056 領主の策謀*
領主の館にある会談用の部屋で三人の男が座っている。かつての焦燥した姿は無く、三人ともやる気に満ちている。この部屋も以前より掃除が行き届き、心なしか明るい。三人の話題は領地の未来を決めかねない南西の山賊討伐に移る。
「タンカードか」
スルーブルグ領主エリックがため息をつく。レイラ経由でアイクの手紙を知ったエリックは当初の予定に大幅な修正を迫られた。レイ(・・)の箔付けに南西の山賊討伐を利用する計画が思わぬ大物の登場でとん挫した。しかし計画は騎士団と盗賊ギルド、更には商人ギルドまで巻き込んで実行する大規模な軍事行動だ。騎士団が出撃するまで二週間を切っていては「強敵現る」の一報で予定を変更するのは困難だ。
「やっと敵と戦えそうだ! 私たち騎士団に任せろ!」
騎士団長ヘドリックが自信満々に言う。山賊王レタードのクワックヴィルが謎の大火災に見舞われ、彼を監視する騎士団が暇をしているのが災いした。ヘドリックはなんとしてでもタンカードの首を上げる功績を欲した。それを持ってレイラを自分のものにしようと画策していた。去年まではロウェンナが目を光らせていたが、レイラは無事に外面を取り繕える様になって気が緩んだのか、最近は床に臥せっている。ヒーラーの診断では春までは持たない。
「想定される騎士団の被害次第で手打ちを考えるべきです」
執事長のニールが努めて冷静に話す。家宰と執事長、更には市長の仕事を兼任している多忙な男だけに今の領地に余裕が無いのを一番肌身に感じていた。タンカードを倒してウェィンブルクに攻められるほど弱体化しては意味がない。それどころか、タンカードが山賊をやっているのはウェィンブルクの謀略ではないかとすら疑っていた。
「貴様は山賊を野放しにすると言うのか!」
「レイラ様のおかげで山賊の行動パターンが分かりました。中小商人には一丸となって移動する様に伝えれば被害を抑える事が出来ます。獲物が狩れない野獣は飢えるのみ」
タンカードは大商人を狙わない。タンカードは戦えば勝つと確信している。しかし大商人は貴族と繋がっている。政治的な面倒ごとに発展して騎士団が差し向けられるのを嫌った。例え古巣の騎士団が攻めてきてもタンカードは勝てる前提で行動している。されど山賊の受ける被害は甚大だ。立て直しに無駄な数年を掛けるくらいなら大商人を見逃すのは苦ではない。
ニールはその事に着目し、護衛する冒険者を増やせばタンカードが襲う確率が減ると考えた。最初は効果的だろうが、タンカードならすぐに対応するとエリックとヘドリックは考えた。
「それをするのならウェィンブルクと共闘した方がマシだ」
エリックが上策を提示する。派閥が違うとはいえ、山賊討伐なら共闘できると考えた。それにウェィンブルクの元騎士が関わっているのなら、エリックがその事実を盾に主導権を奪えると考えた。
「あいつらと! 私は反対だ」
しかし現場指揮官のヘドリックが猛反対をする。先代が急死した折にウェィンブルクと軽い小競り合いに発展した。その戦いで仲間を失ったヘドリックはウェィンブルクを一切信用していない。先代が死んだ際に近隣領主が「実力を試す」と言う体で攻め込む事はある。しかしウェィンブルクは事前告知の作法すら無視してスルーブルグの南西にある村を複数焼いた。実行犯の若い騎士はこの功績で後に副騎士団長に昇進した。
「数で攻めるのは有効な策です。代わりに冒険者ギルドの人員を使いますか?」
ニールは主君を持ち上げながら、代案を提示する。ニールはヘドリックと様々な事柄で対立するが、「ウェィンブルク憎し」と「レイラ様可愛い」の二点だけでは以心伝心だ。
「冒険者か」
「冒険者など!」
エリックとヘドリックが揃って不満を表す。しかし頭数の必要性は理解しているため、一方的に却下するのは思いとどまった。三人は未だマリアの死因が冒険者にあると逆恨みしている。レイの父親がレイラの事を黙っていたので感情のしこりは更に複雑になった。それでも関係の断絶は現実的では無いので、少し前までは距離を取るに留めていた。
