045
宿屋への帰り道で囲まれる。見るからにスラムのゴロッキだ。前に三人、後ろに三人。たった六人で僕とソフィをどうこう出来ると思っているんだろうか? そもそもここはスルーブルグのそこそこ大きい通りだ。急いで逃げる他の通行人の姿を見たら衛兵が駆け付ける。
「げへへ」
彼らはにじり寄り下卑た笑い声を出す。ただのバカなのか、衛兵が来ないと確信しているのか。後者だとすると領主権力の空洞化が激しい事になる。
「てめぇらは!」
エクターが声を荒げる。前回ボコられたのか手が震えている。イリナは咄嗟にソフィに抱き着く。この場で一番強いのが誰か本能的に分かっている。
「これ以上近づけば衛兵を呼びます!」
一歩前に出て大声で言う。
「ガキがすっこんでいろ!」
「そうは行きません。僕がこちらのエクターさんを雇用しています。雇用主として部下を守る義務があります」
スルーブルグでそんな義務があるとは思えないけど、こっちはエクター兄妹にかなりの先行投資をしている。一銅貨も回収しない内から取られる気は無い。
「ふざけんじゃねぇ!」
「本当だ!」
エクターが負けずと大声で返す。
「どうでしょう? ここは理由を話しては? エクターに非があれば彼を差し出します」
差し出す気はないけど、時間稼ぎにはなるはずだ。
「……」
ゴロッキはどう行動すべきか迷う。
「どけ! 貴様らでは無理だ」
前方から四人目が現れる。横道に隠れていたか。僕が気付けないとは相当なやり手だ。
「俺はエクターが住んでいたスラムのシマで顔役をやっている。名前を知る必要はない。簡単に説明してやろう。エクターは成人するまで俺たちのシマで生活していた。だからこいつは俺たちの部下になる必要がある」
顔役を名乗るだけあり、服装は中流の市民と大差ない。でも良く観察するとズボンの裾に乾いた血がこびり付いている。凄むしか能がないゴロッキと違ってそれ相応に現場を経験している。
「そんなふざけた話は知らない!」
エクターが怒る。その件で妹を誘拐され、自身も半殺しの目にあったのだから彼の怒りは正当だ。スルーブルグ全体で見れば顔役の言い分はただの出鱈目だ。しかしスラム限定では顔役の言が正しいかもしれない。そしてスラムの人間は裁判なんて受けられない。顔役の言うスラムの決まりが事実上の法として機能していると言う事だ。
「まぁまぁ、落ち着いてください。それは全員ですか?」
ぶつかりそうな双方を必死に抑える。抑えないとソフィが全部燃やしてしまう。昨日の大火事の後でトリガーハッピーな火魔法の使い手は不味い。
「神が加護を授ける奴は自由だ。俺たちは信心深いからな!」
「「ガハハハッ!!」」
取り巻きが下品に笑う。信心よりも領主を始めとした権力層を恐れているだけだ。領主に取って加護持ちの数はそっくりそのまま貴族間での発言力に繋がる。スラムや盗賊ギルドが加護持ちを秘匿する事は看過できない。
「なら問題ありません。エクターさんは加護を授かっています」
エクターがスラムで話した通りか。急いで加護を付与した甲斐があった。
「ふかしてんじゃねぇ! こいつはスラムの教会で無加護だって分かっているんだ!!」
顔役が顔を真っ赤にして怒る。
「ですがエクターさんは一人でゴブリンを倒しました」
「そうだ!」
エクターがすかさず合いの手を入れる。
「証拠はあるんだろうな!」
「エクターさん」
エクターが腰に下げている袋からゴブリンの耳を六セット取り出す。一束で取り出したので詳しい数は分からないだろうが、そこそこの数だと言う事は伝わる。
「「……」」
顔役と取り巻きは息を吞む。ゴブリン一体でも脅威だ。それを六体も討伐したのならエクターは相当な実力者になる。しかし彼らの脳裏には一昨日半殺しに下エクターの姿がある。どっちのエクターが正しいのか混乱する。
「僕はエクターさんが無加護だと自任していたのが気になっています。どうでしょう? ここは少し先にある教会でエクターさんに『確認の儀』を受けて貰っては?」
疲れているから明日以降に回す予定だったが、シマの顔役が居るのなら良い証人になる。巻き込んでしまおう。確認の儀はその名の通り、加護の有無を確認する儀式だ。成人式では新成人はこれを無料でして貰える。
「そこで加護持ちなら手を引けと?」
「それがスラムのルールなのでしょう?」
僕と顔役が無言で火花を散らす。「ここはスラムじゃない」と彼らのルールを突っぱねるのは容易い。彼らはそれを恐れて大人数で来ている。ここで無事に突っぱねても彼らは諦めない。そうなると裏にいる盗賊ギルドが出てくる。それは顔役も望まない。
「分かった。今から行くぞ」
顔役の方が折れた。エクターが加護持ちなら上を説得出来ると計算したのだろう。僕達は前後をスラムのゴロッキに挟まれて教会へ向かう。
教会は物乞いの集団が略奪に来たのかと疑心暗鬼だったが、僕が確認の儀をお願いするとホッとした。僕がお布施として金貨一枚を提出した事の方が効果的だった気がしないでもない。そこで確認の儀を執り行える司祭が急いで着替えを済ませて詠唱を開始する。エクターは司祭の前で片膝を付いて祈っている。僕達は右側のベンチに座る。スラムのゴロッキは左側のベンチに座っている。そして詠唱して数分、エクターの上に目に見える光の粒子が降り注ぐ。白の加護持ちが祈ると発生する一般的な演出だ。
「スラムのエクターよ! 偉大なる神々は汝に白の加護たるファイターを授けた!! 神々と王国のためにその力を正しく使うが良い!」
司祭が芝居が掛かった口調で話す。余りの事にスラムのゴロッキは口をあんぐり開けている。僕は気にせずエクターに拍手を送る。
「凄いよ、お兄ちゃん!」
イリナが未だ固まっているエクターに抱き着く。
「あ、ああ! やったよ、兄ちゃんはやったぞ!!」
エクターの硬直がやっと溶ける。イリナを抱き上げクルクル回る。司祭も今日くらいは大目に見てくれるみたいだ。そこまでに加護の価値は大きい。
「あの糞野郎が! ヘマりやがった!」
顔役が口汚くスラムの司祭を罵る。
「エクターさんは自由ですね?」
「……。そうだよ、畜生!」
それだけ叫んで顔役は教会を出て行った。ゴロッキも全員尻尾を巻いて逃げていった。
「追撃は~!?」
ソフィがにやりと笑う。
「イリナの事を持ち出さなかったし、良いよ」
顔役がイリナの事を言及しなかったのは気になる。エクターを確保してからイリナに手を伸ばすつもりだったのか? 念のためにイリナに加護を付与しておいたけど、ここで披露せずに済んで良かった。将来使えそうな隠し札は多い方が良い。
僕達は意気揚々と宿屋へ帰る。今日はもう問題が発生しないと思う。宿屋の主人にエクターが加護を授かっていると話せば、既に知っていると返された。どうやら僕が思っているよりも主人の手は長い様だ。それとレイが部屋で待っている事を教えてもらった。久しぶりに会えるのは嬉しいけど、どうやって僕達が来たことを知ったんだろう? レイに直接聞けば良いと思っていたら、まさか部屋の中でラスボスが待ち構えているとは思わなかった!
応援よろしくお願いします。




