004 13歳、日常が終わる日
王国にある農村は壁の内側に住居が密集し、外側に農地が広がっている。壁さえあればはぐれモンスターの数体が襲ってきても生き残れる。外の畑で襲われた場合は家畜を捨てて逃げれば助かる事が多い。それでも年に数人は生きたまま食われる。それが農村の普通で、この普通は変わることが無い。そう思っていた。
モールスヴィルはパリセードと言う木材で作られた柵に守られている。大人達は酒の席で壁の話になると石壁にしたいといつも話している。しかし良い石切り場が近くにないので石壁に変わる事は無い。そんな小さな村にモンスターが襲撃したら、村人で加護を持つ者が戦う。それで対応出来ないのならスルーブルグへ救援を依頼する。スルーブルグの領主は村を守る義務がある。そのため騎士か冒険者を派遣するはずだ。村長は受けた被害を誇張し減税を勝ち取るために一芝居をうつ。それもまた農村の普通だ。
「来るな、来るな、来るなぁぁぁ!!」
麦の収穫が終わった13歳のある日、普通が終わった。ゴブリンの団体が村を攻めた。最近モンスター被害が増加傾向なのは行商人から聞いていた。村の大人も防備を厚くしようと話し合っていた。しかしモンスターの方が早かった。村の戦力ではとても太刀打ち出来ない。そうして村は決められたとおりに籠城を決め込んだ。
もはや救援は間に合わないと思われたけど、白の戦士であったレイの父親が冒険者を引退して数年前に帰農したのが幸いした。彼が声を掛けた昔のパーティーメンバーがこぞって来援してくれた。そして激闘の果てにゴブリンの団体を指揮している黄色のゴブリンリーダーを相打ちと言う形で見事討ち取った! しかし統制を失ったゴブリンと主力を失ったモールスヴィルでは天秤がゴブリンに傾いた。
残された加護を持つ村民は必死に戦ったけど、今朝がた柵が破られゴブリンが村になだれ込んだ。白の鍛冶師であった僕のパパも恐らく死んだ。死んでなければいの一番にこの家に帰ってきている。ゴブリンがドアを必死にこじ開けようとしている。ドアの内側にはチェーンがあり、それがゴブリンの侵入を阻んでいる。ママが外からドアにチェーンを掛けて犠牲になる事を選んでいなければ僕も今頃ママと同じようにゴブリンの腹の中だ。ドアの隙間から解体されたママの四肢がゴブリンの口に消える様は一生忘れないだろう。上も下も大洪水で敵を討とうなんて気さえおきなかった。漠然と迫る死に恐怖し、生きるためなら神だろうと悪魔だろうと手を差し伸べてくれる存在に縋りたかった!
ギギギボキボキとチェーンが物理的に壁から抜けて建付けの悪いドアが開く。ペチャペチャと血濡れた足が僕に迫る。部屋の角に逃げて、とにかく手に取れるものをゴブリンに投げつける。ゴブリンは傷つかなかったが、鬱陶しいと思ったのか、僕が投げたパパの小鎚を僕に投げ返してきた! ガンッと頭に当たり僕の目の前が真っ暗になる。その時僕はまた死んだと気付くのはだいぶ先の事になる。
……不要だ。
「待てよ! そっちの都合で殺しておいて!」
……廃棄しよう。数は揃った。
「糞! このデッキで勝負出来るのなら」
……そんな玩具で黄昏を生き残るの?
「守らないと! 約束したんだ……」
……面白いね。捨てられたんだから僕が貰っても良いよね?
「頭が痛い! あれは何だったんだ」
一瞬フラッシュバックする何か。駄目だほとんど何も思い出せない。それでも!
