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角笛の音が聞こえる。
「これって?」
「……総攻撃ですか?」
僕の問いにダニールが困惑気味に堪える。どうやらこの行動は予定になかったらしい。そもそも勝ち戦なら本陣が突撃する理由がない。普通なら活躍の場を奪われた冒険者が背中を撃つ。
「野郎ども、戦争だぁぁぁ!」
アディが雄叫びを上げる。アディとダニールが連れて来たゴロッキ十人ばかりが気勢を上げる。
昨日合流したこいつらは僕とソフィを殺す任務を帯びていた可能性がある。何せ僕とソフィは盗賊ギルドに所属しない敵対人物だ。拠点を落としきれば生かす理由がない。それでもダニールは裏切らないと思うけど、アディは気にせず殺しに来るタイプだ。そんな彼らを止めたのは拠点のど真ん中に座っている二メートルを優に超える黄のオーガアーチャーだ。今も僕がカードから召喚した鹿を生きたまま頭から貪り食っている。ボキ、バキと軽快なリズムで体中の骨が砕かれる音が木霊する。
アディ達が合流した時に見た光景の再現だ。あれを見て「ガキなんざ一撃だ」と嘯いていたゴロッキどもが全員黙った。ソフィが悪乗りして「おーちゃんの主食は人間なの~!」と宣言したから更に震えあがった。僕とソフィを殺せると勘違いしているゴロッキでもオーガ種と戦って生き残れると思っていない。上空を旋回しているくーちゃんがヘルクロウだと気付かない様では彼らに万に一つも勝機は無い。
ソフィが勝手に命名したおーちゃんは召喚時はただの黄のオーガだった。そして謎の敵に襲われた時の切り札がオーガ召喚だった。あの戦いから一夜明けて考え直したら、オーガでは勝ちきれなかったと言う結論に達した。そして彼の発言通りにタンカードが更に強いのならオーガでは通用しない。敵の襲撃と言葉が無ければオーガ召喚に踏み切らなかったのは何とも皮肉だ。僕はオーガの巨体を見上げながら、どうやって彼を戦力化出来るか考えた。そこで白の加護であるアーチャーを彼にオーバーレイしてみた。まさか成功するとは思わなかった。もしかして召喚したクリーチャーをオーバーレイで強化するのが僕の力の本質なのか? タンカード討伐が終わったら考え直す事が増えた。
オーバーレイされたオーガアーチャーの希少性は黄のままだ。黄のオーバーレイがあれば何か変わっていたかもしれない。それより、なぜアーチャーを選んだか。オーガ種は前衛戦士だ。武器による遠距離攻撃をやるオーガは自然には存在しない。恵まれた体躯と樹齢百年の大木を片手で地面から引き抜ける膂力があれば遠距離攻撃は必要ない。でも次の戦いは攻城戦だ。タンカード砦は高台にあり、攻めるには丘を登るしかない。防衛陣地と考えるとタンカードはすこぶる良い場所に陣取っている。僕なら相手が飢えるまで包囲する。しかし時間制限がある騎士団は攻城兵器を使って壁を崩すと思っていた。だからオーガが援護射撃をしてもバレないと想定した。まさか攻城兵器を使わず力押しで勝つつもりだとは驚いた。モンスター相手に攻城兵器が効かないとはいえ、人間相手には有効なのに何でここまで対人戦の知識が廃れているのか理解できない。
赤の加護を持つ英雄が一騎当千だけで説明がつくのだろうか? 今考えても意味が無いか。大事なのは現状だ。騎士団が無謀な総攻撃を選択した。なら僕がやるべき事は?
