003
レイとソフィと別れて冒険者ギルドを目指す。
王国にある一般的な冒険者ギルドは私設武装組織だ。王都に本部があり、五千人以上の城塞都市には必ず支部がある。二千人以上の城塞都市が申請すれば支部を置くらしい。ただ城塞都市と冒険者ギルドの仲は決して良好とは言えず、かなりホットな冷戦になっている所もある。スルーブルグはどちらかと言うと平和だ。近隣に凶悪なモンスターが存在しないため冒険者の質はそれに釣られて低い。冒険者が弱いと城塞都市防衛の本職である騎士と衛兵の仕事を奪わないから対立が起き辛い。
城塞都市が冒険者を衛兵として雇えば問題解決に思えるが、財政上の理由からそれは不可能だ。定期的なモンスター被害に対応するために派遣される冒険者を年がら年中雇う余裕がない。それなら必要が生じた時に日雇いにした方が財政に優しい。この構図を見れば冒険者がかなり搾取されているのが分かるが、冒険者の大半はそれに気付けない。加護を授かり武器を振り回すだけである程度生活出来るから深く考えもしない。
冒険者ギルドは冒険者を六つのランクに分けて管理している。黒、白、黄、赤、青、紫だ。青と紫は加護を真似て創設したランクで実際にこのランクに到達する冒険者が居るかは分からない。少なくてもスルーブルグと周りの地域から紫まで上り詰めた冒険者はいない。
未成年は黒から初めて白まで進める。そして若い頃から活躍していれば成人と同時に赤に上がる。僕たちは活躍し過ぎたから当然赤になれる。去年は貢献度で十番以内に入り、今年は数か月を残して一番の位置をキープしている。レイとソフィが学園へ向かったから意味のないランキングになってしまったのが悔やまれる。僕たちなら五年でも十年でも貢献度トップを維持出来たはずだ。
スルーブルグの冒険者ギルドは大通りにある他の建物と同じ三階建てだ。一階は石造で二階と三階は木造だ。ギルドとトラブルを起こした冒険者が収監される地下一階があると噂されるが噂の域を出ない。夜のギルドは飲んだくれの冒険者が屯しているから出来る限り寄らない様にしている。でもそんな事よりレイとソフィに更新した冒険者カードを見せて安心させてやりたい。黄ランクなら一般人からの信用が高く、僕が馬鹿をやって降格されなければ食いっぱぐれる事はない。
「冒険者カードの更新に来た」
僕は空いている受付嬢の所に行く。未成年用でも白ランクはそれ相応の信用がある。このまま事前に聞いた説明の通りに問題無く黄ランクに更新されるはずだ。
「確認させていただきます」
普通は下手でも作り笑いの一つを浮かべるのに夜は営業スマイルがお休みなのか。受付嬢が帰ってくるのを待ちながらギルドの仲を見渡す。いざとなったら二百人近くが入れるだけに結構広い。この時間だと二十人ほどがビールを大ジョッキで飲んでいる。お祭りだと言う事もあり普通よりしこたま飲んで悪酔いしている。新人潰しと言う悪趣味を生きがいにしている数人が管を巻いているが、全員レイに突っかかって叩き潰された過去がある。僕に突っかかってくる勇気はないだろう。
「お待たせしました。黒ランクの冒険者カードです」
「え?」
「何か問題がありますか?」
「僕たちの貢献度では黄ランクだと事前に説明があった。間違いでは?」
「これまでの功績は加護を授かったレイ様とソフィ様のものです。ぷっ、加護無しの貴方なんて黒ランクでも高過ぎます」
受付嬢が笑いながら言う。
ああ、そういう事か。白ランク以上の冒険者はモンスターを倒して生計を立てる。加護が無ければそのモンスターを倒せない。真実と違っても受付嬢では判断が出来ないか。僕たちがスルーブルグに住んでいて馴染の受付嬢が居たらもうちょっと違った対応になっていただろうか。
「そんな事はギルドの規約には……」
僕が受付嬢に突っかかると誰かが右肩に手を置く。
「黒の臆病者なんて及びじゃないんだよ」
臆病者は加護無しの蔑称だ。生まれが良い人間をカワード呼びしたら血が流れる事態に発展するほどの禁句だ。
「酔っ払いは帰ってくれないか」
名前は確かディーターだったか? 180センチはあるアラサーの禿げデブだ。加護は白の闘士で冒険者ランクは同じく白。そこらのゴロッキと変わらない男だ。彼の後ろに酔っぱらった腰ぎんちゃくが数人立っている。一人で僕に絡むのが怖くて数を揃えてきたか。
「帰るのはてめぇだ!!」
ディーターは肩を掴んだまま勢いよく後方にぶん投げる。
「うげぇぇ!」
ドサッと木造の床にぶつかる音と同時に酔っ払いの一人が潰れたヒキガエルの様な悲鳴を上げる。
「大道芸をやりたいのなら外でやれ」
僕は何食わぬ顔でディーターに言う。ディーターが投げたのは彼の後ろにいた腰ぎんちゃくの一人だ。ディーターは何が起きたのか理解できない様に自分の手と床に転がる腰ぎんちゃくを見比べている。
前世の僕が通信教育で忍法を習っていて良かった。農村に居た頃は人目を忍んで必死に訓練していた。おかげで体躯に勝るゴロッキを簡単に転がせるようになった。今回はちょっとした視線誘導と変わり身の応用だ。酔っぱらい相手なら効果は抜群だ。
