049
朝食の後にアディとダニールが訪ねて来た。アディの顔は腫れ上がって右目が開かない。思ったより強い力で殴られたか。
「がるる!」
狭い部屋に数的劣勢が嫌なのか、アディは周りを威嚇している。どこの狂犬だ、とツッコミたい。
「いやぁ、今日は快晴になりそうです」
ダニールはもっと頑張れ。
「イリナ、治療を頼む」
警戒して今にも剣を抜きそうなエクターを押さえて話を進める。
「は、はい!」
イリナが恐る恐るアディに近づき詠唱を開始する。流石のアディもあのチョーカーをしている少女に噛みつく勇気は無いみたいだ。強きに媚び諂い、弱きに暴力を振るう。まさしく小物だ。しばらくするとアディの腫れが引いて右目を開けられる様になる。
「見えるぜぇ」
「良かったですね姉貴」
ダニールは本当に喜んでいる。二人の関係は複雑だ。
「イリナの加護が本物だと分かった事ですし、僕達はそろそろ出ましょう。初日から遅れると面倒です」
「そうだな。つうか俺が行っても大丈夫なのか?」
「イリナの保護者として行くしかないです」
妹が心配ゆえに自分が行くと迷惑になると心配するエクター。
「何処に行くか聞いても?」
ダニールが問う。
「まずはイリナを領主様が指定した私塾に連れて行きます。それが終わったらエクターさんの冒険者登録です。時間があれば下水道掃除ですね」
「図書館が抜けているでしょうが~!」
ソフィが行動予定に異を唱える。
「あの私塾からなら、図書館がルート上にあります」
ダニールが語る。土地勘があるのは助かる。
「ならダニールの行ったルートで行きましょう」
僕はあっさり同意する。信じて大丈夫なのかと一瞬考えるも、僕達を闇討ちするのならもっと信用を稼いでからだ。それに盗賊ギルドに取って目の上のたん瘤な南西の山賊を倒すと言っているのだから、仕掛けるのなら山賊討伐の最中か後だ。
外に出た僕達をアディ達は見える位置で追う。隠れて監視しているのが本命だと思うけど、僕ではまだ全員捉える事が出来ない。そういう事を補助出来るマジックアイテムがカードから出るのを期待する。私塾はスルーブルグにあるゲート式コミュニティの中にあるらしく、イリナのチョーカーが無ければ門すら潜れなかった。アディ達は当然中に入れなかった。
スルーブルグの中流階級の上層が住んでいるだけあって建物全体が奇麗だ。大抵は二階建てでガラス窓が嵌っている。僕以外は全員お上りさん状態だ。知りもしなかった格差を目の当たりにしたのは幸か不幸か。そしてイリナはここが彼女に取っての普通になるのを受け入れられるか? エクター兄妹の将来が心配になってくるけど雇用期間中は爆発しないので他人事だ。雇用期間が伸びるなら僕の方で何か考えないといけなくなる。
私塾に到着したらイリナと別れるだけと思っていたら老齢の男教師が中の案内をしてくれた。エクターは恐縮しまくっていたけど、僕とソフィは興味深々で突っ込む。
「この私塾は10歳から15歳の子供に魔法の教育しています。毎年生徒数は変わりますが凡そ10人前後です。今年はイリナ君を入れて13人になります」
短い廊下を歩きながら教師が私塾について話す。本人は領主の魔法隊を経由して、40代で一線を退き領主の要請で10年以上この私塾を開いているらしい。現役引退は先代領主の死と絡んでそうだけど、あえて指摘はしない。領主が変わるとベテラン過ぎる加護持ちは自分の進退を考えるのは普通だ。
廊下の先はそこそこ大きい庭だった。そこに8人ほどの子供が詠唱を繰り返している。魔法が発動する兆しは無い。
「加護持ちは居るの~」
ソフィが黒い笑みを浮かべて聞く。加護は成人式で授かると言う嘘が真実となっている。だから究極的には私塾でやっている事は無駄だ。それでも私塾があるのなら何らかの理由があると思いたい。間違った因習を繰り返しているだけでは無いと信じたい。
「成人式で三割程度が授かります」
むッとした教師が言う。
「ふ~ん、なら使えるイリナは貴重じゃん!」
「そ、そんな事は……」
ソフィに褒められて恥ずかしくなったイリナが下を向く。
「否定はしません。加護を授かっているのならそれを伸ばすのが私の仕事です」
良い教師なのかもしれない。領主が指定のだから問題は無いだろう。そろそろ帰ろうと思ったら、目敏い生徒が僕達に気付く。
「先生、その貧乏そうな奴らは的?」
「それならもっとまともな装備をしているって!」
僕達を囲んだ悪ガキ達が好き勝手話している。
「止めなさい! こちらは皆さんと一緒に勉強するイリナ君です。他の三人は保護者の方々です」
「なんだちんちくりんか。俺の敵じゃないな!」
「将来の愛人3号くらいにキープしてやろうか?」
ゲラゲラ笑う悪ガキ達。半分は冗談だろうが、明らかに僕達を見下している。教師は必死に止めようとしているが、若者のエネルギーに付いていけない。それとイリナの持つチョーカーは子供には効果が無いみたいだ。後で悪ガキ達の両親が聞けば顔面蒼白になるだろう。
「おい、ずりぃぞ! 貰い手が無さそうな奴しか残ってねぇじゃん!」
「遅いのが悪いんだよ!」
ソフィを指差して言うな! キレたら怖いんだぞ!!
