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誤字指摘ありがとうございます。
「ここ!」
背中のイリナがソフィの家の家畜小屋すら豪華に見える家を指差す。農村の最底辺である僕ですら、ここに人が住めるとは思えない。幸いシャドークロークの効果はまだ続いている。中に入るまでは外の浮浪者に気付かれる事はない。鍵は無いので無言でドアを開けて入る。
「お兄ちゃん!」
イリナが腐った壁を背に倒れ込んでいる肉塊へ走る。僕は最初それが人間だと気付けなかった。イリナが必死に揺すっているが反応は無い。イリナの兄はリンチにあってズタボロにされていた。下手人は相続ギルドだ。イリナまで誘拐したのに彼が盗賊ギルドへ入るのに拒否した制裁だ。
「やっぱ燃やそう~!」
ソフィが猫撫で声で誘惑してくる。一瞬同意しそうになる。でも時間の無駄だと思い直す。盗賊ギルドを潰してスルーブルグを不安定化させてレイは幸せになれるか? それより僕とソフィが盗賊ギルドですら手を出すのを躊躇する力を得た方が良い。今朝まではその方法が無かった。でも僕の目の前にはそれを成せる肉塊が転がっている。人を説得する作戦を考える事は出来ても説得そのものはレイのカリスマに頼っていたので、僕には少し難しい作業になりそうだ。
「あの、治して……お願い!」
イリナが泣きながら僕のズボンを引っ張る。僕が悪党なら「ゲヘヘ」と下品な笑いをする所だ。生憎とそういう趣味はない。
「ギリギリ生きてはいるか。ポーションだと足りなそうだけど、ヒーリングなら治せると思う」
僕はヒーリングのマジックカードを構える。
「待った~」
「なんだソフィ?」
「最初に治療すべきはアイクだって気付いていない~!?」
「ん、そうなのか? ちょっと頭が痛いけど一晩寝たら治ると思うよ」
「良いからヒーリング~」
ソフィが僕の頬をツンツンと突く。
「分かったよ。顕現せよ、ポーション!」
カードの希少性は同じでも、現実での希少性ならヒーリングの方が上だ。ポーションを半分ほど飲んで、残りは痛む患部へ直接ぶっかける。痛みが急速に引く感覚は中々面白い。
「良し、続けてヒーリング!」
優しい光がイリナの兄を包み、青あざと骨折を治療する。ポーションでは骨折までは治せないので彼にヒーリングを使うしか無かった。
回復する彼を見ながら彼を下僕にする算段を頭の中で反芻する。……あれ、やり過ぎた? やはり放火は不味い気がしてきた。放火せずに皆殺しだけで逃げた方が事を荒げずに済んだ。それにその方がイリナの兄を説得する際のハードルが下がる。ヤバい! 脱出から良い所が無いじゃん!
「きゃは! 優柔不断男が戻って来た~!!」
「うぐ!」
ソフィの煽りが僕の心を抉る。あ! もしかしてソフィは僕がおかしいと心配してくれていた? う~ん、あの砂袋で頭を強打された時に脳みそがダメージを受けたか? ポーションを飲んでそれが回復したから、判断基準がいつものに戻った。真偽不明だけどそう思っておこう。さあ、イリナの兄を仲間にするために頑張ろう!
「お、俺は……」
「お兄ちゃん!」
「イリナ。そうかここはあの世か」
「違うって!!」
「あはは、傑作~!」
「笑うなソフィ。僕達が居なければそうなっていた」
「き、貴様らは?」
イリナの兄は必死に起き上がろうとしてストンとまた落ちる。
「だ、大丈夫なの!?」
「ヒーリングで治したけど、瀕死になるまでリンチされた感覚は残っている」
心配するイリナを安心させるために説明する。
「ヒーリング!? そんな高価な物を……すまん!」
「気にするな。僕にも使う理由があった。まずは自己紹介と行こう。僕はアイク、ただの小作農だ。こっちはソフィ、農家の娘だ」
「俺はエクターだ。妹とスラムで暮らすただのゴロッキさ。それとイリナを助けてくれてありがとう」
「イリナはなんで誘拐されたんだ?」
「俺が加護を授からなかったからだ! 盗賊ギルドの奴らは無加護を無理やり配下に入れて勢力を拡大しようとしている。俺はイリナのためにまっとうな職に就くと突っぱねたのさ」
エクターの言っている事はまともだ。しかしスラムの法を考えると法律破りをしているのはエクターか? 盗賊ギルドがスラムを支配しているのは構成員を得るためと考えるのなら、エクターは知らずにそこそこの便宜を計っていて貰った可能性がある。盗賊ギルドの理屈では加護を授けられていたら損切りする理由になっていた。これは使えるな。
「だとしたらもうスラムで生活は無理だね」
「そうだ。だが行くあてがない。冒険者になって何とか稼ぐしかない」
盗賊ギルドが見逃すとは思えない。
「なら僕に雇われて欲しい」
「は? 恩人なのは認めるが……」
「毎月金貨8枚、期間は再来年の成人式が終わるまで」
