064
その夜はいつもの夜だった。ヘルクロウのくーちゃんが空から監視し、ゴブリン六体が歩哨代わりに僕達を守っていた。ダイアウルフのうーちゃんはソフィの抱き枕に成り果てていた。僕は焚火の世話をしながら数日後に始まる騎士団の攻勢に思いを巡らせていた。出来る事は全部やったはずだ。小作農の身分を考えると奇跡の大躍進と称えられても良いほど活躍した。それでも一抹の不安がある。
タンカードの考えが読めない。包囲する形で本拠地を守る山賊の拠点は全て落とした。使い道が分からないけど、良からぬ事を考えていたに違いないゴブリンの養殖部屋を二つ潰した。タンカードは丸裸だ。僕なら逃げる。動かせない守るべきものがあるのなら死力を尽くすのは分かる。僕だってレイとソフィが居なければモールスヴィルを捨てている。タンカードがそこにいる理由が分からない。実力でウェインブルクの副騎士団長にまで上り詰めた男だ。状況分析が出来ないなんて甘い考えは持てない。
だからこそ僕は最悪の結論に達する。タンカードは自分の勝ちを確信している。でもどうやって? 結論が出ない事をグダグダ考えている自覚はある。何かヒントがあれば枕を高くして眠れるのに。状況が動かない限り手の打ちようがないのがもどかしい。いっそオーガを無駄に本拠地へ突っ込ませてみるか?
「ふあぁぁぁ……」
眠い。そろそろソフィを起こして寝ようか。
「ガウ!」
うーちゃんが突然飛び上がって吠える。ソフィの頭がドスンと音を立てて地面に落ちる。
「!?」
油断していた気はない。でも敵の接近を許した!?
「ガルルルル!」
うーちゃんが牙を剥いてとある箇所を睨んでいる。
「ゴブリンはそこへ!」
僕はまだ半分寝ぼけているソフィを背中に隠して瞬時に命じる。偵察ならこれで引いてくれると期待する。でも一戦する気なら僕達が不利だ。
「ギャ!」
二体のゴブリンが一瞬で肉塊になる。そして隠れていた男が見えるようになった。
「……」
「ここに来たのなら山賊さん?」
「……」
男が無言で突っ込んで来る。装備は右手に持っているソードブレイカーみたいだ。となると対人戦特化? 珍しい相手だ。不味いな。レイみたいな正当剣術の使い手には天敵だ。レイのために多少のリスクを冒してでも排除する!
「守れ、ゴブリン!」
三体のゴブリンで囲めば一撃は入るはずだ。さすれば倒せずとも撤退を視野に入れるはずだ。
「何ぃぃぃ!?」
ゴブリン三体を瞬殺し相手が僕に迫る! ゴブリンの攻撃は確実に当たった。それなのにろくなダメージを与えられなかった。考えられるのは希少性差による攻撃減退。相手は黄の加護持ち! なんでこんな奴が山賊をやっている!?
「……」
無言で振るわれる刃!
「変わり身の……ガハァ」
ゴブリンを召喚して変わり身の術を発動させるまでは成功した。しかし相手の投げナイフが腹に深々と刺さっている。読まれた上で一撃を食らうとは、相手はとんでもない手練れだ。腹を押さえながら片膝を付いて状況を見る。ソフィのファイアアローがゴブリンごと相手を吹き飛ばす寸前に相手は後方にジャンプした。
「しつこい相手は嫌いよ~!」
ソフィは詠唱を短縮し、もう一発ファイアアローを放つも、距離が開いているだけに簡単に躱される。それでも僕がポーションを召喚して治療をする時間は稼げた。
「強いですね!」
「拠点を潰しまわったのは貴様らか。これほどの使い手を放置したのはタンカードのミスだ」
「賞金首は良い稼ぎになりますから」
「殺すのなら殺されるのは仕方あるまい!」
「殺さずとも殺す山賊がそれを言います?」
「違いない!」
そう言って頭を下げて突進してくる。
「ワイヤートラップをセットして発動!」
相手はそれに引っかからず飛び上がる。
「きゃはは、ファイアアロー!」
空を飛んでは躱せないはず!
