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058 様々な策謀*

 イリナは浮かれていた数日前の自分を叱りたかった。領主の姪であるレイラの手を取り、人生が上向きになると思った。上向きになりはしたが、まさか最初の公務がスルーブルグの上層部しか参加が許されていない一大イベントになるとは想像もできなかった。もはやイリナに逃げ場無し。


 スルーブルグの領主が治める領地にある唯一の大聖堂は荘厳な雰囲気に包まれていた。五百人以上は余裕で座れるのに集まった人間は百人と少し。閑散としている分だけ建物の威圧感が半端なかった。


「シャキッとして笑みを浮かべていろ」


 魔法隊の部隊長を務める男がイリナに耳打ちする。イリナは必死に彼の陰に隠れる。


「ほっほっ、しょせんヒーラー枠で呼ばれた身。気負う事は無い」


 後ろから領主お抱えの老ヒーラーが呟く。参加している魔法隊から選ばれた数人が相槌を打つ。部隊から参加しているのは隊長、貴族の血縁、そしてヒーラーだけだ。隊長とヒーラー二人は貴族の血縁でもあるので、純粋な平民枠で未成年なのはイリナだけだ。頼れるか分からないが、少なくとも敵ではない先輩のアドバイスもあり、イリナは落ち着く。そうなると今度は周りの会話が耳に入ってくる。


 少し離れた所に居る恰幅が良い男の周りに集う煌びやかな面々がイリナの名前を挙げた。イリナは男の名前が分からなかったが、その衣服から商人だろうと当たりを付けた。


「あのちっこいのは?」


「ヒーラーらしいですぞ」


「まあ、若い子が見つかるなんてエリック様の人徳かしら?」


「あの見た目では二人目の隠し子の線は薄そうですなぁ」


「同じ私塾に通っている息子の話ではスラム出身とか」


「そうなの?」


「親がいないのなら……」


「「……」」


 一瞬ではあるが、彼らはイリナを品定めするために見た。イリナは一歩下がりそうになるも、レイラの殺気に比べれば可愛いものと思えば我慢できた。彼らの興味は一瞬で他に向かったが、不愉快なのは変わりなかった。


「気にするな。加護ブレイブを持つ天涯孤独の人間を養子にするのは良くある事だ」


 エリックとレイラが事前に隊長にお願いしていたため、彼が解説する。どうも普段より饒舌らしいとイリナは気付いたが理由までは分からなかった。


「ほっほっ、あれが商人ギルドのサブマスターだ。はて、あの男は自分の欲に食われる前に死ねるか」


 老ヒーラーが興味無さそうに補足する。


「ちょいちょい、あっちあっち」


 魔法隊の女性がイリナの肩を指で叩いて、少し遠くにいる集団を指差す。


「嫡男様と次男様だ。領主様のお子様は二人だけだから絶対に覚えろ!」


 部隊長が強い口調で言う。イリナは必死に頭を縦に振り、聞き辛い会話を聞き取ろうと努力する。


「父上には困ったものだ」


 二十五歳になる長男は髭を弄りながらため息をつく。普段は王都の屋敷で他の貴族と腹の探り合いをしている。似合わない髭も若く見られないための苦肉の策だ。そろそろ妻を取らなければいけないのだが、王都の政治的なゴタゴタでそれが適わない。王位を巡って争う三王子の誰に味方するかで領地の未来が決まる。エリックは国王派と言う日和見を選んでいるが、それは長男には許されない贅沢だ。


「凄く美人な姪が出来て兄上は何が不満なんだい?」


 二十一歳の次男は男には長すぎる茶髪を浴び貸せながら聞き返す。遊んでいる様に見えるが、実際には遊び人だ。ただ彼は他の城塞都市で遊んではそこの領主一族と親しくなったり、地域の情報を得たりと頑張っている。地域の領主がどの王子に付いたかの情報を得る度に誰にも気付かれずに苦悶の表情を浮かべている。父の過去を考えれば仕方がないと諦めているが、その分だけ兄の動きが遅い事に内心怒っている。


