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057 少女の策謀*

 イリナは浮かれていた数分前の自分を叱りたかった。魔法隊見習いに配属されて一月と少しが経過し、やっと新しい生活に慣れだした。不満があるとすれば、兄であるエクターが多く外出する様になり寂しい事くらいだ。そんなとある日、イリナは幻とも噂される領主の姪に呼び出された。イリナは最初困惑した。回復魔法が使えるとはいえ、しょせんはスラム育ちで礼儀作法を取り繕えるほどではない。虐められるのかと内心ビクビクするも、逆らえないので仕方なく案内の侍女に付いて行く。途中で領主と謁見した時のドレスに着替えさせられる。イリナは「悪くはならない」と安堵した。これが間違いであると気付いた時には既にレイラと対面する形で椅子に座っていた。


 イリナの前には煌びやかなドレスに身を包んだ絶世の美少女が座っていた。貴族の女性にしては少し髪の毛が短いが、一年もすれば腰まで流れるようなブロンドになるのは誰が見ても明らかだ。それよりも普段はどうやってその双丘を隠しているのかが気になった。まっ平なイリナは頭の中でイメージしょうと頑張るも、自分の小ささに絶望するだけに終わった。胸だけを凝視出来ていれば幸せだったかもしれないが、顔を合わせないのは失礼だ。レイラは優雅な笑顔を零しながら、殺気の籠った目でイリナを見据える。


「ひぃぃぃ……」


 イリナはまるで蛇に睨まれた蛙の如く、悲鳴すら上げられなかった。


「おいおい、そんなに怖がるなよ。ちょっと話があるだけだぜ。ああ、知っていると思うが俺が領主の姪のレイラだ」


「イ、イリナでしゅ」


 目の前の美少女が完全な男口調で話すショックで一瞬幼児退行するイリナ。


「で本題だが、イリナはアイクの事をどう思っている?」


「アイクさんですか……」


 イリナは足りないと自覚している知恵で必死に考える。正解を見出そうとするも、結局は出来ずにありのまま話す。


「私達兄妹の命の恩人です。え~と、それで切れ者なんですけど偶に大ポカをやってソフィさんが頭を叩いているみたいな~」


 イリナは目を必死に逸らそうとするも出来ない。


「良く見ているじゃないか」


 声色が一オクターブ下がる。


「み、見ていると言うかそれしか見るものが~」


 イリナは命懸けで取り繕う。


「まあ良いな。男としては?」


「男?」


「そう。好きとか、……結婚したいとか」


 レイラが一瞬言い淀む。


「全然」


 即答だ。


「え?」


 ここから出奔してでもアイクと一緒になる覚悟を決めているレイラには効果抜群の不意打ちだ。


「将来を考えるのなら都市で定職を持っている人でないと! 私塾の女の子も『文官が狙い目』だって言っていました! 私は兄みたいに力強い戦士か騎士でも良いんですけど~」


 イリナはスラムで酷い前半生を過ごしたから、将来について人一番拘りがあった。最低でも定職持ち。欲張るのなら定職と加護ブレイブを両方持った男に狙いを定めていた。小作農なんて以ての外だ! それにイリナはアイクから「僕は加護ブレイブを持っていない」と教えらえていた。アイクの不思議な力は凄いと感じ入るも、世間に評価されない力を持つ男に体を預ける勇気は無かった。エクターとイリナは「人並みの生活」を求めてアイクの手を取ったのであり、歴史に名を残すような野心はこれっぽちも無かった。