スルーブルグだと親子三人は金貨6枚から10枚で生活できる。スラム出の二人で金貨8枚なら破格だ。ここで19か月と言っても理解されない可能性がある。冒険者は5まで数える事が出来て、ギリギリ1桁の数字なら理解できる。5まで数えられるのは薬草は5束で納品する事が多いのと、冒険者パーティーの推奨人数が5だからだ。スラムのエクターも似た感じだと信じたい。
「は、払えるのか!」
「盗賊ギルドから奪って来た。これで一年分は払える」
僕は盗賊ギルドで得た大金貨1枚を見せる。それを見てエクターが息を吞む。
「奪って……。そんな事をしたら報復が!」
「きゃはは、イリナちゃんもね~! それに今頃大火事で大変なのよ~!」
「なっ!!」
余りの事にエクターが言葉を失う。
「エクターさん。イリナと一緒に僕に雇われて緒に来るか。報復に来る盗賊ギルドと一人で戦うか。好きな方を選んでください」
盗賊ギルドが放火の報復で殺すのはイリナだ。エクターとは対立関係があるので、彼を殺す事も躊躇しない。外から来た僕とソフィを村まで追って殺すのは最後の策だ。
「畜生! やるしかないじゃないか!!」
「ありがとうございます」
「それで、何をやらせるつもりだ! イリナを巻き込むようなら……」
「ならお仕事内容を軽く説明します。一つは僕の力について黙っている事。一つは冒険者として僕とソフィの稼ぎを換金する事。一つは僕とソフィが留守の間に情報を収集する事」
「……それだけか! それだけのために!?」
「僕とソフィは近辺のモンスターなら大量に殺せます。ですが冒険者ギルドは未成年の換金を認めていません」
「なるほど、二人が盗賊ギルド相手に大立ち回りを出来るのならそうなのかもしれない」
「イリナはどうする~! 選択肢なんて無いけど~!」
「わ、私も雇われます!」
弟と違って弄り甲斐があるのか、ソフィがイリナを可愛がっている。これは後で嫌われて凹むやつだ。
「ああ、その力ってなんだ?」
「明日、外で見せます。エクターさんがもっとも必要な物を用意しますから」
「え~、使っちゃうの~? 勿体ない~!!」
「5枚あるし、エクターさんが換金を頑張ればもっと手に入るから」
「分かった、明日だな」
「ええ。それより早くスラムを出ましょう。騒ぎが収まるとこっちに目が向きます」
「そうだな。だが火事だけでそこまで時間が掛かるか」
「実はイリナを攫った奴らはゴブリンも檻に閉じ込めていて、僕達が逃げる際に自由に……」
「何だって! 大惨事じゃないか!!」
「誰かに責任を擦り付けないはずです」
「良し、逃げるぞ! ああ、何も持っていくものは無いな?」
「大丈夫だよ。腐ったパンの切れ端くらい?」
「もっとまともな物をたくさん食べさせてあげる~。そしてぷっくり肥えた所で……」
「ひぃぃぃ!」
「ソフィ、イリナを怖がらせ過ぎると嫌われるぞ?」
「は~い!」
「エクターさんはこのクロークをイリナに被せて負ぶってください。拘束されている彼女が外に居るとバレるのは避けたい」
「!! なるほど、そこまで考えつかなった」
「効果はもう発揮しないの?」
ソフィが聞く。
「一度限りだ。でもここまで誰にも気付かれずに来られた。十分さ」
もう一枚あれば楽だったけど、無いカードは顕現出来ない。それに白の魔石の残量が少ない。ヒーリングとポーションを使う予定が無かったら明日以降はソフィに頑張って貰うしかない。
僕達は急いで夕方のスラムを出る。僕がソフィを、エクターがイリナを担いでの逃避行だ。幸いか、浮浪者はソフィの火傷を見て大火事の被害者だと勝手に決めつけてくれた。スラムを出てチラッと振り返った限り、暗い夜空を明るく照らす一角が見えた。鎮火は出来ていないみたいだ。気が遠くなりそうだけど、ここで気絶したらソフィに見限られる。グッと堪えて宿屋まで走る。
「お久しぶりです。部屋が空いていれば四人でお願いします」
「おう。二人は良いが……」
宿屋の主人がスラムの二人を見て言葉を濁す。
「二人は僕の部下です」
レイの名前を出すか迷ったけど、それは最後の手段だ。
「部下ねぇ? 問題起こせば叩き出す」
「はい、それで結構です」
そう言って四人部屋を借りる。追加で夕食のパンと飲み物を購入してエクターに持ってもらう。部屋に入るとソフィはベッドに崩れ落ちてそのまま寝落ちする。エクターとイリナは理性的に考えたら僕達に逆らえないから安全だと決めつけたみたいだ。でも人間は常に理性的に行動するわけじゃない。その筆頭であるソフィがこの様だ。色々大変だったイリナも初めて寝るベッドで意識を手放した。エクターはどうすれば良いか迷っていたので今は休む様に伝えた。そして僕はドアを背に眠りについた。襲撃は無いと思いたいけど、油断は出来ない。
応援よろしくお願いします。