コモン加護ブレイブなら姪として可愛がるさ」


「はは、それ以外ありえないだろう? それに女性は加護ブレイブを授からない家系じゃないか」


無加護ノーブレイブなら最高だが、父上とヘドリックの入れ込み用からして加護ブレイブ持ちだ」


「婚姻の玉にはなるか」


 次男は頭の中で算盤を弾く。姪が勘定に入るのならそれぞれの相手を三派閥から取れば良い。誰かは確実に生き残る。


「父上の前では言うな。勘当されるぞ」


 長男が次男に近づいて呟く。


「はは、めでたい日には不適切か。それより兄上、近隣領地から呼んだ友人を紹介しますよ」


 次男は多少不自然に話題を変え、長男と遠くに座る招待客の方へ向かう。


 イリナは話を聞いたが何も理解できなかった。ただ漠然と「貴族は怖い」と思った。遠くに行った領主の息子たちが他領の者から「イリナを嫁にくれ」と迫られているのを知らなかったのは幸せだ。ヒーラーは貴重であり、三人も囲っているエリックは「持ち過ぎ」とやり玉に上がっていた。


「皆さま、静粛に! 静粛に!!」


 司教付きの司祭が声を上げる。


「始まるぞ」


 部隊長の呟きを聞いてイリナは頷く。


 ギギギと大聖堂の扉が開かれ、エリックにエスコートされたレイラがゆっくり入ってくる。レイラは真っすぐ前を見据える。その美しさに観衆が騒めく。イリナも数日前に話した人物と同じかと一瞬疑う。レイラが一歩進むだけで感嘆の声が上がる。彼女を良く見ようと無理やり前に出ようとする者と、それを押しとどめる者でちょっとした騒ぎが起こる。それらを全て無視してレイラは司教の前で膝間付く。エリックは少し距離を開ける。


「レイラ様、確認の儀を始めますが、よろしいですか?」


「はい、司教様」


「うむ、ならば今からエリックが姪、レイラに神が授けし加護ブレイブを顕にせん!」


 司教が詠唱を開始すると彼の周りに視覚化出来る魔力が集まる。多くの人間が感動する中でイリナだけは冷めた目で見ていた。ソフィに劣る。それがイリナの辛辣な評価だった。敵を殺す類の魔法では無いので、詠唱の無駄は取り残され、魔法の構築速度が遅い。遅いから無駄に長い詠唱が必要なのにイリナは気付かない。手練れの司教は魔法の発動に120秒掛かる。もしソフィがこの魔法を発動できれば15秒で終わる。


 魔法が発動し、光の粒子がレイラに降り注ぐ。コモン加護ブレイブはここで終わる。それでも十分だ。親族から加護ブレイブ持ちが出たら領主は大いに喜び、来年一年を無税とする事すらある。ここで終わりかと観衆が思った矢先、薄いもしっかりとした一条の光がレイラに当たる。


「「おお!!」」


アンコモンだ」


 見上げるイリナに部隊長が短く答える。スルーブルグで生きているアンコモン加護ブレイブ持ちはレイラを入れて四人しかいない。エリックの家系では二百年ぶりの快挙となる。しかしこの快挙を快く思わない者がいる。エリックの長男は笑顔を浮かべながら左手をきつく握り過ぎて血を流す。次男は誰に嫁がせても問題しかない姪の将来を考えて冷汗を流す。


「レイラ様の授かった加護ブレイブアンコモンなり。その名は『ホワイトナイト』なり。片手に剣を取り、片手に癒しの奇跡を纏い、人類の未来を守る加護ブレイブなり!」


 トランス状態の司教がその老齢に不釣り合いな大声で叫ぶ。そしてそのまま場に崩れ落ちる。観衆はまるで神の雷に打たれたかのように静まり返る。司教の無事を確認するために司祭の多くが彼に駆け寄る。司教が倒れたのに驚いたのか、クレセクと呼ばれる助祭が気絶する。


「スルーブルグの諸君、そして近隣より集まってくれた客人。正式に紹介しよう。彼女のはレイラ。私の姪でこのスルーブルグの宝だ!」


 いち早く茫然自失から回復したエリックがレイラを立たせ、集まっている観衆にレイラを紹介する。それに観衆は万雷の拍手で応える。この時を持ってレイラは領主家の人間と世間一般に認知された。そしてそれはレイラを巡って熾烈な暗闘の開始を意味していた。


「良かったです」


 イリナはその程度の事と思った。しかしこれから毎日、ヒーラーの教練でレイラと顔を合わせる未来に彼女は気付いていない。更にレイラにヒーラーとしての適性があると神のお墨付きがあるのなら、領地間のバランスを維持すらためにもイリナの出荷が決定事項となった。魔法隊の面々には無邪気に喜ぶイリナにこの事実、そして邪魔・・なエクターが辿るであろう末路を話さないだけの良心があった。

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