなみに何か気を付ける事は?」
道中に山賊の噂があればオーガアーチャーを突っ込ませて賞金首で小遣い稼ぎが出来るように事前情報は大事だ。領主一族は善性よりとは聞いているけど、ヘドリック戦死以降は民から距離を取っている。モールスヴィルでは容赦ない粛清をしてタンカード討伐では被害度外視で出兵した事を考えると、意外と武断派な一面がありそうだ。そんな領主の姪からの依頼とあれば警戒するに越したことはない。
「クスクス、しっかり胸を凝視したら~? あの大きさは反則だから!」
直接会う事は無いだろうけど、胸が大きい女性がレイラだと思っておけば良さそうだ。
「そんな事をしたら嫌われそうです」
「押せば揉ませてくれると思うよ~」
「いや、まさか、ははは」
「練習で私の揉んでみる~?」
多少寄せた程度で小さいのは変わらない。ソフィが面倒なドレスを着る時は僕が補助しているので実はソフィの裸は見慣れている。冗談で迫られても動じる事は無い。
「練習で揉むのは惜しい気がします。それにソフィはもっと体を大事にしてください」
「……くっ、アイクの癖に!」
赤面してそっぽを向く。脈はあると思うけど、どうも最後の一歩を縮められない。今度レイに相談してみようか? う~ん、でもレイとソフィがそういう関係なら聞くのは不味い。こういう時は僕のカード召喚の力は無力だ。
そんな会話をした二日後にスルーブルグを経つ。他の伝令者は三日で走り切ると聞いた。初めての道と言う事もあり、いつもより周りを良く調べて進む。本来は速度を優先すべきだけど、山賊に領主の姪が狙われては大変だ。待ち伏せしている勢力があれば積極的に潰しておく。領主の姪なら騎士団と冒険者の護衛が付くので心配するだけ無駄に思える。でもタンカード討伐で対人経験が豊富な戦力が減り過ぎた。クワックヴィル方面でまた暴れている山賊王に多くの人員を取られている。割けるであろう戦力から考えるに、三十人以上の山賊が奇襲を仕掛ければ領主の姪は危険にさらされる。
道中ははぐれモンスターと少数の山賊を討伐するだけに終わった。平和過ぎる。ミーディブルグが表見訪問前に道の大掃除をしたのか? 小骨がのどに刺さった様な違和感を覚えながらミーディブルグの家宰に用件を告げる。あちらは最初から来るのが分かっていたらしく、僕の行動は完全な無駄足扱いだ。それでも「数日後に到着」と言う情報はミーディブルグに取って大事だ。ミーディブルグからはレイラ到着まで逗留する事を進められたけど、次の伝令があると言って固辞した。
もう一泊すれば良かったと思いながら来た道を戻る。領主の姪はスルーブルグを出て二日になるはずだ。伝令者より進みは遅いから、明日か明後日には中間点を超えるだろう。僕の進む速度を考えるとちょうどそこら辺で交差するだろう。豪華な馬車が前面にあるとくーちゃんが知らせてくれたら状況次第では森に隠れよう。心配のし過ぎかもしれないけど、数か月で出ていく身だからこれ以上領主家との関係を深くしたくない。
「カァ! カァ!」
そんな後ろめたい気分で中間点に近づくと、先行していたくーちゃんが異常を知らせてくれる。
「襲撃? 護衛は何をしているんだ!?」
僕は悪態をついて森の中に飛び込む。真っすぐ救援に向かった所でやられるのがオチだ。森の中で併走していたオーガアーチャーと合流する。まずは情報を収集して敵の正体を見極める。ただの山賊なら殲滅するけど、ミーディブルグの騎士団だと殲滅は少し骨が折れる。なんでただの伝令でこんなトラブルに巻き込まれるのか。愚痴らずにはいられない。
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