044
エクターの剣がゴブリンを捉える。しかし倒すには浅い。
「くそが!」
エクターは必死に体制を立て直そうとするけど、その前にゴブリンの錆びた剣が彼の脇腹を掠める。一対一だから良い戦いをしている様に見えるけど、戦いそのものは泥仕合としか言えない。最終的にはカードの能力通りにエクターが勝利する。
「お兄ちゃん!」
イリナが脇腹を押さえて蹲るエクターに駆け寄る。
「それほど深くない」
感染症を気にしなければ大した怪我じゃない。ポーションと回復魔法がある世界だから大した事が無いと思われたかすり傷でポックリと死ぬ人が多い。冒険者ギルドでは感染症で死んだ冒険者の死因を「油断死」にしている。ゴブリン相手に油断する冒険者が減るのかもしれないけど、本質を理解していないから何の解決策にもなっていない。
「ここで帰るのならまだしも、もう数時間は狩りを続ける。治療します」
僕が言う。エクターが加護を得た証明は出来た。エクターが今日戦う事はもう無いけど、怪我人を引っ張り回す余裕は無い。
「ありがとう!」
僕はお礼を言うイリナに酷い事をする自覚があるけど、生き残るには仕方がない。
「イリナ、エクターさんを癒す方法は二つ。一つはこのポーションだ。もう一つはこの加護だ。どっちを使うか選んで欲しい」
僕はポーションと白の加護に分類されるヒーラーの二枚を取り出す。白の加護と一括りに言っても、ヒーラーの数は圧倒的に少ない。領主家に二人、神殿にそこそこ、冒険者ギルドに一撮みだ。冒険者ギルドに屯している人を無作為に捕まえて「前衛物理系ですか?」と聞けば八割方正解するほどだ。
「え?」
「好きな方を選べば~! 選ばなかった片方は無くなりそう~」
ユフィが要らぬ煽りを繰り返す。
「うぅぅ……」
「ポーションで良くないか? エクターさんと同じで後戻り出来ないよ?」
僕が正解を言うけど、果たしてイリナは気付けるか?
「いえ、ヒーラーでお願いします! 私がお兄ちゃんを治療します!」
イリナがほぼ即決する。加護の有無が人生を左右する。なら希少性以上に希少なヒーラーを選ぶのは当然だ。それがイリナを絡め取るデストラップだとしても彼女はこの加護を選ぶ。
「顕現せよ、ポーション!」
「え?」
「まずはこれで怪我を治して」
「は、はい……」
間違ったと思ったのか、ソフィが見る見る意気消沈する。間違いではあるけど、僕は言った事を違える気は無い。
「勘違いしないで欲しい。君をヒーラーにするための魔石が足りない」
無い袖は振れない大人の事情だ! エクター兄妹の件が無ければソフィと半月は外で粘っていた程だ。
「じゃあ!」
「ソフィが必要な数を狩れば、ね」
「きゃはは、人使いが荒~い!」
「頼むよ。ソフィしか頼れない」
「はっ、分かっているって! レイには秘密よ~!」
上機嫌のソフィがダイアクロウとダイアウルフにモンスターを発見する様に指示を出している。
「それでエクターさん、加護の感想は?」
ソフィがポーションを傷口に流し込んでいる際にエクターに話を振る。他に意識を集中した方が痛みが和らぐはずだ。
「すげぇな! 大の大人が十人掛かりでも倒せないゴブリンを俺が一人で!」
エクターは右手を開け閉めしながら言う。余程嬉しかったのだろう。昨日の夕方に出会った時のズタボロにされた負け犬の面影はもう無くなっている。今のエクター相手に僕の交渉術は一切通用しなかっただろう。
「もう、お兄ちゃん! 怪我をしたのを忘れたの!!」
「わ、忘れてねぇって!!」
怪しい。加護を得た若者は万能感で無茶な行動をして死ぬまでがお約束だ。大人がその危険を口が酸っぱくなるまで言っているから逆効果な所がある。更に彼の中ではどん底から頂点に一夜で行ったのもあって他より影響が強いかもしれない。
「幸い僕がエクターさんに給料を出します。契約が切れるまではじっくり基礎を固めれば大丈夫です」