「うん、分かった。もう十分だ」


 レイラの殺気が霧散する。


「はぁ?」


「そんなイリナに頼みがあるんだ」


「出来る事でしたら」


「アイクの近況を知りたい。昔なら屋敷を飛び出して行くんだが……」


 レイラは大きくなった胸を両手で持ち上げる。


「それくらいならお任せください! でも冒険には同道しないのでそっちは兄からの又聞きになります」


 イリナは簡単な仕事だと考えた。加護ブレイブの事さえ黙っていれば達成出来るはずだ。


「俺を外して冒険なんて許さないから!」


「はいぃぃぃ!!」


「と言っても二人は今頃南西だろう? 絶対に合流してやる!」


 レイラが諦めたかの様な声色で話す。


「私が兄から聞いた話ですけど……」


 イリナは必死に話した。レイラは興味深そうに聞き、時には笑い、時には鋭いツッコミをした。そうしていたらかなり時間が経っていた。


「レイラ様、そろそろ」


 レイラの後ろに控えていた侍女が「時間です」とやんわり言う。


「ああ、そうか。ちっ、仕方がない」


 イリナは生き延びた事を神に感謝した。


「褒美は何が欲しい?」


「え?」


 そんなイリナの気なんて知らずにレイラが問う。


「情報をただで貰うわけにはいかない。イリナはこういうのは初めてか? 適当に何個か言ってみて」


「兄……。それでしたら兄の事を頼めないでしょうか?」


 プレッシャーで真っ白になって最初に出た言葉は兄を案じる言葉だった。


「エクターか。ファイターの加護ブレイブを持っている男だな」


「はい」


「冒険者に拘りはあるか?」


「ありません!」


「ふむ……う~ん……ああ……良し! 俺が推薦して戦士団に抜擢しよう!」


 スルーブルグは騎士団を始めとして様々な戦闘部隊を抱えている。戦士団は冒険者ギルドが嫌いなエリックの肝入りで設立された比較的新しい集団だ。その実態は固定給で雇われているコモン加護ブレイブを持つ冒険者だ。コスパの面では冒険者にダブルスコアで負けているため、他の領地では余り採用されていない。それでも領主に忠誠を誓い、騎士と連携出来る戦力は運用次第で化ける。山賊王レタードから取り返した村の防衛などではかなりの成果を上げている。


「戦士団は狭き門では?」


「領主の姪の立場を使えば数人はねじ込める。それにこれはイリナに取っても良い話だ」


「私ですか?」


「イリナは宿屋に滞在しているだろう? アイクが帰ったらどうする?」


「か、考えていませんでした!」


「責めているわけじゃない。魔法隊なら部屋か家を用意して貰える。でもそこにエクターの場所は無い」


 エクターとイリナに取っては「一緒に住めない」事が一番のネックになっていた。


「戦士団の扱いは魔法隊と同じだ」


 それを見透かしてレイラが言う。


「それなら!」


「イリナが成人するまで一緒に暮らせる場所を用意できる」


 いずれエクターが嫁を取ってイリナは居辛くなるだろうが、それはまだ先の事だとレイラは考えた。戦士団の内情を詳しく知っていれば、入団とほぼ同時に結婚させられる事を知れた。領主に取って戦力と期待出来る加護ブレイブ持ちに求める一番大事なものは信用だ。スラム育ちのエクターには信用の欠片も無い。なら領主の機微を理解できる妻と言う外付け信用装置を取り付けるのは当然の行為だ。


「受けます! 受けさせてください!」


 イリナは兄もきっと分かってくれると信じた。最近のエクターは盗賊ギルドの二人と良くつるんでいる。これが無ければもう少し慎重に動いたに違いない。アイクに相談しても「実害は無い」と冷たい。アイクが動かないのならイリナではどうする事も出来ない。でもレイラの権力でエクターが戦士団へ入れば無理やり関係を断てる。それにこの件に関してはイリナには心強い味方がいた。ソフィはイリナ以上に二人を嫌っていたが、アイクの手前黙っていた。ソフィはエクターがいなければ「後は任せて」と言っていた。


「良し! これで契約成立だ」


 レイラの差し出した手を取るイリナはこれから更に人生が上向きになると確信した。善意で動くレイラならきっと良い感じで事を進める。しかし既に悪意でしか動かないソフィの手を取っていた事を幼いイリナは知らない。

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