005
敵はゴブリン2体だ。僕の先導者が1体を倒しても、もう1体に倒される。ならここは数を増やす!
「我はグリモワールを持つ者、アイク! アイクの名の下に顕現せよ、ゴブリン!」
召喚に必要な魔石のコストは手持ちの白の魔石で支払う。カードと魔石2個が光の粒子となり、僕の前に一体のゴブリンが召喚される。
「先導者は右のゴブリンにアタック! ゴブリンは左のゴブリンにアタック!」
先導者がゴブリンを倒し、ゴブリンがゴブリンと相打ちになる。カード一枚と白の魔石2個を消費して白の魔石3個を得た。前世なら召喚したクリーチャーが数ターン持つことが稀なのでこれで問題無かった。しかしここではそれが致命的になる。召喚したクリーチャーを如何に失わずに勝つか。駄目だ。僕では思いつかない。
ならどうやったらカードを補充出来るか考える。トレカショップがあるとは思えない。かと言って今のデッキで終わりとも思えない。何かあるはずだ。何か手掛かりがあるかもしれないと残った十枚のカードを確認する。ゴブリンに襲われた時は生き残る事を優先してクリーチャーカードしか真剣に見ていない。
「残りはクリーチャーカードのゴブリンが二枚。武具カードが二枚。魔法カードが三枚。アーティファクトが一枚。アーティファクト?」
白の「カードキューブ」カード。コストは白白白白のアーティファクト。マナを吸収して一定値に達するとカードを生成する。
「これは顕現させればカードの問題は解決か? 安心は出来ないけど、カードが補充できると信じて今を生き残るしかない!」
「きゃあああああ!!」
僕が安心したのと同時に外から悲鳴が聞こえた。先導者は驚いて食べているゴブリンの死骸を落とす。
「この声! ソフィか?」
僕は家に籠るのが正解だと言う事を忘れてソフィを助けに向かう。今の僕なら救える。今の僕なら前世では慣れなかったヒーローになれる。そして僕のそんな願望は家を出た時に完膚なきまでに粉砕される。
ゴブリンに乱暴されそうになっていたソフィの左半身が燃えていた。そしてその炎は彼女に覆いかぶさろうとしたゴブリンを容赦なく焼いた。順番待ちしていた二体のゴブリンまで焼いて炎が止まる。
「ざまぁ!」
ソフィが話せば黒い灰が口から出てくる。
「ソフィ! ソフィ!!」
僕はその光景を見てまた失禁するも、最初からびしょ濡れなのでソフィはきっと気付かない。そして彼女の名前を呼びながら火傷で爛れた体の横に跪く。
「父が私を守ろうと……。でもこれで母とティムは無事……」
ソフィはうわ言の様に呟く。
「ああ! ソフィがゴブリンを焼き滅ぼした!!」
人間は魔法を使えない。ただし加護を授かれば魔法を使える。ソフィは僕と同じ様に死の瞬間に覚醒したんだ。こんな非常事態なのに同じ人がいる事に喜ぶ。僕だけが変じゃない。
「ふっ、嘘でも嬉し……」
それだけ言ってソフィは気を失う。左半身が真っ黒だ。この火傷では絶対に死ぬ。
「死なせるものか!」
僕は辺りを見回す。誰も見ていない。
「我はグリモワールを持つ者、アイク! アイクの名の下に発動せよ、ヒーリング!」
白の魔石3個で回復魔法を発動させる。ソフィの火傷を治すには至らないけど、内部のケガはこれである程度治るはずだ。
ソフィをここに残すわけにはいかない。しかし何処に動かせば良いんだ。村の生き残りは村長の家か教会に避難するはずだ。村長宅の一階は石造で教会は木造だ。教会に避難した人は助からないだろう。そしてソフィの家族は村長宅を目指していた可能性が高い。ゴブリンの先導者に魔石を回収させ僕はソフィを背負う。本当は先導者に背負わせたいけど、先導者は僕の生命線だ。出来る限り戦闘能力を維持した形にしたい。
「魔石を回収しながら村長宅を目指す」
「ゲ」
ゴブリンの先導者はスカウト技能を持っているのか、他のゴブリンを的確に奇襲して村長宅へ近付く。もちろん白の魔石の回収は忘れない。僕が「グリモワールオープン」と宣言して戦う時より動きが良い。戦い方を使い分けた方が良い気がする。でもここで検証する余裕は無いのでとにかく進む。
「こなくそ! 親父の仇め!」
村長宅に近づくと戦いの音が聞こえる。信じられない。全員中で震えているのではないのか!?
