032
「ふざけるな、三割も山賊に奪われた打と!」
モールスヴィルの村長が大声で怒鳴っている。村の政治に参加できる人は全員揃っている。そして全員が行商人のおじさんに厳しい視線を向けている。
「運が良かったですねぇ」
行商人のおじさんはどこ吹く風だ。わざと煽っているのではと思えてきた。
「ええい、失った分を補填しろ!」
気持ちは分かる。僕とソフィだってそう言いたい。でも現実的な主張ではない。
「と言いまして無い物は無いですからねぇ」
「馬と馬車を徴収してくれる!」
あの馬と馬車を欲しがるなんて大丈夫か? 渡すと言われても全力で拒否したい。
「二つとも御者ギルドの所有物ですので、あちらが黙っていねぇかと」
あれで? 本当だろうか。
「うぐ……」
流石の村長も御者ギルドを敵に回すのは避ける。おじさんは頼りなさそうに立っている。それがフリだと言う事に気付ける人は何人居るか。僕だっておじさんの山賊とのやり取りを聞いていなければダメなおじさん評価のままだった。唯一地金が出たのはソフィに焼かれそうになった時くらいか。領主からソフィがあそこまで暴力的な少女だと聞いていなかったんだろう。未成年が魔法を使える方が珍しいから領主もソフィの実力を把握していなかった。
「私がスルーブルグへ赴き領主様に話してみましょう」
黙って聞いていた助祭のクレセクが声を上げる。司祭は高齢で寝込んでいるらしいがもはや誰も気にしない。司祭がいつも寝ているのがジョークになるほど村人に受け入れられているのでこの人選は正解だったのかもしれない。ただその分クレセクの辣腕が目立つので、不必要な敵を多く作っている。
「助祭風情が?」
「これは手厳しい。司祭様に一筆をしたためて貰います」
村長とクレセクはここまで火花を散らす間柄だったかな? ナイマーヴィルの人を受け入れた当初は勧誘合戦で丁々発止やっていたが、一年を通じて冷戦の様相を呈してきた。それがここでまた燃え上がるとは、モールスヴィルに何か問題が発生したか? それともおじさんがクレセクに密かに渡した手紙が関係しているのか?
一番の可能性として高いのがモールスヴィルの現状を直に報告する様に求められたか。数か月とはいえクレセクが現場を離れるのは彼の政治基盤の弱体化に繋がる。それを許容してまでクレセクを招集する理由が分からない。
「ふん! 村でひもじい思いをするより暖かいスルーブルグで冬を過ごすと良かろう!」
村長の発言には他の大人が眉をしかめる。モールスヴィルのためにスルーブルグへ行くと言う建前なのだから激励の一つが相応しい。
「何処に居ても祈りの日々です」
明らかに怒っているクレセクが笑顔で答える。ここまで言われたら僕なら絶対に村長をぶん殴っている。
「それよりいつまで待たせるつもり?」
不機嫌なソフィが殺気を飛ばす。僕とソフィは発言権が無いけど、おじさんと同道したから荷物を失った証人として参列させられた。おじさんの機転で薬で眠らされたとか、おじさんを持ち上げる羽目になったのは悔しい。ソフィがおじさんを燃やそうとしたなんて話は最初からしなかった。そんな事を言えば「今燃やせ」と村長が叫びそうだ。
「私は退出しても良いと考えますが?」
クレセクが言う。
「貴様らにも紛失の責任がある! 補填する気はあるのだろうな!?」
「それは流石に……」
クレセクが慌てて村長を止める。先ほどは村長が反対すると見越しての発言だったが、これは度を越している。
「補填ですって? クワックヴィルを燃やせば満足?」
ソフィが売り言葉に買い言葉で応じる。
「ま、待て! クワックヴィルへ単独で攻めて相手が逆撃を仕掛け来たらどうする!!」
ここまで黙っていたブラノックが慌てて叫ぶ。他の大人も異口同音にブラノックを支持する。