「おーちゃん、砲撃開始ぃぃぃ!!」
ある程度タンカード砦までアディ達を伴って近づいて宣言する。
「マカセロ」
おーちゃんが近くの木を引っこ抜き、坂の上にあるタンカード砦を狙う。しかしここから直線距離で400メートルはある。この世界の人間が放てる攻撃の最大射程は100メートル程度と聞いている。そんなのを物ともせずにおーちゃんの最初の投擲が砦のパリセードに大穴を開ける。野生にオーガアーチャーが存在しなくて良かった。少しでもまともな知恵があれば単騎どころかハラスメント行為だけで城塞都市を落とせる。今更ながら僕はとんでもないクリーチャーを作り出したのかもしれない。
「くそぅ、あたしは強くなったはず……」
アディが何か呻いているけど聞き取れない。棒立ちしているゴロッキを無視しておーちゃんが数本の大木を砦に投げ込む。
「イシ」
思ったほど効果が出ないのか、おーちゃんが不満を露わにする。
「パリセードの後ろには石壁があるみたいです。根っこがある状態ではちょっと突破は難しいかもしれません」
ダニールが分析する。タンカードは敵を木製の壁で油断させて、本命の石壁を隠していた。パリセードを突破したら砦に踏み込めると思って進めば殺し間へ招待されるトラップだ。
「分かりました。おーちゃんは大木を引き抜いて地面に置いて。ソフィ!」
「きゃはは、分かっている~!」
ソフィのファイアアローで根っこを焼き切る。そして出来るだけ先が尖っている感じにする。そうすればより効果的になる。即席で出来るのはここまでだ。
「皆も手伝いなさい!」
ダニールがゴロッキ達に命じると不承不承で手を動かす。アディとダニールが一度スルーブルグへ帰る前はこのゴロッキ達の方が盗賊ギルドでの序列が上だった。それが加護を得ただけで立場が逆転した。
そんな事をしているとこちらに敵の山賊が攻めてくる。裏手から攻城兵器で攻める一団を放置できないから当然だ。もう少し引き付けておーちゃんに暴れさせようと考えていたら、アディが考えなしに突っ込む。アディは何を焦っているのか。
「仕方ありません」
僕はゴロッキ達から隠していたゴブリンにアディを追う様に命じる。森から数体のゴブリンが飛び出して驚くゴロッキ達。加護を持たないゴロッキ達に取ってはゴブリン一体でも全滅を覚悟する脅威だ。
「味方です」
無表情で言うダニールの方が怖いと思う。おかげでゴロッキ達は黙って真剣に作業に取り組みだした。ここでアディとダニールの不興を買えばゴブリンの餌になるとやっと理解できたらしい。
「うおおお!」
アディの力任せの剣が山賊を切り裂く。僕はゴブリンをアディの盾に使い、彼女が怪我をしない様に動く。思ったより敵に加護持ちが多いのか、ゴブリンが予想より早く切り崩される。不味い。アディの装備ではそう長く持たない。
「今度はこっちの番だ!」
山賊が逆襲を掛けようとしたその瞬間、くーちゃんが空から舞い降り山賊二人の頭をしっかり掴んで空の旅へ連れて行く。突然現れた空からの脅威に山賊が浮足立つ。そこにおーちゃんが引っこ抜いただけの大木を回転させながら投げつける。残った敵の半数近くが巻き込まれて阿鼻叫喚の地獄絵図になる。更にダニールがゴロッキの尻を蹴り飛ばして前線に投入した。これで相手が一気に崩れて決着が付く。タンカードは良い戦力を集中して派遣した。僕がそれを上回る戦力を用意した。それだけの事だけど、相手が戦い慣れていると再確認できた。あの夜の男が居たら、こうは一方的にならなかった。
「援護射撃だけして終われそうにありません」
僕が頭を掻きながら言う。攻め込みたくない。でも行かないと駄目だ。
「クスクス、遅~い!」
ソフィが笑顔で背中をバンバン叩く。僕はソフィが密かに一番槍を狙っているのを知っている。僕が動かなかったから付き合ってくれていた。
「なら出来上がった杭を投げて進みましょう。幸い、パリセードには大穴が開いています」
ダニールの言う通りだ。アディは盗賊ギルドから支給されたポーションを呑みながら、まだやる気を漲らせている。ゴロッキ達は「なんでこんな所に来たんだ」と絶望の表情を浮かべている。
「砲撃再開、そして前進です!」
僕は気にせずに前を行く。僕達が介入する前に騎士団が勝つと信じたい。これだけ援護したのだからタンカード以外は倒せるはずだ。でもタンカードを倒さないとこの戦いは終わらない。おーちゃんの一撃が石壁に穴を穿つ。砦の中に入る道は出来た。なら進むだけだ。
応援よろしくお願いします。