「そうなのか? てっきり明日から疲労でぶっ倒れるまでゴブリン狩りかと思ったぜ」
脳筋だ。エクター量産計画は辞めておく。一人を自滅しない程度に育てるだけで一杯になるのを心で理解した。
「まずは冒険者登録です。それが終わったら下水道掃除かゴミ集めです」
「スラムの生活と変わらないな」
エクターが不満を隠さずに言う。
「不満なのは分かります。僕とソフィもやらないといけませんから。でもこれで冒険者ギルドの実績が貯まります」
「貯まると何かあるのか?」
「ランクが上がります。ランクが上がれば僕とソフィが狩ってくる大量のモンスター素材を換金しても怪しまれません」
受付嬢はここまで教えない。だから上を目指さない冒険者と無理をして即死する新人が後を絶えない。人を育てる事を放棄している組織がギルドを名乗って良いのか甚だ疑問だけど、職業斡旋場と思えば理解できる。
「お、おう?」
これは分かっていない。
「そうですね、エクターさんが明日ドラゴンの頭を売ろうとしたらどうなります?」
「盗んだと……そうか!」
「その通りです」
「だが待て! ドラゴンって本当に……」
「う~ん、ワイバーンくらいまでなら行けると思いますよ?」
ワイバーンは前世のカード知識では黄か赤のクリーチャーだ。赤のクリーチャーは絶対に勝てないけど、黄のクリーチャーなら勝てる。僕のマジックで空から撃ち落としてソフィの魔法で焼けばそれで終わりだ。
「まじかよ」
エクターはスケールの大きさに呆れる。それと同時にヤバい二人と契約したと今更ながら戦慄する。
「ガウ!」
ガサッガサッと茂みが揺れてダイアウルフが飛び出してソフィの後ろへ走る。それを追って三体のゴブリンが元気に飛び出す。
「ブラックフレイム!」
そして三体のゴブリンは周りの木々ごと消し炭となる。
「「……」」
「魔石を回収してきますね」
僕は唖然としている二人を置いて魔石を回収する。幸い魔石はソフィの高温でも原型を留めてくれるから楽だ。
「次~!」
ソフィのテンションが上がりっぱなしだ。上げ過ぎて燃え上がらない様にセーブしよう。
「イリナの分を含めて、もう七つほど手に入れたら帰ろう」
「え~!」
「明後日以降も来るんだし、楽しみは取っておこう」
「ちぇ~!」
一時間ほどここで狩りに集中する。最後の方はモンスターが黒ずんだ大地を恐れて近づかなくなった。それでも必要な魔石の数は手に入った。
「イリナ、次で最後だ! 加護を付与するから僕の横に!」
「は、はい!」
哀れ、ダイアクロウの爪に捕まれ輸送された瀕死のゴブリンが僕の前に空から叩きつけられる。
「グリモワールオープン! ヒーラーのカードをイリナにオーバーレイ! ソフィでゴブリンをアタック! ターンエンド!」」
もはや呪文みたいになっているお決まりの呪文を唱えて戦いを終わらせる。
「奇麗だ……」
エクターが光に包まれる妹の姿を見て呟く。エクターの時よりは幻想的に見えなくもない。
「分かる、分かるよ、お兄ちゃん! ヒーリングを使えそう!!」
イリナが飛び上がって喜ぶ。
「おめでとう」
「アイク様ありがとう!」
「良いさ。これからしっかり役に立って貰いますから」
「きひひ、アイクが死んだらその加護もぱ~、かも!?」
「「え!?」」
驚く二人。
「どうなんでしょう? 僕は死んだ事が無いから」
「きゃはは、バカね~! 試せないでしょう~!」
ソフィが流し目で二人を睨む。
「後戻り出来ないって、この事か!?」
「え~と、でも私たちが黙っていれば実害は?」
エクター兄妹が混乱している。
「安心して。二人が僕とソフィの秘密を黙っていれば全部上手く行く」
行くはずだ。行かないのなら行くようにする。そう説得してスルーブルグへ帰る。そして城門を越えて少し行った所でトラブルに囲まれた。
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