031
モールスヴィルへ向かう行商の馬車は小さかった。一頭立てのぼろい馬車は車輪が一回転するたびにギーギー音が煩い。御者ギルドの人が居たら顔から火を噴く。そんな整備不良の馬車を操るのは腰が曲がったおじさんだ。領主の仕事を引き受けているとは思えないほどボロイ衣服を着ている。寒いはずなのに服に目立つ穴が多い。
領主から話が通っていて、僕とソフィは一緒にモールスヴィルへ帰る事になった。ソフィは前回と同じように荷台の上だ。人数が少ないため、三日目の昼過ぎにはモールスヴィルへ到着するはずだ。二泊三日の旅と思えば苦にならない。
「護衛は?」
「無いねぇ」
行商人のおじさんは間延びした語りで話す。
「山賊が出ると思いますよ?」
「出ないと良いねぇ」
駄目だ。話が通じない。でもここで降りるわけにもいかない。どうしたら良いんだ?
出発してから数時間は必死に話の取っ掛かりを得ようとしたけど駄目だった。かと言って僕を邪険にするわけでもない。暖簾に腕押しみたいな? おじさんが話したくないんだと思った僕は黙った。ソフィは最初から興味無さそうに景色を見ている。一月もすれば雪化粧で周りの景色は大幅に変わる。このなんとも居心地の悪い静かな空間は二日目の夜まで続いた。
その夜は昨日の夜と同じように三人で焚火を囲む。おじさんがちょっとスパイスの効いた料理を出してくれる。もちろん胡椒みたいな高価なものでは無く、そこらに生えている香草で味がきついのを乾燥させたものだ。
「ふぁぁぁ」
ソフィが欠伸をする。一日中荷台で惰眠を貪っていたのに、まだ寝足りないのか。
「片づけはやっておくから二人は寝るとえぇ」
「あぁ、そうします。僕もちょっと眠いし」
食べる前はもう数時間いけると思ったけど、モールスヴィルへ帰還する直前だから油断したかな? 早く寝て早く起きれば良いか。ソフィを寝かして、僕も横になった。
「おお、お助けを……」
「うるせぜ、命が欲しければ持ち物を全部出しな!」
声が聞こえる。あれはおじさんの! 助けないと! でも体が重くて動かない。夢……にしては会話が生々しい。瞼を開けたいけど重い。
「しかしそうしたらもう行商は来なくなります。今でも私のような貧乏人が少しばかりの銅貨を求めて動くのです」
「それがどうしたぁ? 俺たちをクワックヴィルの山賊と知らないのか!?」
クワックヴィル! 山賊の根城になっているじゃないか。領主は何をやっているんだ? 早く討伐してくれないと困る。モールスヴィルはちゃんと税金を払っているんだぞ? 村長が中央に訴え出るとか言い出せば面倒だ。幾ら盛り返したとはいえ、勝ち切れる手札が無い村長は何をするか分からない。コネがあるとは思えないけど、中央貴族と結託して領主を追い落とす夢を見るかもしれない。しょせんは夢だけど、勝てないなら夢を持って破滅する方を選ぶかもしれない。事実、村長は壮大な夢を見て、領主の横やりが無ければそれを実現していた。体が動かないから妄想が飛躍しているだけかもしれない。
「いえいえ、滅相もございません。知っているから取引を持ち掛けているのです」
「取引ぃ!?」
あ、なんか良くない流れだ。僕とソフィが眠ったのは夕食が原因か? 味がきつかったから何か仕込まれていても気付けなかった。領主の紹介と言う事で油断した! カードで何かを召喚して戦うか? いや、駄目だ。僕と言う最大の弱点が動けない状況だとクリーチャーも十全に動かせない。それにソフィを守らないといけないから負担は思っている数倍になる。薬が抜けて生きていたらソフィと一緒に戦う方が勝ち目がある。
そんな事を考えながらもおじさんと山賊の交渉は続く。山賊も何を交渉しているんだ? 奪って逃げるなり殺すなりしろ! 素人か? あっ、そうか。山賊の大半は逃避農民だから意外と人殺しの経験が無いんだ。畑泥棒なら容赦なく殺す人でも強盗殺人には躊躇する。
「荷物の一割をお渡ししましょう」
「はぁ? 全部に決まっているだろう!」
「いえいえ、それでは次の冬に誰も来ません」
「……」
「そこで私だけを見逃してい頂ければ定期的に一割を皆様にお納めします」
「糞っ垂れた税みたいなもんか?」
「今度は皆様がそれを徴収する側になるのでございます」
「へへ、山賊になって今度は糞領主の真似事か? 面白れぇかもな」
他の山賊も口々に賛意を示す。権力者に成れる夢を見せられているのか。
「なら……」
「駄目だ」
「そんな……そこを何とか」
「せめて三割貰えねぇとなぁ」
「それでは破産です。お願いです、何とか二割! 二割で!!」
ドンドンとおじさんが大地に頭を叩きつける音が聞こえる。もう少し。もう少しで動けそうだ!