「ソフィ……」
「一端の口を利くなら魔法の一つでも使えるようになってからにしたら」
これはいけない。最近のメスガキな煽りが鳴りを潜めている。
「「……!?」」
悪ガキ達が硬直する。ゴブリンどころか動物すら殺した事が無い子供にソフィの殺気は毒だ。ソフィが持つ杖の先ではファイアアローの魔法が形作られている。教師も流石に不味いと気付いたのか静かに臨戦態勢を取る。
「先生、あそこにある鉄の塊は的ですか?」
庭を見回して咄嗟に聞く。
「そ、そうです」
「なら、案内して貰ったお礼に現役魔法使いの技を披露しましょう! な、ソフィ!」
ソフィがぶっ放すのは止められない。なら被害が最も少ない的を選ぶ!
「……」
目が笑っていない。しかし僕の声を聞いてファイアアローを的にぶつけてくれた。鉄と木材で出来た的はファイアアローの攻撃を受けて一瞬で燃え上がり、溶けたヘドロみたいな物を残して消滅した。
「「……」」
悪ガキ達は余りの破壊力に言葉を失う。聞く限り、ソフィの攻撃力はスルーブルグの魔法使いの中でもかなり上位に入る。そんなソフィを怒らせて消し炭一歩手前だと分かれば静かになるのは当然だ。
「きゃはは! イリナを虐めたら手が滑っちゃうかも~!」
一発ぶっ放して気がすっきりしたのかいつもの煽りに戻る。
「聞いてください。イリナはこれまで身内の不幸で大変な生活を送ってきました。幸い、魔法の才が領主様の目に留まり、ここで皆さんと勉強出来る事になりました。仲良くして貰えるとありがたいです」
すかさず僕がフォローしておく。不幸な生い立ちと領主の名前を出せば悪ガキ達でもちょっとは配慮するだろう。してくれないとこの私塾が灰になる未来しか見えない。
「はっ! 先生、妹をよろしく頼む!」
エクターもエクターなりに頑張って先生に頭を下げる。
「勿論です。ここは魔法を学ぶ場所です。イリナ君の事は任せてください。皆さんもお友達になってあげてください」
教師が上手く纏めようとする。
「ちっ、仕方がない」
「イリナちゃん、よろしくね」
生徒は生徒でイリナと仲良くしようと動き出す。ソフィが刻んだ恐怖から逃れるにはソフィを盾に使うのが最善だ。
「先生。授業の邪魔をするのは心苦しいので僕達はここで去ります。イリナは夕方に迎えに来ます」
「イリナ、一人で何処かにいくなよ!」
僕はソフィの手を取って、逃げるように私塾を後にする。ゲート式コミュニティへまた入れるか分からないけど、それならイリナが門まで来るだろう。
「ソフィ、ありがとうな!」
「感謝される事なんてしてないわよ、バカ!」
「はいはい、そうですか」
イリナのために悪者を演じてくれたくらいは僕でも分かる。ソフィは仲間と認めた者への情は非常に厚い反面、敵と断定した者には何処までも苛烈だ。そんな仲間が敵になったらソフィはどうなるのか心配だ。少なくとも僕だけはソフィの味方で居続けよう。
門の前で待っていたアディとダニールと合流し図書館へ向かう。僕とソフィは紹介状を見せて手早く手続きを終わらせる。代筆を使わなかった事を三人が驚く。この領地で読み書きが出来る小作農は僕とレイくらいなのかもしれない。スルーブルグならもう少し識字率が高いと思ったけど、そうではないみたいだ。
「ここでお別れ~!」
ソフィが早速図書館に籠ると言う。
「夕方に迎えに来る」
今は一人にしておいた方が良いだろう。僕は図書館で過ごしたい欲望を振り払ってエクターの冒険者登録へ向かう。登録は問題無く終わった。しかし何故かアディとダニールまで登録をした。仕事先まで監視するつもりか? そうだとしても人手が増えるのは嬉しい。早速エクターに下水道掃除の依頼を受けさせる。「聞いてねぇ!」とアディの叫びが冒険者ギルドに木霊するも、後の祭りだ。しっかり頑張って来て欲しい。
応援よろしくお願いします。




