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065 山賊砦の攻防*

 ヘドリックはご満悦だった。アイクが攻略した三つ目の拠点をヘドリック砦と改名し、そこをタンカード討伐の司令部とした。タンカードの拠点はタンカード砦と勝手に命名された。拠点ではなく砦としたのは軍事的な点数稼ぎだ。「砦を攻略した」と報告した方が「拠点を攻めた」より価値がある。ヘドリック砦の本丸は山賊の拠点にしては出来が良かった。スルーブルグから来た騎士は、過去の流通路維持に活躍した砦を山賊が再利用したものと勝手に断定した。


 ヘドリックが滞在する前に出発した先発部隊は急ぎ絨毯を敷き、絵画を掛けた。室内だけならちょっとした下級貴族のハンティングロッジに見える。ここではヘドリックが一国一城の主だ。傍に置いたレイを無理やり手籠めにする事が可能だ。しかしヘドリックはそうしなかった。タンカードを倒せば王手を振ってレイラが手に入る。ここで焦ってタンカードと同じ咎人になる気は無かった。それより自分とレイラの子をどうやって次のスルーブルグ領主にすべきか。ヘドリックの妄想は遥か未来を見据えていた。


 そんな思いを胸にヘドリックはテーブルの前に広げた簡易地図を見た。盗賊ギルドが提供した地図はタンカード砦を中心に七つの拠点が書き込まれている。一つはヘドリック砦だ。残りの六つは全て盗賊ギルドが押さえている。六つの拠点を誰が維持するかで多少揉めたが、ヘドリックは戦力の集中を選択した。軍人としては大正解だが、政治家としては大失態だ。ヘドリック砦へ至る道にある二つの拠点、そしてこの六つの拠点を盗賊ギルドが管理する事でスルーブルグとウェィンブルクの流通を牛耳られた事を気付いていない。ヘドリックならその事を指摘されても「後で取り返せばよい」としか思わない。しかし盗賊ギルドは知っている。スルーブルグにそんな軍事作戦を実行できるだけの資金がない。そしてよしんば実行しても、攻略した拠点を維持できない。騎士団が攻めて来たら逃げて、十日ほどして拠点へ帰れば問題無いと見透かされていた。


 盗賊ギルドは奇しくもアイクと同じ結論に達していた。しかしアイクと違い、城塞都市の外についての知識が欠けていた。それ故にアイクと同じ危機感を持てずにいた。山賊は逃げるのが正解なのに逃げなかった。何故逃げなかったかと考えれば、この状況の異常さが分かったはずだ。


「団長、まずは冒険者を送り込みましょう」


 会議室に集まっている騎士の中で無精ひげを生やした副騎士団長が言う。


「必要か?」


 ヘドリックが懐疑的な目線を向ける。冒険者には一切活躍させたくないのが本心だった。


「騎士は大事です」


 副騎士団長が臆せずに言う。「命が大事」と発言すると臆病風に吹かれたと揶揄される。しかし大半の騎士はこんな所で無駄死にしたくないと考えていた。噂に聞くタンカードは強い。強いがスルーブルグそのものを脅かすほどではない。なら放置すれば良いと考えた。ここまでの戦いでタンカードの手足はもいだ。数年後に回復したらまた叩けばよい。副騎士団長は実に現実的な思考をしていたため、ヘドリックの秘めたる野心に気付けなかった。


「良かろう、一度だけだ」


 ヘドリックが妥協した。一度使えば冒険者ギルドが勝手に功績争いをする。冒険者ギルドがレイラの件で協力すると言うのなら肩を持っても良いとさえ考えた。参加している主要人物全員が全く違う落としどころを見ていたが故に、会議は纏まっている様に見えた。


「なら俺が一番槍だ!」


 そんな会議で爆弾発言をかますレイ。


「「お待ちを!」」


 この会議に参加している騎士団の面々はレイとレイラが同一人物だと知っている。かと言ってそれを明かせないので、レイは表向き騎士団長付きの見習い扱いとなっている。しかし彼は冒険者であり、冒険者が先に動くのなら自分が出るのは当然と思った。