「てめぇ……ふざけ!」
僕がディーターの股間を握り、ゴリッと言う音が冒険者ギルドに響く。
「冒険者の前に男を廃業するか?」
俺は一層右手に力を籠める。ディーターの尿で汚くなっているが気にしない。
「……!? ……??」
顔を真っ白にして声にならない悲鳴を上げる。だが誰もディーターを助けない。冒険者同士の争いにギルドは介入しない。僕がこのままディーターを廃業に追い込んでもそれはディーターの個人責任だ。
「失せろ」
僕はディーターを突き飛ばす。彼は股間を押さえて芋虫の様に遠ざかる。駄目押しに蹴ろうかと思ったが、そこまでやると腰ぎんちゃくが破れかぶれで襲ってくるかもしれない。それにディーターより優先する事がある。
「さて僕のランクの事だが」
「は、はい」
先ほどのやり取りを直に見ていた受付嬢が震える。良くも悪くも直接暴力を見ない立場にいるから冒険者に関しての理解力が乏しいみたいだ。元冒険者の受付嬢だと違うらしいが、スルーブルグでそんな優良受付嬢が長く仕事を続ける事は無い。出会いを求めてもっと都会の受付嬢になるか手頭から育てた若い燕とゴールインするかだ。
「ギルドは僕があのディーター以下だと決定したんだね?」
「え、その……はい」
受付嬢は半分パニックになりながら認める。白のディーターが黒の僕より上。これが公正な判断だと言うのなら受け入れよう。
「分かった、なら僕にも考えがある」
「ひぃ!」
受付嬢が暴力を振るわれると思って頭を庇う。事態を見守っていたギルドナイトが動き出す。
「退会する」
「へ?」
「退会すると言った」
ギルドナイトが変なポーズで固まっている。彼にはまじで迷惑をかけて申し訳ない気持ちだ。
「あの、退会には手続きが……」
ギルドに入るのは簡単でも出るのは面倒だ。
「黒ランクになって三日以内なら自由に退会出来る」
「へ?」
「冒険者ギルド規約の三ページに書いてある」
前世で契約関係で騙された経験から規約は無駄でも読む癖がついていて良かった。ここで黒ランクのカードを受け取ったら数日は立ち直れなかった。そうして気付けば退会期限が過ぎていた。
「へ?? あっ、確認します!」
受付嬢が手垢で汚くなった羊皮紙をデスクから取り出して必死に読もうとする。あっ、この受付嬢はまともに文字を読めないのか! 識字率が低いとはいえ、受付嬢の仕事は文章のやり取りが
大半のはず。こんなのでも問題なく回るのがスルーブルグの冒険者ギルドだ。
「規約には確かに書いてあります。ですが一度退会しては再加入に制限が掛かります」
「問題ない」
僕が持ち込むモンスター素材は黒ランクだと狩れない事になっているため、黒ランクだと買取時に大幅に減額される。ランクに見合った仕事をして欲しいと良いことを言っているが、実際はラッキーで格上殺しをした冒険者を貧困のままこき使うための方便だ。冒険者ギルドを退会した今なら顔見知りの商人に直接売っても文句は出ない。……商人も加護無しは門前払いか? う~ん、売り先を考えないといけないかも。
「分かりました。黒ランクのアイクの退会を受理します」
僕が他の事を考えている間に規約より「早く私の前から消えて!」と言う感情がありありと見える受付嬢が雑に処理を終わらす。
「昨日まで世話になった」
それだけ言って僕はギルドを出ようとする。そうしたら腰ぎんちゃくが更に援軍を募って半円状に僕を取り囲む。
「これだけの数が居たらてめぇも終わりだ!」
「やっちまえ!!」
馬鹿すぎる。
「ギルドナイト! 冒険者が自由農民に暴力を振るっている現行犯だ! 即刻鉱山送りにしろ!!」
俺が声高に宣言する。ギルドは冒険者同士の争いに介入しないが冒険者が自由民に手を出せば最速で動く。実際僕が言い終わる前に三十人近くいたゴロッキは全員大地に転がされている。
「ギルドの決定に不満があるとはいえ、ギルドナイトを利用するのは関心しない」
ギルドナイトのランセンが物調面で言う。赤の城塞と言う滅茶苦茶強い加護を持つ男だ。あの強いレイが唯一負け越している相手でもある。スルーブルグで一生を終えるには惜しい男だが、ここには妻子が居ると言う理由でスルーブルグの守護神として城塞都市を守っている。
「ごめんランセンさん。刑はランセンさんに一任するよ」
「城壁作り十日で納得しろ」
スルーブルグの城壁は日々拡張と修理が行われている。しかし重労働の割りに支払いが雀の涙のため誰もやりたがらない。そのため違反を犯した冒険者に執行される刑の仲ではこれが一番ポピュラーだ。
「分かった」
「達者でな」
ランセンに見送られて僕は外に出る。空を見上げると丁度月が雲で隠れた。僕の頬を伝う涙を誰にも見られないで助かる。
その足で宿屋に帰ってベッドにうつ伏せる。今日は色々あり過ぎた。こういう時はあの悲劇の日から始まる日々を良く夢で見る。
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