僕は半壊した屋敷から頭だけ出して状況を確認する。そこにはレイが一人で三体のゴブリンと対峙していた。ゴブリンの後ろに一体だけ180センチはありそうなゴブリンが控えている。あれが残ったゴブリンを統率している個体に違いない。あれさえ倒せば残りのゴブリンは散り散りに逃げるはずだ。今すぐ飛び出してレイを援護したい! でも僕とゴブリンの先導者が出ても状況は余り好転しない。
有効打が思いつかないで時間だけが過ぎる。レイはゴブリンの攻撃を紙一重で躱しカウンターを叩き込む。レイは父親から戦い方を習っていた。それがこのピンチで花開いた。しかし加護が無いレイではゴブリンにダメージを与えられない。レイのATKが100だとすると、白のゴブリンには10のダメージしか与えていない。だから大人十人掛かりならゴブリンを一体倒せる。そんなことをしたら国が立ちいかないので加護持ちにモンスター討伐は任される。
レイは単身その常識に挑んでいる。僕が直視するには眩し過ぎる。
「死なせるものか! 僕はレイと生きる!!」
ソフィを降ろし、丁寧に大地へ寝かせる。その間もカードを切る順番を何回も頭の中で反芻する。一度でもミスったらレイは死ぬ。僕も魔石を使い果たして死ぬ。
「グリモワールオープン!」
僕は叫びながらレイに近づく。
「え?」
驚くレイを無視して一気にまくし立てる! 普通なら絶対に間に合わない行動も、今この状況なら成立させる事が出来る!
「僕のターン! 我はグリモワールを持つ者、アイク! アイクの名の下にレイに『伝説の戦士』の加護をオーバーレイ!!」
一瞬カードの枠がレイの上に光、優しい光がレイに降り注ぐ。レイは加護を持たない。ならオーバーレイカードで後天的に加護を重ねるだけだ。これでレイは白の伝説の戦士になった。300/300のステータスならゴブリンに後れを取る事は無い!
「これは? 傷が無くなって力がみなぎる?」
レイが驚く。でもそれは錯覚のはずだ。ゲームではオーバーレイをするとLIFEがオーバーレイ先のLIFEに切り替わるから全回復した様に見えるだけだ。
「アイクの名の下に顕現せよ、ゴブリン! ゴブリンの先導者とゴブリンでそれぞれゴブリンをアタック!」
敵のゴブリンは一体。
「アイクの名の下に発動せよファイアアロー!」
白の魔石一個で100ダメージを与える優秀な攻撃魔法が最後のゴブリンを倒す。
「……ターンエンド!」
後ろに控えている大きいゴブリンを倒したかった。しかしレイを動かしても返り討ちだ。勝たない限りグリモワールは閉じられない。この制約が無ければレイの身体能力に賭けるんだけど、僕の力は融通が利かない。敵は白のゴブリンウォリアー、100/400と言う破格の性能を有している。それに【2回攻撃】を持っているため攻撃力が実質200だ。
ここでレイを攻撃してくれたら次のターンはゴブリンの先導者で止めを刺す。ここでゴブリンの先導者を倒し、2回目の攻撃でレイを攻撃すれば次のターンはレイの攻撃で勝てる。ここでゴブリンの先導者を倒し、なおかつ2回目の攻撃を放棄したらピンチだ。そこまでの節制が無いことを祈るしかない!
「畜生!」
ゴブリンウォリアーはゴブリンの先導者のみを倒し仕切り直す。
「大丈夫だ、俺がいる!」
悔しがる僕を励ますためにレイが自信満々に叫ぶ。
「ふ、大丈夫だ! 切り札はちゃんと用意してある!」
出来れば魔法は使い切りたく無かった。
「僕のターン! 我はグリモワールを持つ者、アイク! アイクの名の下に発動せよストレングス! 対象はレイ!」
白の魔石一個で一ターンだけ攻撃力を+100する。これでレイの攻撃力は400。ゴブリンウォリアーの攻撃を受けて100ダメージを負ってもLIFEは200残る。
「行け、レイ! ゴブリンウォリアーに攻撃だ!」
「任せろぉぉぉ!!」
レイがゴブリンウォリアーの対格差をものともしない動きで斬りかかる。レイの斬撃がゴブリンウォリアーの右わき腹を抉る。ゴブリンウォリアーがもっているこん棒を振り下ろす。レイは何故かそれを回避し、ゴブリンウォリアーの右腕を斬り落とす。そして流れるような作業でゴブリンウォリアーの首を叩き落とす。
グリモワールが閉じる。僕の勝利だ。レイの勝利だ。僕達の勝利だ! でもなんでレイはあの一撃を躱せたんだ? グリモワールのルールは僕が思っているほど絶対ではないのか? これはしっかり検証しないと怖くて使えない。
「ありがとうアイク。おまえのおかげで勝てたぜ!」
「レイならきっと勝てると信じていた」
僕とレイは拳をぶつけてお互いの健闘を称える。
これで日常が戻る。戻ると信じていた。
それが馬鹿な子供の幻想だと知るのに時間は掛からなかった。
応援よろしくお願いします。