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042 領主と盗賊ギルド*


 領主のエリックを始めとして、ヘドリック、ニール、ロウェンナの四人がテーブルを囲んでいる。以前に比べて調度品が良く磨かれている。更には新しい少女の絵画が壁に掛かっている。


「エリック様、侍女の一人がこれをレイラ様に渡そうとしました」


 ロウェンナが質の悪い羊皮紙をエリックに提出する。


「友人を預かった。返してほしくば大金貨十枚を……ふざけているのか!」


 エリックの拳が羊皮紙をテーブルを叩きつける。他の三人も同じ気持ちだ。ニールの知る限り、平民の三人家族なら金貨十枚あれば一月は暮らせる。平民の十年分の生活費を一括で求めるのは多いのか少ないのか。エリックの総資産からすれば微々たる金額だが、エリックが一年の間に自由に動かせる資金からすれば膨大な金額だ。


「大金貨十枚ならギリギリ懐に隠せるか」


 ヘドリックが顎を撫でながら呟く。敢えて個人でギリギリ持ち出せそうな金額を指定している所から、裏に専門家が居ると睨んだ。


「件の侍女を締め上げた所、彼女の兄が盗賊ギルドに借金をしている事が判明いたしました」


 ロウェンナが淡々と語る。どんな酷い拷問をしたのかと男三人は震えあがりながら黙って聞く。


「身辺はしっかり調査したと思ったが、家族経由で来たか」


 エリックが舌打ちしながら言う。


「借金もここ数年でこさえた物と言っていますが、本当かどうかは分かりません」


「それで、その侍女は?」


「暇を出しました」


「そうか、なら彼女の件はそれで終わりだ。それより当家を強請ろうとする者を優先する」


 エリックの一声で侍女問題は終わった。ロウェンナは軽く一礼した。


「盗賊ギルドの顔役を呼びますか?」


 ニールの発言にエリックが無言で首を縦に振る。領主家は代々盗賊ギルドの顔役と名乗る人物と縁を持っている。表と裏がある程度の関係を持つことで全面戦争を回避する狙いがある。先代までの時代なら領主家の方が圧倒的に強かった。しかし黄昏の時代が近づくにつれてまっとうな方法で稼ぐのが難しくなった。スルーブルグの非合法事業の総元締めを自任する盗賊ギルドは年々その力を増している。


 ドンドン!