「レイ(・・)だけ参加させると問題になります。冒険者ギルドの必要性は説くまでもありません」
「そう言われると弱い」
エリックが汗を拭う。レイが金貨200枚の賞金首を取った事になっている。それは冒険者ギルドがエリックとの関係改善を期して口裏を合わせて初めて可能だ。冒険者ギルドの方でもそろそろタンカードの名を耳にしている。未成年のレイが参加するのなら、他の冒険者を参加させてほしいと嘆願する。タンカード討伐が成れば、参加した冒険譚全員に箔が付く。それを裏付けるかの様にスルーブルグの吟遊詩人はレイの活躍を高らかに歌っている。さらし首になって三日も経っていないのにスルーブルグの民は吟遊詩人が語るレイの活躍に熱狂している。真実を知らないからこそレイの賞金首との戦いは盛るに盛られた。
「レタードがあれほど情けない男だとは思わなかった!」
ヘドリックは敵であるレタードをこき下ろす。冒険者を加えるのは仕方がないので、彼らの参戦を断れる口実の不備を詰る。「騎士団が南西に集中する間は冒険者がスルーブルグを守る」と言うのは常識的な軍事作戦であり、反対意見を出すのは出費が嵩むのを嫌う財政担当だけだ。
「騎士団と冒険者でタンカードを討つ! ヘドリックは騎士団の準備を急がせろ。ニールは冒険者ギルドを担当しろ」
「「はっ!」」
エリックが決断を下す。ベストではないかもしれないが、今の流れに乗ったベターな案だとエリックは確信していた。ヘドリックとニールも基本方針に異を唱える必要を見いだせなかった。
「エリック様、レイ(・・)が動くのなら加護の確認をすべきです」
ここでニールが変化球を投げる。
「可能ではあるが、レイラはレイとして成人式に出ると言い張っている」
エリックが悩まし気に言う。
「はい、なのでレイラ様の加護を確認しましょう」
「レイラの!? ふむ、それは名案かもしれない。『ロウェンナのため』と言えばレイラは頷くか」
加護は成人式に神から授かるとなっている。しかし貴族となればその前に秘密裏に確認するのが多い。大衆が見ている前で加護無し(ノーブレイブ)となれば貴族家の醜聞に発展する。そうなる前に病死扱いにする家が多い。貴族の間では暗黙の了解で十五歳になった元旦以降なら加護を確認しても天罰は下らない事になっている。
「確かに。加護次第でレイの配置を変えても良い」
加護が戦力に直結するだけにヘドリックは乗り気だ。
「幸い、タンカード討伐へ赴く主要組織の要人が集まる会議が三日後にあります。司教様に少し無理を言ってその日に儀式を執り行いましょう」
レイラの事実上のお披露目だ。彼女がモールスヴィルへ帰らないために正体を隠す理由が無くなった。モールスヴィルへ派遣したクレセクが思いのほか無能だった奇貨がこのような形で実を結ぶとは誰も想定出来なかった。クレセクがモールスヴィルを掌握していればレイが女性とバレても教会の権力で彼女を保護出来た。しかし村長の力が依然強い村ではレイアの貞操が危ない。村長かその一族がレイアを手籠めにすれば、それだけで領主は行動を封じられる。レイラの秘密を知る者は誰もそんな未来を望んでいなかった。
「この忙しい中に私の仕事を増やすか」
エリックが笑いながら言う。招待客へ送る手紙は領主が手ずから書く事になるので増える仕事に辟易する。しかし美しく育った姪をやっと自慢出来ると思えば苦にはならない。それを分かっているからニールはいつもの様に「自分が代筆する」とは言わない。
「今年は自信を持って春が近いと言えそうだ!」
ヘドリックが破顔一笑する。彼にはレイラの手とタンカードの首で両手に華を持つ未来しか見えていない。エリックとニールは冷笑する。レイラを巡っての暗闘は始まったばかり。ヘドリックより厄介な多くの勢力が入り乱れる未来を幻視する。
応援よろしくお願いします。