「グリモワールオープン!」
僕の叫びと同時にこの小さな部屋の中だけは前世で遊んでいたトレーディングカードゲームのルールが世界のルールに優越する。実際はそうでないと知るのは少し後だ。それでも本来なら今頃僕の頭を齧っているゴブリンは何かを待っているかの様に突っ立っている。
「僕のターン! クリーチャーを召喚……どうやってやるんだ?」
残念ながら全てが前世と同じではないみたいだ。前世では布面積が少ない女の子カードを中心に戦っていたカジュアルプレイヤーだから、ルールが変わっているのはむしろありがたい。前世の記憶が断片的に蘇ると同時に右手に現れた十二枚のカードを見る。最初の一枚の名前は「ゴブリン」だ。レアリティがコモンだから縁が白い。下中央に書いてある二つの数字が攻撃力と生命力だ。右上の召喚コストを見ると白白と書いてある。何となくゴブリンの魔石2つだと分かる。
「魔石ならパパが鍛冶の時に使っていたはず!」
僕は魔石の在処に思い当たるけど体が動かない。どうやら僕自身も僕が展開した領域のルールに捕らわれるみたいだ。
「魔石が無いとクリーチャーの召喚が出来ない。クリーチャーがいないと僕はゴブリンに殺される。どうしよう!!」
とにかく残り十一枚のカードを見る。全部魔石を必要としている。ヤケクソでフレーバーテキストを読む。偶に変な効果を持っているカードがある。それに一縷の望みを賭ける!
「あっ、これなら行ける! 我はグリモワールを持つ者、アイク! アイクの名の下に顕現せよ、ゴブリンの先導者! 召喚コスト黄は『場に他のクリーチャーがいない場合はノーコスト召喚出来る』を使って踏み倒す!」
僕の掲げたカードが光の粒子となり消える。そして僕を守る様にゴブリンの先導者が顕現する。
「ゲ!」
「良し! ゴブリンの先導者よ、ゴブリンを攻撃せよ!!」
僕の命令を聞いてゴブリンの先導者が駆け出す。敵のゴブリンも動き出す。ゴブリンの先導者は100/100。ゴブリンは100/100。本来なら相打ちで双方が消滅する。しかしゴブリンの先導者には【先制】と言うフレーバーテキストがある。ゴブリンの先導者が持つ錆びたナイフがいち早くゴブリンの首筋を切り裂き僕は戦いに勝利する。ゴブリンが倒れるのと同時に僕も尻もちをつく。
「勝った! 勝ったんだ!!」
初勝利なのに勝利のファンファーレは鳴らない。当然と言えば当然だけどちょっと残念だ。
勝ったんだ。このまま引きこもろう。きっと誰かが助けてくれる。僕が何もやらなくて良いじゃないか。見上げるとゴブリンの先導者は無言で佇んでいる。どうやら僕が召喚したクリーチャーは外のモンスターと違い僕の言う事を聞くみたいだ。維持費は必要なのか? ゴブリンは雑食って聞くしゴブリンでも食わせれば良いのかな?
「あ……ゴブリンの魔石を取って」
ゴブリンの先導者は僕の命令に従い倒れているゴブリンの心臓辺りをナイフで切り裂く。そこからビー玉サイズの魔石を取り出す。
「ありがとう、それ食って良いよ」
魔石を受け取りゴブリンの死体を食す許可を出す。ムシャムシャとゴブリンの死体を咀嚼しているゴブリンの先導者を放置して父の作業箱を漁る。
「白が3つか。少なくない?」
魔石には色々な使い道がある。パパが鍛冶の仕事で使っているのを見た事がある。とにかくこれでゴブリンを二体召喚出来る。ゴブリンの先導者は僕の切り札だ。彼を守る盾となるクリーチャーを召喚するのは理にかなっている。それとも装備カードで数値を上げた方が得か? クリーチャーがダメージを受けた際の回復速度が分からないから試し辛い。生き残れたらたくさん検証できそうだから楽しい。
「ゴブゴブ!」
「しまった、まだゴブリンだ!」
ゴブリンは多く村に入り込んでいたのを忘れていた。もう嫌だけど、戦わないと生き残れない。僕は意を決して次のクリーチャーを召喚する。
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