「だがなぁ」
「必ずや来年もお持ちします! 何卒!」
「おう、積み荷はどうだ?」
「へい、食料品が大半で。高い物はないっす」
「ちぃ、湿気てんな! だが食いもんがあるだけマシか!」
「……」
「二割ちょっと持ち出せ! あのガキどもは?」
僕達か! どうする?
「あれは孫でございます! 片方は親ごと火事で体を焼かれて……。もうこの老い先短い老人の最後の家族。何卒ご容赦を!」
「い~? そんなに大事なら三割出せるよな?」
「お、おお……。わ、分かりました。三割、三割で」
「最初からそう言っていれば良いんだよ! おらぁ、運び出せ!」
ガサガサと音がして山賊が村への積み荷を奪っていく! くそぉ!
そして半分寝ているのか起きているのか分からない感じで朝が近づく。ある程度体が動く様になって立ち上がる。
「なんで、山賊と取引なんてしたんです!」
「冒険者を雇うより安いからねぇ」
おじさんは悪びれずに言う。
「今度眠らすのならもっと良いのを使ってください!」
せめてもの嫌味だ。
「そう言うのは高くてねぇ、採算が合わないんだぁ」
流石の僕も言葉を失う。なんと言葉を続けようかと迷っていたらソフィの近くにあった木が一瞬で燃え上がる。
「ひぃ!」
おじさんがたじろぐ。そしてその火柱はおじさんに狙いを定めて動き出す。
「やめろ、ソフィ!」
僕がおじさんと火柱の間に大事の字で立つ。一瞬止まるも、今度はさらに勢いを増して僕ごとおじさんを飲み込もうとする。
どうする? どうすれば良い? 我慢比べで終わってくれるか?
いや、それでは駄目だ。ソフィが満足しない。ソフィが納得しない。
なら答えは決まっている。
「ソフィ、帰りは二人だけだ」
一瞬火柱が揺らぐ。そして最初から何もなかった様に火柱が消えた。黒焦げになった一本の木が残るのみだ。
奪われたものは取り返す。ソフィが望むのならクワックヴィルごと焼き滅ぼす。僕のクリーチャーとソフィの炎があれば山賊如きに遅れは取らない。
「大丈夫でしたか?」
「う~ん、ちょっと微睡んで夢を見ていたようだぁ」
「それは良かった」
ソフィが殺そうとした事を夢と言う事にしてくれたか。人間としては一切信用出来ないけど、山賊との取引をバラされて困るのはおじさんだ。もう二度と会う事も無いと思えばここが落としどころか。僕のクリーチャーを見せる事になったらおじさんを口封じしないといけない所だった。そう考えれば山賊にちょっと盗まれただけで済んだのは良かったのかもしれない。
僕は心の中でレイにスルーブルグ行きが遅れる事を詫びる。
応援よろしくお願いします。