「補填は必要ありませんね?」
僕が一歩前に出て言う。僕が止めないとソフィは一人で行く。ソフィを止めるためにブラノックは命を賭けたくない。賭けても彼のパーティー半壊で勝てるかどうか。
「必要ありません」
「不要だ」
クレセクとブラノックが村長が何か言える前に宣言する。他の大人も頷く。こうなっては村長と言えどひっくり返すのが難しい。
「私が村長だぞ!」
黙っていればよいのに。
「村長を補佐するのが役目です」
「村の防衛を任せられたんだ。最強戦力を敵に回せるか!」
村長の失言を受けてここぞとばかりに畳み込む。このやり取りの中、行商人のおじさんはニコニコ笑っている。部外者にここまで身内の恥を晒せると言うのは一周回って凄い。
「なので皆さんは退出してください」
そして頃合いを見てクレセクが僕達三人を下がらせる。僕達が家を出ると、盗み聞きしていた子供達が雲の子を散らしたように逃げる。その中にティムが居たのを目敏く見つけたソフィが「燃やす」と呟いていた。
「ソフィ、僕は家に行って火を起こしてくる」
何せ二月近く留守にしたんだ。ナイマーヴィルの元村長がそれとなく見ておくと言ってくれたけど、掃除まではしていないはずだ。熊の絨毯は良い値段で売れたけど、家で暖を取れる手段が減った。
「気にしないでよ、バカ!」
ソフィは少し前に産まれた異父妹が気になっている。なので会ってくるように促す。先ほどの絨毯の売り上げでかなり食料を買い込めた。冬を超えるために妹を殺さなくて済むだろう。それでも生存率は低いので五歳くらいまではいつ死んでも誰も驚かない。
「いやぁ、仲が良いですなぁ」
「三人で暮らしていればね? おじさんは何処に泊まるの?」
「教会の方で部屋を貰えましたぁ」
「そう。帰る時は一緒に行けないから」
「ですなぁ」
抜けたセリフを言うおじさんの本心は分からない。
「いつ頃?」
「そうですなぁ、今年は雪が降るのが少し早い気がします。三日後でしょうか」
雪? 何かの隠語か? それとも気候の話?
「僕達がスルーブルグへ帰るのなら余り遅くない方が良いと?」
「……」
無言で頷く。
「一月の第三週くらいじゃないかな」
僕だって可能なら明日に発ちたい。でも村社会は面倒なしがらみが多い。十二月の最後にやる村祭りに参加しないと立場が悪くなる。レイ一人なら僕とソフィの参加でカバー出来るけど、三人が揃って不在なのはまずい。モールスヴィルを捨ててスルーブルグに生活を移せたらどんなに楽か。でもレイは何故かその意見を明確に拒絶した。数か月前までは僕の夢物語だったけど、僕とソフィは年少冒険者として十分稼げるのを証明して見せた。商人を手伝うだけで食い扶持には困らない。そして換金出来ないけど本気を出せば一日平均でその十倍は稼げる。
「山賊は飢えてからが脅威です」
ソフィが山賊狩りに行くのを気付いている? 第三週ともなれば雪が降ると言いたかったのか! 実際は一周目にここを出るつもりだ。そして二週間かけてクワックヴィルの山賊に打撃を与える。予定を少し早く切り上げるか、雪が降っても大丈夫な装備を持っていくか。
「覚えておくよ」
僕はそれだけ言っておじさんと別れた。おじさんは三日後にクレセクと村長の四男を伴ってスルーブルグへ向かった。四男がスルーブルグへ赴く理由が分からない。嫌な予感がする。数人単位で出稼ぎなら分かる。僕とソフィと言う成功例があるし、真似ようと企む大人が居ても不思議じゃない。一人で行くと言う事は頭脳労働のはずだけど彼は余り賢くない。村長の子供では一番知恵が足りないと自信を持って言える。何も出来ないと思うけど、スルーブルグへ行ったら彼の動向を探ると言う仕事が増えた。全く面倒な事だ!
応援よろしくお願いします。