「猪口才な!!」
相手は両腕を交差してファイアアローの直撃を受けて後方に飛ばされる。しかし両足で着地したのを見るとダメージは深刻じゃない。
「まさか無傷!? 火属性無効?」
「……」
まただんまりか。だが腕に打撲跡はあっても火傷跡が無いので当たらずといえども遠からず。問題は装備か特性か。
「クスクス、半魔人~」
「!!」
相手が初めて驚く。ソフィはどうやって分かったんだ?
「半魔人が王国に居るなんて珍しいです。ですが種が割れたのは戦い様はあります!」
嘘だ。ただのはったりだけど、こちらに勝ち筋があると思わせないと戦いにならない。
「殺す!」
相手が初めて本気の殺気を出す。並大抵の人間なら臆するけど、僕とソフィは十二分に死線を潜っている。特段恐怖を感じる事は無い。
「顕現せよ、ゴブリン!」
「無駄!」
「分かっています!」
相手は僕が囮でソフィが本命だと分かっている。これをひっくり返す切り札はあるけど、タンカードのために温存しておきたい。タンカードと戦うかも分からないのに温存はどうかと思うけど、敵にもこんな隠し札があったんだ。僕も一つか二つは隠し札を持っておかないといけない。でお、ソフィに危険が及びそうなら容赦なく発動させる準備は怠らない。
ゴブリンが一瞬で倒され僕が相手の剣を受ける。
「今回は逃げないのか?」
「手品が効くのは一度限りでしょう?」
強がって笑う。鍔迫り合いでならギリギリ均衡を保てる。
「ふっ!」
しかし相手のソードブレイカーは武器を壊すのが専門だ。相手が勝ち誇った笑みを見せる。
「くっ!」
バキンと音がして僕の剣が折れる。ソードブレイカーの特性を知らなければここで斬られて死んでいた。
「何ぃぃぃ!?」
僕が顕現させた鉄の槍を持っている事に相手は驚く。
「呼べるのはゴブリンだけではありません!」
力任せに槍を横に振る。相手は必死に距離を取るも、急に武器の間合いが変わって対応しきれなかった。少しだけ右腕を削る事に成功した。人間同士だから加護関係無しに攻撃がそのまま通る。彼を相手にするなら僕の方がゴブリンより強い! そして素早く槍を持ち直して投擲する。
「しまっ!」
武器を手元に顕現出来るなんて埒外の力を見て相手の反応が遅れる。いつも投げているナイフとは勝手が違うけどとにかく前には飛んだ。相手は無茶な躱すも、無茶な姿勢で飛んだために一瞬硬直する。この時を待っていた!
「ブラックフレイム!」
ソフィには使わせたくないけど、使わせないと勝てない必殺の黒炎が相手を飲み込む。
「やった~!」
「……まだ、です!」
喜ぶソフィには悪いけど、相手はまだ立っている。この攻撃を食らって死なないなんて信じられない。僕が切り札を切る寸前に彼の笑い声が聞こえた。
「ハハハ! まさかこんな隠し玉を持っていたとは! 都合が良い」
僕は身構えるも、彼は気にせず捲し立てる。切り札を切る最高のチャンスを失った。
「ああ、残念だ。敵にも黒炎使いが居るのなら遠くへ退くしかない」
全然残念そうじゃない。それどころか逃げる口実が出来て嬉しそうだ。
「良い戦いに免じて一つ教えてやる。タンカードには黒炎は通用しない」
それだけ言うと男の気配が消える。うーちゃんはまだ睨んでいるけど、どうも遠ざかっているのは本当みたいだ。助かった、と思うしかない。
「不服~」
ソフィの発言に力がない。ソフィもこれ以上戦っては駄目だと感じたみたいだ。
「でも彼は本当に逃げたみたいです。騎士団の脅威をまた一つ取り除いたと思えば悪くありません」
彼との戦いに生き残れた事に安堵する。ただ、ソフィの力がタンカードに通用しないのはどういう意味だろう。駄目だ、考えが纏まらない。とにかく白む空を見ながら少しでも仮眠を取って来るべき騎士団の山賊討伐に備えよう。
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