「エリック様! 大変です!! スラムで大火事が!!」


 扉を叩く男の叫びで四人は飛び上がる。


「入れ! 報告せよ!」


 ヘドリックが大声で怒鳴る。急いで入って来た領主家の男は前置きを省いて本題に入る。


「報告によれば昼過ぎにスラムでボヤが発生しました。すぐに消えると思われたところ、夕方になっても消えず、以前強い勢いで燃えています」


「何故消火出来ん!」


 ヘドリックがイライラして叫ぶ。幾らスラムとは言え、領主家の者が出たら消火は時間の問題だ。


「それが信じがたいのですが、ゴブリンが放火していると報告が上がっています」


「「何だと!?」」


 スルーブルグは堅牢な城塞都市だ。「ゴブリンに放火された」なんて醜聞が広まれば領主家の名声は地に落ちる。折角レイラの生存判明で上向きになった家督が地の底へ落ちる。


「ヘドリック、精鋭を連れて掃除してこい! それとゴブリンは『見間違い』だ。徹底せよ!!」


 エリックが急ぎ命令を下す。レイラが居なければ今もウジウジしているに違いない。三人はこの変化を良いものと捉えた。


「はっ! ヘドリック、ただいまより出撃します!! おい、貴様も来い!」


 ヘドリックは報告に来た男を連れて出て行った。


「私はレイラ様の下へ参ります。マリア様は野次馬が趣味でしたので」


 ロウェンナが席を立つ。もう少し遅ければレイの脱出は成功していた。


「出火の原因をなんとします?」


 二人だけになったのを見て、ニールが問う。


「火の不用心か放火だろう?」


 エリックが困惑して聞き返す。


「レイラ様の友人が誘拐された日に出火です。未成年とは言え、片方は火魔法の使い手です」


「はっ! そうか、そういう可能性が……」


 誘拐されたソフィが逃げるために放火した。あり得そうな事だ。


「誘拐犯が悪いとはいえ、放火は死罪です」


「レイラが悲しむ」


「二人は関係なかったと盗賊ギルドの顔役に宣言して貰う必要があります」


「また裏取引か」


 エリックがうんざりして吐き捨てる。


「そこは領主様の手腕次第かと」


「ちっ、相変わらず厳しい。で、どうやって話を構築する?」


  結局エリックとニールは翌朝まで策を練る事になった。ちょうどその頃にヘドリックの勝利と鎮火成功の報が領主家に届いた。


 友達の安否を心配するレイラをロウェンナに任せ、スラムの縄張りを主張して現場で殴り合いまでする盗賊ギルドの処理をヘドリックに任せ、昼過ぎにエリックとニールは領主家の裏にあるボロイ小屋へ出向いた。そこには腰が曲がり、杖が無ければ歩けないような老人が待っていた。二人が部屋に入ると同時に五体投地で謝罪を始める。


「申し訳ございません! 全ては盗賊ギルドの不手際!」


「翁、火事の件より重要な件がある」


 エリックが不機嫌そうに言う。


「はて?」


「盗賊ギルドから昨日渡されたものです。知らないとは言わせません」


 ニールが脅迫文が書いてある羊皮紙を翁に渡す。


「……大金貨十枚……いえ、これには皆目見当が……」


「侍女が盗賊ギルドから渡されたと言いました。領主様を強請った者を即刻差し渡しなさい!」


「……出来ません!」


「なんと! まさか領主様と一戦交える覚悟があるのか!」


「滅相もございません! ですがこんな大それた誘拐をする一味は昨日の火事で焼死しました!」


「都合が良いな」


 エリックがボソッと言う。


「出火の原因は?」


 翁はニールが誘拐された人間より出火の原因を聞いた事を不思議と感じるも、とにかく答える事を優先した。これ以上領主の不興を買うのは盗賊ギルドとしては避けたい。ギルドは領主の首を落とせる強さを持っていても、首を挿げ替えるほどの強さは無い。


「ゴブリンです!」


 翁はしばし考えて言う。


「ゴブリン!?」


「その一味はゴブリンを商品にするつもりだったらしく」


「バカですか?」


 ニールが素で話す。


「バカとしか言いようがありません。それで飼育費用に困り、この様な怪文書を領主様に提出したのでしょう。盗賊ギルドが一枚噛んでいればこの様な事は決して!!」


「それで、その死んだ一味は誘拐を成功していたのですか?」


「死体の中に子供はいませんでした」


 翁は子供が三人地下に囚われていた事を知っていた。しかし死体が上がらなかったためにゴブリンに食われたと考えた。三人とも元気に生きていると知れば複雑な思いを抱くだろう。


「誘拐される前に勝手に滅んだのなら何よりです」


「うむ。当家の人間の友人は関わっていなかった。相違ないな?」


「はい、その通りでございます!」


 翁は長年の経験からここは了承一択だと分かっていた。それと同時に領主にバレない様に詳しい調査が必要だと算盤を弾いた。

「今回は火の不始末と言う事にしておく。盗賊ギルド全体で怪しい商売に手を出さない様に徹底せよ!」


「ははぁ!」


 翁は頭を再度床に打ち付けて言う。


「領主様、そろそろ」


 ニールに促され領主とニールは退出する。残された翁は二人が消えたのを確認して立ち上がる。ボキッボキッと背中を鳴らし直立する。


「おい」


「ここに」


 影の中から返事が来る。


「話に合った友人を調べろ。ただし手出しは厳禁だ」


「お任せを」


 返事を聞くが早いか、翁は部屋から消えた。

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