「レイは後詰めだ」


「……」


 レイは不満顔を隠そうとしない。


「レイ、騎士団長の言う事は聞くものだ。それにモールスヴィルのパーティーメンバーも後詰めだ」


 副騎士団長がすかさずフォローに回る。騎士団に不満を持たれては困る。されど一番乗りで死なれてはもっと困る。


「……確かに。あいつらは俺が前衛じゃないとこの戦いはきつい!」


 レイはアイクの事を匂わされては引き下がるしかない。


「良くぞ耐える事を選んだ!」


 ヘドリックがレイの決断を褒める。他の騎士は「下手に増長されては困る」と思うも黙っていた。


 ヘドリック以外の騎士がレイに下手に出るには理由がある。今回のタンカード討伐は久々の大動員だ。三月で無ければ近くの農民まで根こそぎ動員したかったのが本音だ。そんな大動員にあるにも関わらず、領主と次期領主候補で参加しているのはレイただ一人。領主が参加しないのは当然と割り切れても、長男と次男の欠席は看過出来ない。せめて片方だけでも参加していれば、と言うのが騎士団全体の総意だ。そんな中で領主の姪だけが男の格好で参加した。数日前の加護ブレイブ確認の儀で脳を焼かれた騎士に取ってレイは眩し過ぎた。


 領主の息子兄妹は決して遊んでいるわけではない。長男は確認の儀の翌日にフライイングシップで王都へ帰った。レイラの学校行きの段取りと国王陛下の報告のためだ。レイラの加護ブレイブが知れたら三王子が争奪戦を開始するのは明白だ。最悪な事にレイラは第三王子と同じ歳で学校のクラスも一緒になる。長男にとっては「もはや間違いがいつ起こるか」の問題になっていた。そうなれば最大のライバルとして出現したレイラが王家に嫁入りして、長男がスルーブルグ領主を継げるので彼としては消極的に後押しをしても良いと考えた。されど安定感のある第一王子と野心家の第二王子相手に未知数の第三王子が何処まで食い下がれるか。長男は愛用している胃薬の服用量を二倍にした。


 次男は馬車で他の城塞都市行脚に出た。レイラとイリナで地域の軍事バランスが変わってしまった。周りがスルーブルグを脅威と認識して合同でプレッシャーをかける可能性は十二分にあった。本来はレイラを嫁に出すのが正解だが、エリックは絶対に首を縦に振らない。最悪、周りの城塞都市に宣戦布告してでもレイラの嫁入りに反対するのは誰の目にも明らかだった。ならば次男が使える交渉カードはイリナだけだ。どの城塞都市がもっとも良い条件でイリナを嫁入りさせるか。それを見極めないといけない。次男が間違えば地域が戦乱に包まれる危険がある。スルーブルグは王国の端にあるため、道中が通行不可になると中央と断絶する。断絶されてもしばらくは持つが、そうなっては政治的に殺される未来しか無かった。


 こんな苦労をしている兄弟の意に反して騎士団はイケイケムードだ。タンカードを殺して、その勢いのままウェインブルクを略奪しようと気概を上げる若手が多い。冒険者の父親に育てられたレイもまた心情的に騎士団と同調しやすかった。略奪には反対しても、ウェインブルクにタンカードの責任を取らせる事には賛成する。そんな甘い夢に酔いしれているスルーブルグ騎士団の目を覚まさせる一報が飛び込んできた。


「冒険者20人が全滅だと!?」


 ヘドリックが叫ぶ。冒険者との連絡役を任された従騎士が焦りながら頷く。


「と、盗賊ギルドがゲートを開ける手筈でした。なので盗賊ギルドの先導に従いゲートを潜った所で山賊の集中攻撃を受けました」


 従騎士は必死に弁明しながら全責任を盗賊ギルドに被せた。


「もしや裏切ったのでは?」


 副騎士団長が心配そうに言う。


「滅多なことを言うな! あれは騎士嫌いでも領主様を裏切りはしない」


 領主と盗賊ギルドの関係を聞いているヘドリックが副騎士団長の発言を否定する。ここで疑心暗鬼になっては一気に崩れる。だからヘドリックは騎士団単独で事に当たりたかった。一番槍の栄誉を与えた冒険者が無様に負けて士気に悪影響を齎した。簡単な役目を与えた盗賊ギルドがそれすら達成できずに不和の種を蒔いた。何もせずに勝てる状況から、リスクを取って打って出ないと負ける状況までひっくり返された。


「角笛を吹け! 全軍で攻める!!」


「危険です!」


「ゲートは開いたのだろう!? 時間を与えればタンカードは更に防御を固める。今しかない!!」


 ヘドリックは副騎士団長の正論を感情論で粉砕する。そして当初の予定にはなかった全軍による力良しによるタンカード砦攻略が始まった。

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